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青い星にて戦士は往く  作者: Agaric
第1章
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第4話 旅客情報局分局

 旅客情報局から出ると、入口に生えているシコウアカガシの幹にフーロが触れる。すると、幹がミシミシと音を立てて蠢き、木の洞が出現する。

 フーロが幹の中に入り込むと、洞は半分ほど閉じ、フーロの上半身が幹の窓から外を覗いているような状態になった。

「待たせて悪いね。さ、行こうか。」

 そう言い、フーロは歩き出す。

 大きな樹木の植物人は、根を動かして這うように移動することが多いが、フーロはまだ5mと樹木系人種としてはあまり大きくないため、根を二股に分けて、わっしわっしと歩いている。

 剣ヶ峰の麓に向かうバスに乗るのだが、フーロは乗れるだろうか?

 旅客情報局からは、仕事を行う旅客向けに郊外に向けたバスを出していることが多いのだ。


 バスの発着所に着くと、そこには、多種多様な人種に合わせた大型のボンネットバスがあった。

 後部には天井の無いオープン席もある。あそこならばフーロも乗れるだろう。

 出発までは10分ほどとのことなので、乗り込んで出発を待つこととする。

 木であるフーロはそのオープン席の一部を占有している。バスに木が生えているような不思議な光景だ。

 レナートと角蔵は何かを話しており、エミーリアは無言で外を眺めている。

 俺はというと、特にやることもないので、エミーリアと同じく、窓の外を眺めていた。


 出発から15分ほどで、剣ヶ峰の麓近くまでついた。

 剣ヶ峰は、200mほどの隆起した周囲の山と、その中央の聳え立つ剣ヶ峰、そして東向きに伸びた谷で構成されている。

 谷は、剣ヶ峰の元になった石剣が大地を抉った跡で、隆起した周囲の山は、石剣が地面に突き立つときに盛り上げた大地である。

 事実が歴史の闇に埋もれた現代では、この地形がどのようにできたかわかっていないが、歴史が失われている今、判明するのはいつのことになるのだろうか。

 剣ヶ峰の周囲の山とそのすそ野には、剣ヶ峰樹海と呼ばれる広大な森林広がっており、そこには多くの野生動物が住んでいる。

 その野生動物は非常に強力であるが、ほとんどの種は縄張り意識が強いため、滅多なことでは外に出てこない。

 しかし、一部の例外や、縄張り争いに敗れたものは、外へと溢れ出してくるのだ。

 今回の討伐対象である『オオタイグンジカ』は、その例外にあたる生物である。


 バスから降りる。

 所々が錆びたバス停のすぐ前に、旅客情報局の分局がある。

 周囲を見渡せば、ゆるやかな凹凸のある草地になっており、所々に低木や茂みがあるだけで田畑は無い。森に近すぎて危険であるため、土地開発が進んでいないのだ。

 旅客情報局の分局は、コンクリートで作られた建物で、面取りがなされた直方体の基礎の中央に1つの監視塔が付いた、小さな要塞のような雰囲気の建物だ。

 分局の隣には屋根がかけられているだけの簡単な格納庫があり、LT-54汎用軽戦車が1両と乗用車が駐車されている。

 建物は2階建てで、監視塔には50mm連装機関砲塔が設置されている。砲塔は樹海を睨んでおり、強力な原生生物が樹海から現れたときは戦車と砲塔で迎撃するのだ。

 鉄でできた扉を開いて建物の中に入れば、1階はホールになっており、テーブルと椅子が適当に並べられている。入ってすぐ右手の事務所に、分局職員が3人いるのが見える。

 この分局は、有人の旅客情報局分局では最小のタイプで、事務員が2名と砲塔要員2名、戦車兵4名で運用される。事務員は公務員で8時間勤務、砲塔要員と戦車兵は軍属で、24時間体制で分局に詰めている。

 事務員の青年が一人、こちらに気付き、近寄ってくる。

「ようこそ。剣ヶ峰旅客情報局分局へ。旅客証を拝見します。」

 事務員の青年に、各々が旅客証を提示する。

 俺の旅客証を見せると、一瞬驚いた顔をしたが、すぐに表情を戻し、事務手続きを進める。

「今日はご宿泊はありますか?」

 旅客情報局分局は、宿泊もできるのだ。

 だが、ここは小さい分局なので収容人数はそんなに多くないだろう。

「アタシは外でいいよ。中で過ごす文化も無いからね。」

 フーロが言う。木の植物人の分体は、基本的に活動の無い時は本体の内部に同化していることが多い。フーロもそのタイプらしい。

 木の植物人は体格と根の関係で、建物で過ごす文化を持たない場合が多い。

「では、宿泊は角蔵さんと私、メタル殿とエミーリアさんですね。」

 レナートがまとめる。

 部屋は6人部屋が2つと2人部屋が4つあるそうだが、空いているのは2人部屋が2部屋のみとのこと。

 思ったよりも混んでいる。

 話し合いの結果、エミーリアの希望から、角蔵とレナート、エミーリアと俺の部屋割りとなった。

 まあ、女性の希望に従うのが無難だろう。

 荷物を置いたり、準備をしてから10分後にこの場所に集合することとして、各々が部屋に向かう。


 部屋に入ると、典型的な旅客情報局分局の2人部屋であった。2段ベッドと狭いスペースのみの小さな部屋である。

 とりあえず部屋の隅に荷物を置き、持って行く装備を選ぶ。

 今回は『重鉄』のみで大丈夫だと思うが、念のために愛剣『蒼硬』も持とう。

 短時間活動用の腰ポーチを取り出し、腰に巻く。簡単な応急キットと軽食が入っているのだ。

 エミーリアは部屋の隅にリュックサックを置き、小袋を腰に括り付けてからは、こちらをじっと見ている。俺を観察しているというよりも、見るものが無いので動いているものを見つめている感じだ。

「エミーリアさんは、準備は大丈夫?」

「ん。」

 頷くので、大丈夫なのだろう。

 

 装備を整えてホールに行くと、角蔵とレナートは既に来ていた。

 角蔵とレナートの装備は、荷物がなくなった以外装備に大きな変化はない。

 

 さて、いよいよ仕事の開始だ。

 この星は1日24時間。

 今の時刻は15時。今の時期は、日の入りは18時30分くらいか。

 外は、まだまだ明るい。

「さて。まずは何をすべきだと思う?」

 全員に投げかける。

 すると、レナートがすぐに答えた。

「索敵でしょうか。幸い、この建物の屋上は眺めがよさそうです。そこからシカを探せばいいのではないでしょうか?」

 ふむ。妥当な案だな。

 ほかの3人を見れば、おおむね意見は同じようである。

 元々、特定の正解のある質問ではない。あまりにも良くない選択をしたときは止めるが、今回は正解でいいだろう。

「よし、いい答えだ。じゃあ、屋上に行ってみよう。」


 5人で、屋上に出る。

 屋上は、中央に監視塔が立っている以外は視界を遮るものは無く、見晴らしはよい。

 周囲は緩やかな起伏のある草地で、旅客情報局分局が丘の上に建っているため、死角はほぼ無い。砲塔からの射線が通りやすいようにしているのだろう。

 角蔵とレナート、フーロは思い思いに周囲を眺めている。

「案外見えないもんだなぁ。お、1頭いるな。」

 角蔵が呟く。

 角蔵が見ている方向を見てみれば、黒っぽい毛並みの鹿が1頭見える。間違いなくオオタイグンジカだろう。

「あちらに3頭ほどいますね。」

 レナートも見つけたようだ。

 そちらを見れば、やはり黒っぽい毛並みの鹿が2頭。1つは似たような色をしている岩のようだ。

「おお、見える見える。あっちにも結構いるね!」

 フーロも見つけている。

 そちらを見れば、5頭ほどの群れ。

 さらに、ぐるりと見渡してみれば、いたるところに黒っぽい毛並みの鹿がいる。

 思っていたより多い。かなり増えているのか、それとも何かに追われて森から出てきているということだろう。

 増えているだけならよいが、何かに追われている可能性があるなら、森には近寄らない方がいいかもしれない。

 剣ヶ峰の森には、そこまで強力な生物はいないが、新米旅客が相手にするにはちょっとキツい相手くらいは生息している。

 しかし、さっきから3人の声はするが、エミーリアの声がしない。

 エミーリアを探してみれば、彼女は3人の声が届くところで、盾の裏に何かごそごそとやっている。

 エミーリアの手元を覗き込むと、盾の裏に地図を張り、3人が見つけた鹿の位置を書き込んでいる。

 ふむ。最初から緑クラス旅客になるのは、伊達ではないか。

 3人は次々と鹿やその他の動物を見つけ、エミーリアがその声を頼りに場所を確認し、次々地図に書き込んでいく。

「そろそろ、いい。集まって。」

 10分ほどたったころ、ぽつりと、エミーリアが呟く。

 その声に、3人がエミーリアの元に集まっていく。

 どれ、俺も見てみよう。

「大体、予測がついた。」

 エミーリアが示した地図には、鹿の発見した方向と大まかな場所が記されている。

 個体は群れごとに分けて囲まれており、ここからの大まかな距離と到達までの時間まで示されている。

「いまからだと、このへん。」

 そう言い、エミーリアが地図の1か所を指す。

 一番近い個体群ではないが、地形を見れば、最適だろう。

 森からも適度に遠く、旅客情報局分局からの射線も通る。

「ちょっと遠くない?」

「こちらの群れの方が近いのでは?」

 フーロとレナートが言う。

「いや、そっちは地形が悪いぜ。傾斜がきつそうだ。あまりいい狩場じゃない。エミーリアが言った方がいいな。」

 角蔵が、フーロとレナートに返す。

 地図を見てみれば、確かに傾斜はありそうだ。

 フーロとレナートは、感心したようにしきりに頷いている。エミーリアは、考えが読めない無表情で、角蔵を見ている。

 ふむ。自警団と言っていたが、地形まですぐ考慮に入るとは、思った以上にしっかりしているようだ。

 エミーリアが示した群れまで行って、数体狩ってから戻ってくる時間は十分にある。

「よし、じゃあ行ってみるか。」

 俺の声に3人が頷き、屋上から降りていく。

 エミーリアは、少しこちらを観察するように見てから、3人の後に続く。


 さて。4人はどの程度戦えるのだろうか?


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