第13話 憲兵の実情
失礼な憲兵は、這う這うの体で帰っていった。
憲兵が出て行った後、振り返れば、リコラとクロアが心配そうに俺を見ている。
作太郎もなんだか少し不安そうだ。
そんな中、エミーリアだけが、無表情な中にも、ヒーローを見るかのような無邪気な瞳で、こちらを見ている。
リコラが、おずおずと声を上げる。
「メタルさん、正直助かった。だが、憲兵に喧嘩を売って、大丈夫なのか・・・?」
それもそうか。今の出来事だけ見ていれば、単に俺が憲兵に喧嘩を売ったようにしか見えないだろう。
「少佐ともなれば、それなりの地位であろう。いいのか?」
作太郎も、疑問を投げかけてくる。
もっともな心配だろう。
リコラやクロアに限らず、作太郎とエミーリアにも今まで話していなかったが、このあたりで少し、俺の身分について説明しておいた方がいいのかもしれない。
そう思い、俺は、懐から碧玉連邦軍身分証明証を取り出す。
「俺、一応、軍属なんだ。」
俺がそう言いながら身分証明証を示すと、皆が覗き込んでくる。
碧玉連邦軍 客員大将。
これが、俺の階級である。
俺の階級を見たリコラと作太郎は、唖然とした表情をしている。
「た・・・大将?」
「なんと、将軍殿であったか・・・。」
突然、一緒にいた人が大将だと言えば、確かに驚くかもしれない。
そして、クロアは無言で、こちらを睨み、立ち上がって構える。
「え?クロア、何で?」
予想外の展開に、思わず声を上げてしまう。。
「軍属だったとは。私を捕らえに来たのか?」
ああ、そういうことか。
先ほど、憲兵はクロアを見逃しているようなことを言っていた。
クロアは、過去に武装組織『アルバトレルス』の切り込み隊長だった。
その過去があるせいで、逮捕しようと思えば、罪状はいくらでも作ることができるのである。
まだ詳細を説明していないため、クロアは勘違いしているようだ。
「ああ、俺には、そういった権利は無いよ。」
そう言うと、クロアは訝しげな表情をする。
「俺は、将官や元帥の個人戦闘の教官なんだ。だから、国家憲兵的な権利は無いし、あったとしてもクロアを逮捕する気は無いよ。」
「・・・そうか。ならば、問題はない。」
そう言うと、クロアは納得したのか、すっと構えを解く。
「しかし、そんな大層な役職なら、軍務が忙しいのではないか?」
リコラが言う。
その疑問も最もだろう。
だが、大変残念なことに、俺の仕事は、暇なのだ。
「そんなことは無いよ。まあ、みんな忙しいからね。年に何回か特別訓練に行くくらい。」
個人の武勇が大きく評価されるこの星において、軍隊という、強さが必要な組織では、その傾向はより強い。
その文化は、将官や元帥クラスの高級軍人においても例外ではなく、ある程度の武勇を求められるのだ。
俺は、高級軍人の中でも、上級大将や元帥という、最高クラスの階級の軍人を相手に訓練の教官を務めている。
そのため、それに釣り合う地位を名目上与えられているのだ。
また、ここで言うことはできないが、碧玉連邦軍には、存在が公表されていない特殊部隊がある。
その特殊部隊の教官や訓練における敵役も行っている。
しかし、どの仕事も、回数は少ない。
上級大将や元帥は忙しいし、特殊部隊の訓練も、俺が担当するのは年に1、2回だ。
そのため、仕事として俺が教官を依頼されるのは、年に数回程度なのである。
そして、俺の雇用形態は、仕事が無ければ報酬も無い形態だ。
特殊な雇用契約であるため、軍人としての特権もほぼ認められていない。
そのため、軍属でありながら、普段の立場はほぼ民間人と変わらないのだ。
まあ、それでも、先ほどの憲兵に強く出ることができる程度の地位ではあるのだが。
「そんな階級や役職もあるんだな。初めて知ったよ。」
リコラは、感心しきりである。
クロアは、逮捕されないとなれば興味はないのか、反応は薄い。
「いやはや。教官殿であったか。いつか、ぜひ稽古をつけていただきたいものですなぁ。」
作太郎は、カラカラと骨を鳴らして笑っている。
「そう。メタルは、すごい。」
エミーリアは、自分のことではないのに妙に誇らしげだ。
俺の地位を説明したことで、俺が憲兵に喧嘩を売っても大丈夫な理由は理解してもらえたようだ。
そこで、先ほどの憲兵についてである。
「で、さっきの憲兵は、何者?」
とりあえず、気に食わないから追い返してしまったが、名前すら聞いていない。
すると、リコラが説明を始める。
「あの男は、アルプト=ブルブス。国家憲兵少佐だ。」
少佐であることは、服の階級章からわかっていた。
少佐は決して低い階級ではない。
碧玉連邦軍では中隊長を務めることが多い階級である。
首都は、1億人もの人口がおり、それに伴って憲兵の数も多い。
憲兵は、100人程度を一つの中隊として、首都の地区ごとに配置されている。
少佐は、その中隊を統括する立場なので、その地区の憲兵の中では、それなりの発言力を持つのだ。
しかし、あくまで一地区の統括である。
よほどちょっとしたことでなければ、自分だけで不祥事をもみ消すことができるような立場ではない。
あんな態度をとって市民に恨まれれば、簡単に懲戒である。
あそこまで強く出ることのできる立場でもないはずだ。
そう言うと、リコラが、頷く。
「それには、この辺りの地区の事情が関わっている。」
リコラ曰く、この地区は、前科持ちや脛に傷がある者が多い。
それらの人々にとって、警察組織である国家憲兵は恐怖の対象なのだ。
そんな中、アルプトは、金や女で取引さえすれば見逃してくれる、都合のいい憲兵なのだという。
アルプトも、その都合のいい憲兵であり続けることで、上手く利益を得続けているそうだ。
この街の、脛に傷がある者達からすれば、アルプトが別の憲兵に変わってしまえば、どうなるかわからない。
アルプトとしても、利益を得られるこの街からは動きたくない。
そのような関係が続く中で、自然と、前科がある者や後ろ暗い者は、アルプトに何かを差し出すのが暗黙の了解になっていったのである。
リコラは、以前は憲兵に協力して街の治安維持を行っていた。
しかし、アルプトに前科持ちだと勘違いされた上で体の関係を迫られたため、憲兵への協力をやめたのだと言う。
現在は、リコラに対する勘違い無くなったものの、クロアの過去を知られてしまったため、それを口実に迫られているのだそうだ。
「まあ、いつもはもっと簡単に引き下がるんだがな・・・。」
今日は、いつにも増して強硬だったらしい。
まあ、気にかけている女の元に見ず知らずの男が居れば、警戒もする・・・のだろうか?
「アルプトに限らず、今のこの地区の憲兵は、頼りにならないからな・・・。」
取引し、利益をもたらす者にはそれなりに対応してくれるそうだが、利益の無い事件の解決には、ほとんど動かなくなっているそうだ。
そういった現状なので、警察としての能力は低下しており、まともに事件解決は望めない状態になっている。
そのため、リコラのような民間人が、失踪事件という、憲兵が本来捜査するような案件に対応しているとのことである。
なかなか、闇の深い話であった。
正直、いい状態ではない。
だが、憲兵が腐敗しているから、この街は後ろ暗い者の受け皿になっているのも事実であるようだ。
憲兵を正常化することは、街の人々の望むところではないのかもしれない。
・・・俺には、どうしたらいいかはわからない。
そもそも、腕っぷしだけで解決できないものは、苦手なのだ。
「正直、私もどうしたらいいかわからなくてな。一人で不安だった。私だけでは、限界が見えていたところに、クロアが来てくれて助かった。」
リコラは、クロアを見ながら言う。
クロアは、リコラの言葉に、少し驚いた後、顔を赤くして恥ずかしそうにしている。
リコラは、そんなクロアをひとしきり眺めた後、表情を切り替えて声を上げる。
「まあ、私たちではどうにもならない憲兵に悩んでも仕方ない。失踪の調査をしようか。」
まあ、それもそうだ。
俺たちとリコラの契約内容は、憲兵の正常化ではなく、住民失踪事件の捜査協力と解決なのである。
「事件の調査は現場をみなければ始まらない。現場に行くよ。準備して。20分後に出発だ。」
リコラがそう言うと、皆、思い思いに準備を始める。
部屋に戻り、持って行く武器を吟味する。
APFSDSは、市街地では、あまり使わないだろう。
長さの短めな重鉄は、便利なので持って行くこととする。
「蒼硬、街に調査に出るけど、行くかい?」
愛剣の『蒼硬』に語り掛ける。
『・・・んあぁ?あー・・・。どっちでもいいや。』
眠そうな、気だるげな声がする。
持って行くことにしよう。
俺は、蒼硬を手に取り、背中に背負う。
あとは、腰にポーチを取り付け、財布などの最低限の必需品を押し込む。
まあ、遠出するわけではない。
これくらいの装備でいいだろう。
装備を整え、ロビーに戻れば、皆、揃っていた。
エミーリアは、いつもどおりのチューブトップに短めの剣。
盾は、いつもの大きな四角い盾から小ぶりな丸盾に変わっている。
作太郎は、先ほどと変わらない黒い着流し姿である。
腰にも変わらず脇差と太刀が下がっている。
リコラは、ベージュのコートに歩きやすそうなブーツ、それにキャスケット帽だ。
おしゃれである。
腰には短剣と、シンプルなデザインの短い杖。
クロアは、初めて会った時よりは簡素な戦闘用コート鎧を着ている。
武器は、モーニングスターと鉈剣なのは変わらない。
「よーし。みんな揃ったな。じゃあ、行こうか。」
クロアは、皆がそろったことを確認すると、裏紅傘の事務所を出る。
俺たちは、リコラに続くように事務所を出ると、住民が失踪した現場へと向かうのだった。




