第14話 証拠探し
「私も、事件捜査は素人だから、手探りなんだけどな。」
リコラが、苦笑しながら言う。
・・・てっきり、それなりに経験があるのだと思っていた。
大変残念なことに、雇われたものの、俺も捜査については素人である。
長く生きているので、今まで経験が無いわけではないが、決して専門ではないのだ。
誰か経験者はいないのかと考え、視線を巡らせるも、皆、首を振る。
どうやら、作太郎やエミーリア、クロアも専門外のようである。
・・・今更だが、雇うのは俺たちでよかったのだろうか?
そう思い訊いてみれば、リコラは笑いながら答えた。
「はっはっは。そこまでわかったうえで雇っているから、大丈夫だよ。ぜひ、その戦闘力を活かしてくれ。」
まあ、雇い主がそう言うならば、問題は無い。
そんなことを話しながら、俺たちは、失踪事件の現場を目指して歩いていた。
「まず、何事も現場を見ないと始まらないだろう。」
と、リコラは言う。
捜査は素人と言った割に、行動に迷いはない。
裏紅傘の事務所を出て、歩くこと10分程度。
腕時計を見れば、時刻は10時30分。
「あそこが、一人目の失踪者の家だ。」
リコラがそう言い示す先には、高層都市を支える柱と柱の間に挟まるように、5階建ての集合住宅が建っている。
集合住宅は、プレハブのような住宅ユニットを積み上げて接合したものだ。
その住宅ユニットは、サイズからすると単身用。
首都ではよく見る、単身向けの安い集合住宅だ。
手すりや金属部品の錆具合を見るに、それなりに古い集合住宅のようである。
「失踪した男性は、ここの2階の、あの部屋に住んでいた。」
リコラは、そう言いながら一つの部屋を指さす。
その部屋は、入口が憲兵により『調査中 立ち入り禁止』のテープで塞がれている。
憲兵も、腐敗しているとはいえ、最低限の仕事はするようだ。
部屋の前まで行く。
戸は閉じられており、立ち入り禁止のテープで塞がれているため、中は窺えない。
本来、ここで捜査しているはずの憲兵の姿は無い。
訂正。最低限の仕事もしていないようだ。
「憲兵は、いないんだな。」
俺がそう言うと、リコラが肩をすくめる。
「この街の憲兵に期待しても、何も始まらないさ。では、男の通勤路を辿るぞ。」
リコラは、憲兵がいないことを軽く流し、捜査を進める。
俺たちも、歩き出したリコラの後ろについていく。
事前に地図に記した道を辿る。
アパートから出て、向かいの細い道に入る。
その道は、車一台が通るのがやっとのような幅だ。
道路は一方通行である。
細い道だが歩道もあり、今も数人、歩いている人がいる。
上を見れば、首都に張り巡らされた道路が見え、その先に、小さく青空が見える。
そのまま、失踪した男性の通勤路を歩く。
途中、非常に細い路地に差し掛かる。
「怪しげな場所。」
ぽつりと、エミーリアが言う。
エミーリアの言う通り、なかなか怪しげな場所だ。
地図上では100mほどだというその路地は入り組んでおり、人通りもない。
高層都市特有の、都市機能維持用の太いパイプが林立し、見通しは極端に悪い。
途中に巨大な機械などがあり、路地のどちらの入り口からも、路地の中は窺えないのだ。
路地を抜ければ太い道路で、そのまますぐに男が勤めていたというごみ収集業者の事業所がある。
ここまで、歩いて20分ほどの距離だ。
近くまで来たので、そのまま、ごみ収集業者にも話を聴くことになった。
「おう。リコラちゃんか。どうした?」
ごみ収集業者の事務所に入ると、熊人の男が声をかけてきた。
原始率はかなり高めで、二足歩行の熊といった風貌である。
どうやら、リコラの知り合いのようだ。
「行方不明の方の捜査です。」
リコラがそう言うと、熊人の男はわらう。
「そうか。リコラちゃんが捜査してくれるなら、心強いな。」
熊人の男は、この会社の社長だそうで、捜査には非常に協力的である。
失踪した竜人の男性は、勤務態度は真面目で、人当たりの良い人物だったそうだ。
正義感が強い人物で、周りにも好かれていた。
男性が仕事に来なかったので、不審に思い社員をその男性の住んでいる集合住宅の部屋に向かわせると、その部屋には家財道具一式が残っていたが、その男の姿は無かったという。
事前に聴いていたとおりの話だ。
失踪日は3月31日。
今日が4月22日なので、失踪して23日も経っている。
新しい情報は少なかったが、男の人柄と失踪日がわかったのは大きいのかもしれない。
「ありがとうございました。」
礼を言い、ごみ収集業者の事務所を後にする。
再び、失踪した男の通勤路を辿る。
今回は、詳しく細部まで観察しながら歩く。
ごみ収集業者から路地に入るまでは、特に怪しいところは無い。
というよりも、人通りが多すぎて、痕跡があったとしてもわからないだろう。
そこから、路地に入る。
路地は、いかにも怪しげではある。
しかし、失踪から時間が経ちすぎているためか、特に目立つような痕跡は発見できなかった。
次に、2人目の失踪者の働いていた大衆酒場に向かう。
失踪者は、30代の爬虫類人の女性。
夜の2時くらいまで働いた後、退勤した後の行方が分からなくなっているとのことだ。
今の時刻は、12時過ぎ。
ちょうど昼時の大衆酒場は、午前中の仕事を終えた者と、昼飯を求める者でごった返しており、話を聴ける状態ではないようだ。
「ここは、14時を過ぎると空くんだ。その時に、お昼を食べながら話を聴こう。そのころまでに、通勤経路を捜査しておこうか。」
お昼、と聴いたエミーリアが、口元を拭う。
口元を拭ったエミーリアと、目が合う。
エミーリアは、何故か顔を赤くして、目を反らしてしまった。
地図を見ながら進むリコラの後ろを、道に何か証拠のような者が無いか観察しながら歩く。
10分ほどで、女が住んでいたというアパートの近くまで到達する。
ここまでは明るくて広い道だったが、アパートは路地に入った場所に建っているようだ。
その路地は、聳え立ったビルの間の薄暗い通りであり、途中で曲がり角があるため、広い道から視線は通らない。
さらに、ごみ収集の小屋などがあり、見通しは良くない。
そのまま、アパートの前まで進んだ時だった。
・・・なんだか、微弱だが、違和感を感じる。
「ここで、何か起きたような気がするんだが・・・。」
思わず、リコラ達に声をかける。
全員が、俺の方を見て立ち止まる。
「・・・ふむ。どんな感じがする?」
リコラが、俺に訊いてくる。
俺は、目を閉じて、周辺の気配を探る。
違和感がある方向に、手を伸ばす。
・・・魔術、か?
・・・それとも、呪術?
虚空に、手を沿わせる。
そこには、空間魔術による攻撃を受けたときに感じるような、その場所の空間が周囲の空間とかみ合っていないような、微妙な違和感を感じる。
だが、時間が経ちすぎていて、集中してやっと感じ取れるくらいまで違和感が薄れている。
空間操作系の何かがここで行使されたのは確実だろうが、俺では、何が起きたかはわからない。
「・・・空間操作系の何かが行使されたみたいだ。だけど、時間が経ちすぎてて、詳細は全然わかんないや。」
俺がそう言うと、リコラは手帳に何かメモしつつ、他の皆にも声をかける。
「ふむ。他の皆は、何かわかるかい?」
作太郎とクロアは、首を横に振る。
そんな中、エミーリアが、口を開いた。
「・・・空間魔術の痕跡は、ある。」
皆の目が、エミーリアを向く。
エミーリアは、その視線に一瞬たじろぎながらも、言葉を続ける。
「レギオンは、空間魔術の適性が高い。だから、わかる。」
そうか。
レギオンは、体内に生まれつき空間を折りたたんで格納し、その中に無数の自分をしまい込んでいる。
だから、空間魔術については生まれつき適性があるのか。
「ほう。どんな感じか、説明できるか?」
リコラが、エミーリアに説明を促す。
エミーリアは、周囲をぐるりと見渡すと、再度口を開く。
「・・・場所は、このへん。効果は、判らない。痕跡が古い。」
そう言い、エミーリアが指し示すのは、路地の真ん中。
「地面、じゃない。このあたりの空間で、なにかがあった。」
確かに、違和感はそこから感じる。
だが、非常に微弱だ。
俺も、エミーリアに示されるまで、場所までは詳しくわからなかった。
リコラとクロア、作太郎は、真剣な顔をしながら、エミーリアが示したあたりに手をかざしたり、通過したりしながら、首を捻っている。
「だめだ、わからない。」
クロアが言う。
それに、リコラと作太郎も頷く。
「ああ、わからないな。」
「わかりませぬなぁ。」
3人は、わからないようだ。
「そりゃ仕方が無いよ。これは、痕跡として古すぎる。」
俺が、何気なくそう言うと、リコラが、ハっとした顔をする。
「古すぎる・・・?まだ、時間があまりたっていないところに行けば、ここよりは詳しくわかる可能性は高いよな?」
そうか。それもそうだ。
エミーリアを見れば、リコラの言葉に頷いている。
「よし。そうとなれば、個々の近くに6人目の機械人が失踪した現場がある。そこに向かおう。」
それならば、確かにより詳しくわかるかもしれない。
俺たちはリコラの言葉に頷き、6人目の失踪現場に急ぐのだった。




