第17話 武闘派囮捜査
「今晩、囮を出すぞ。」
そう、リコラが言う。
今までの情報から、空間魔法による失踪事件は5日に1回起きていることがわかっている。
最新の空間魔法による失踪事件は、昨日4月25日だ。
そして、今日、4月26日は、これまでのパターンから、空間魔法を使わない失踪事件が起きる可能性が高い。
そんな中、現在、捜査は行き詰っている。
証拠が少なすぎる上に、こういった犯罪捜査が専門の者が一人もいないためだ。
そもそも、我々は、リコラを除いて武闘派である。
捜査を重ね、証拠を集めて事件の真相に迫るよりも、力で証拠をもぎ取る方が向いているのである。
そこで、囮を立てて、それに釣られた犯人を返り討ちにすることにしたのだ。
囮を出すにあたり、囮役を決めなければいけない。
そこで、誰を囮にするか決めるために現状を分析してみる。
すると、失踪しているのは、若い女性が多い。
そのため、俺と作太郎は囮の候補から外れる。
さらに、エミーリアは、レギオンとしての高い索敵能力を活かすために、後方要員に決まった。
結果として、囮はリコラとクロアになった。
リコラとクロアが囮として路地裏を一人で歩き、犯人の動きがあったら近くで待機している俺たちが犯人を取り押さえるのだ。
*****
時計を見れば、時刻は23時。
そろそろ出発の時間だ。
捜査に関係のないビッキーは寝ている。
ビッキーは、学校という新しい環境にまだ不慣れなためか、早い時間に就寝するのだ。
一度寝てしまえば、厚い貝殻に覆われたビッキーは、相当うるさくしても目を覚まさない。
俺は、いつもの戦闘服の上から隠密用の黒い外套を纏っている。
作太郎は、そもそも黒い着流しなので、いつも通りの格好だ。
エミーリアは、いつもの露出の多いチューブトップの上に、黒いポンチョを羽織っている。
皆、暗い中で周りに目立たないような格好である。
あとは、囮役二人が着替え終われば、準備完了である。
2階から降りてくる足音が聞こえ、そちらに目をやる。
「私は準備完了だ。」
リコラだ。
パーカーにジーンズ姿のラフな格好のリコラは、しかし、モデル体型なのもあって、カッコいい。
「私も行けるぞ。・・・だが、この服は、落ち着かないな。」
そう言うのは、ふわふわした服にロングスカートを着たクロア。
クロアのガタイの良さを隠すには、この服装くらいしかなかったのだ。
だが、非常に可愛らしい外見である。
元々丸顔気味であるため、いつもは凛々しいその顔つきが、逆にギャップ的かわいらしさを醸し出している。
「クロア・・・。そういう服も、いいな。」
リコラが思わずと言った感じで、呟く。
その言葉に、クロアは赤くなっている。
この数日でわかったのだが、どうやら、この二人は告白まではいっていないものの、お互いに恋心的な何かを抱いているようだ。
何とも言えない空気が、裏紅傘の事務所内に漂う。
「・・・さて。どこに囮を出すのですかな?」
作太郎が、その空気を壊すように、地図を見ながら言う。
「あ・・・ああ、そうだな。どこに行こうか。」
リコラが、慌てたように地図に目を落とす。
それに釣られて、皆が地図を見る。
「・・・ここと、ここ。」
エミーリアが、呟きながら地図上を指さす。
その指さす先を見ると、確かに、これまで失踪事件が起きていない区画である。
空間魔法を使わない失踪事件は、あまり近い場所で起こさないようにしているらしく、分散している。
そこから考えると、失踪事件が起きそうなエリアは絞ることができる。
そして、そのエリアのうち、見通しが悪く、いかにも事件が起きそうな場所は、さらに限られる。
たしかに、エミーリアが言った2か所は、最も事件が起きそうな場所だと言えるだろう。
「よし、じゃあ、今日はそこに行ってみよう。」
リコラが言う。
今回は、クロアとリコラの二班に分けることになっている。
俺が、リコラの護衛。
作太郎とエミーリアが、クロアの護衛である。
戦力的に均等になるように分けると、こうなったのだ。
それぞれ、犯人の動きがあったら互いに連絡することになっている。
もし、戦力的に不利な場合は、もう片方が合流するまでどうにか粘るということにしてある。
まあ、エミーリアに作太郎、クロアが居て粘れないということはないだろう。
俺は、そもそも不利になる可能性の方が少ない。
事務所に鍵をかけ、二手に分かれる。
クロア達の班は、車で目標地点近くまで移動することになった。
車にはクロアの武器も積んであり、エミーリアが近くで持って待機することになっている。
リコラの目標地点は比較的近いのと、車が一台しかないので、俺たちは歩いて移動する。
クロア達が車で出発したのを見届け、俺とリコラも歩き出す。
「じゃあ、ここで。」
「ああ、また。」
途中まで歩いたところで、リコラと分かれる。
路地を曲がり、周囲に人影が無いか確認する。
よし、誰も見ていない。
上を見る。
ビルにパイプや室外機が飛び出しているのが見える。
・・・あの窓枠が、ちょうどいいかな。
地面を蹴る。
窓枠に右手の指先をかけ、左手と両足を壁に。全てに体重を分散させる。
右手の指先に少し力を入れて、強度を確認。
大丈夫そうだ。
身体を持ち上げ、足を窓枠に掛ける。
そのまま、上に跳躍。
左手を、屋上の端に掛け、屋上に上る。
よし。誰もいない。
屋上の上を端まで移動し、下を歩いているリコラを探す。
いた。
まだ犯人は現れていないようだ。
リコラは、事前に決められたルートを歩いていく。
俺は、音を立てないようにビルの屋上を伝い、高層道路のキャットウォークを辿る。
リコラとの距離は、50~100m程度をキープし、犯人に察知されないようにリコラを追跡する。
そのまま、リコラを追うこと20分。
目標地点に着いた。
住宅街と商店街を繋ぐ、高架上。
周囲を高架の柱と、ビルの背に囲まれ、見通しは悪い。
さらに、高架上なので分かれ道は無く、たとえ襲われても、逃げ道は少ない。
俺は、さらに上の高架の段差にぶら下がり、リコラを監視している。
待つこと、15分。
動きがあった。
黒い大型のワゴン車が1台、リコラに向かって走ってくる。
歩道を歩くリコラの少し前にワゴン車が止まり、ガタイの大きい人物が4人降りてくる。
失踪事件の犯人だろう。
それを見たリコラが、ワゴン車と反対側に走り出す。
逃げるリコラを見た犯人たちは、二人がワゴン車に乗り込み、二人が走ってリコラを追う。
ワゴン車で先回りして、追いかけている二人と挟んで捕獲するつもりなのだろう。
リコラを追う二人は武器を抜いている。
これで、俺が襲い掛かっても、正当防衛になる。
俺の出番だ。
片手で高架からぶら下がったまま、もう片方の手でスマートフォンを操作し、エミーリアたちに犯人が出た旨のメッセージを送信する。
片手でワンタッチ送信できるように準備してあったのだ。
それと同時に、身体を大きく振って、手を放す。
大きく反動のついた身体は、一直線にリコラに向かって飛翔する。
そのまま、リコラと二人の追手の前に着地。
突然の俺の登場を見ていたリコラは、驚いたような顔をしている。
だが、リコラを追っている二人は、一切動じることなく、俺に襲い掛かってくる。
二足歩行戦闘用ボディの機械生命体と、狼人らしき屈強な男だ。
先に走ってくるのは、狼人。
迎え撃とうと思ったが、殺気を感じ、横に跳ぶ。
先ほどいた場所に着弾する火炎弾。
機械生命体が打ち出した炎魔術のようだ。
サイドステップした俺が体勢を崩したと見たのか、狼人が、手に嵌めた爪を横薙ぎに繰り出してくる。
それをダッキングで躱し、アッパー。
狼人は、口吻が長いので、アッパーが当てやすいのだ。
衝撃で数歩下がった狼人をカバーするように、機械生命体が拳を突き出してくる。
動きは鋭く、いい連携だ。
突き出された機械生命体の腕を掴み、手前に引く。
だが、流石戦闘用、一切姿勢を崩さず、その重さと勢いを利用して、もう片方の手で掴みかかってくる。
それに応じてやる義理もないので、そのまま、背負って投げ、地面に叩きつける。
狼人が再び爪を振るってくる。
こちらも、速く鋭い。
それを躱し、狼人の顔面に向けて拳を繰り出せば、しっかりガードされる。
2,3発顔面を狙って拳を打ち込むが防がれるので、ボディに一発。
・・・ガードが下がるかと思ったが、下がらない。
ならば、もう一発。
次は、もう少し腰を入れて、撃ち込む。
「がぁ!?」
狼人の身体がくの字に折れ、そのまま地面にうつ伏せにうずくまる。
狼人が倒れると同時に、背後に蹴りを放つ。
すると、重い感触。
案の定、機械生命体が背後から近づいていた。
よろめく機械生命体に、さらに一撃蹴りを加え、吹き飛ばす。
リコラの方を見ると、黒いワゴン車がリコラの逃げる先を塞ぐように立ちふさがっている。
そして、ちょうど、武器を持った人物が二人、車から降りてきた。
一人は牛人、もう一人はヒト種に近い猿人のようだ。
牛人の原始率は低めで、角があるくらいしか牛っぽさはない。
猿人は、ほぼヒト種と同じ見た目である。
「お前は女を捕まえろ。俺は奴を殺る。」
牛人が指示を飛ばす。
そして、牛人が猛然と俺に襲い掛かってくる。
さらに、気配から察するに、背後から機械生命体も近づいてきているようだ。
面倒くさいので、牛人から先に処理することにする。
牛人が、勢いよく剣を振り下ろす。
それを体を回転させて躱し、その回転のまま、側頭部に向けて回し蹴りを放つ。
クリーンヒット。
側頭部に一撃が入り、意識を失った牛人は、無言でその場に崩れ落ちる。
背後から剣を突き出してきた機械生命体の足を払い、再び転倒させる。
そして、その機械生命体を持ち上げ、リコラにじりじりと迫っている猿人に投げつける。
機械生命体は、重い。
それが直撃した猿人は、機械生命体ともつれるように地面に倒れる。
猿人は、意識こそあるが、ダメージが大きくて立てないようである。
機械生命体を戦闘不能にするのは難しい。
なかなか意識を失わないのだ。
なので、動きを拘束するのが、一番である。
機械生命体を、持ってきたロープで縛る。
機械生命体を縛り上げる時に、猿人も一緒に縛る。
ロープを千切ろうと機械生命体が力を入れれば、猿人にダメージが入ってしまう形だ。
これで、全員戦闘不能である。
「よし、終わったよ。」
そう、リコラに声をかける。
「いやぁ、強いとは知っていたが、改めて見ると、すごいな。」
リコラが、感心したように声を上げる。
そして、そのまま、言葉を続ける。
「じゃあ、証拠探しでもしようか。」
そう言い、リコラは黒いワゴンに近づいていく。
エミーリアたちが合流するまでに、車の中などを漁ってしまう気なのだろう。
俺も、リコラと共に、車を漁る。
車の中はモノがいろいろあって雑然としており、何かしら証拠はありそうな感じである。
「よし、いいモノを見つけたぞ。」
どうやら、エミーリアが何かを見つけたようだ。
エミーリアの方を見ると、何やら書類のようである。
「・・・この音は?」
・・・遠くから、サイレンの音が聞こえる。
どうやら、憲兵のパトカーのようだ。
音はだんだん大きくなっており、こちらに近づいているように聞こえる。
騒ぎを聞きつけて来た、にしては、少し早すぎる気がするが・・・。
「・・・憲兵が来たな。」
リコラが、苦々しげに言う。
今、この場を見られると、俺たちが暴力沙汰を起こしたようにしか見えないかもしれない。
この地区の腐敗した憲兵相手だと、面倒くさいことになりそうだ。
「じゃあ、逃げようか?」
俺がそう言と、リコラが頷く。
「だが、どう逃げる?ここは一本道だが・・・。」
「大丈夫。逃げ道はいくらでもあるよ。俺につかまって。」
俺は、リコラを背負う。
そっと、高架の下を覗く。
10m程下に、ビルの屋上が見える。
「・・・まさか。」
リコラが、恐る恐る呟く。
「叫ばないでね?」
俺は、そのまま、高架下のビルの屋上に向かって、身を躍らせたのだった。




