第12話 失踪した人々
2020/12/12 編集しました。 編集内容:警官→憲兵
耳障りな音が響く。
意識は、その音に無理やり覚醒させられる。
携帯電話のアラーム機能だ。
「ふぁあ・・・。」
枕元に置いてある腕時計を見る。
時刻は、午前7時。
昨日の晩は、盛り上がった割には早めに寝たので、思ったよりも頭はすっきりしている。
シャワーを軽く浴び、トレーニング用の服に着替える。
朝のトレーニングの時間だ。
部屋から出て、階段を降りる。
降りた先は、何でも屋『裏紅傘』の事務所になっている。
「お?おはよう。早いな。」
事務所には、既にリコラがいた。
リコラの手元には、湯気を立てるマグカップと新聞がある。
先に起きて新聞を読んでいたようだ。
「ちょっと走ってくるよ。」
「ああ、わかった。朝食は8時くらいだ。それまでには戻ってくれ。」
リコラの一言に頷き、裏紅傘の事務所から出る。
外に出ると、朝日が眩しい。
首都は高層都市なので薄暗い場所も多いが、ここは朝日がちゃんと差し込むようだ。
朝日の気持ちよさを感じつつ、走り始める。
*****
走り終え、朝食も終え、時刻は午前9時。
ビッキーは学校へ行った。
首都には大型の人種も多い。
ビッキーくらいのサイズでも、十分に受け入れることができるのだ。
俺たちは今、事務所の一角のミーティングスペースに集まっていた。
「じゃあ、現状の情報共有を行う。」
そう言うのは、リコラ。
今回の案件は、人の失踪を追うものだ。
今までの腕っぷしでどうにかなった仕事とは違い、調査と思考が中心になるだろう。
正直、俺は苦手である。
リコラが、ミーティングテーブルにこの街の地図を広げる。
地図を見ながら、事件の情報を整理するのだろう。
「まず、失踪一人目。」
一人目は、50代男性。
竜人系人種で、ごみ収集の仕事をしていたそうだ。
「そのごみ収集業者の事務所は、ここ。」
リコラはそう言い、地図の上に印をつける。
その業者の従業員は、事務所に出勤してから仕事に取り掛かるそうだ。
男性は、早朝担当の従業員だったそうで、朝のまだ暗い時間に出勤し、昼くらいまで働いていたそうである。
ある日、その男性は仕事に来なかった。
仕事に来ないことを不審に思った同僚がその男性の住んでいる集合住宅の部屋を訪ねると、その部屋には家財道具一式が残っていたが、その男の姿は無かったという。
「隣の部屋の住民が、その男性が部屋から仕事着で出てくるのを見ている。失踪は職場までの2kmほどの間に起こっていると考えていいだろう。」
そう言いながら、男性の部屋がある集合住宅に印をつける。
「うーん。道が多いな。通っていた道は?」
そう、リコラに訊いてみる。
ここに限らず、首都は道が多いうえに入り組んでいるのだ。
「男性の出勤ルートは、ほぼ固定でこのルートだったようだ。」
そう言い、リコラは地図に線を引く。
そのルートは、裏路地なども通る、最短に近いルートだ。
「リコラ殿がわざわざ調査したいと言うのだ。この男性だけではないのであろう?」
そう言うのは、作太郎。
その一言に頷くリコラ。
「次の失踪者は、30代の女性だ。」
その女性は、大衆酒場の従業員だ。
トカゲ系の人種で、その妖艶さが人気の名物店員だったそうである。
夜の2時くらいまで働いた後、退勤した後の行方が分からなくなっている。
次の日に友人と買い物に行くのを楽しみにしていたとの証言もあり、自分から失踪したとも考えづらい。
「退勤に使っていたルートは、このルート。」
地図に線が追加される。
一人目の男性とは、全く違うルートだ。
動線が交差すらしない。
「3人目だ。」
三人目は、180歳ほどの無性の不定形人種。
俗に言うスライム系人種である。
夜間警備の仕事をしていた彼は、仕事中に消息を絶っている。
「彼の警備ルートは、ここ。」
街の一角にある大きなビルの周りにぐるりと線が引かれる。
「4人目。」
4人目は、10代後半の女性。
犬系の人種だ。
夜遅く、塾から帰る途中に失踪。
この件には目撃者がいる。
だが、その情報は、道を歩いていたその女性が、少し目を離した隙に消えていたというもの。
「消えた場所は、ここだ。」
地図の上に、バツ印が付く。
大きな通りで、近くに横道もない。
「5人目。」
年齢不詳の浮浪者。
人種はゴーレム系の無機生物人種で、そもそも衣食住を必要としない人種だったため、ボランティアをしながら生活していたらしい。
夜、公園で見かけられたのを最後に、誰も見ていない。
「その公園は、ここだ。」
街の外れの、小さな公園のようだ。
「6人目。」
6人目は、機械生命体の40代の男性。
プログラマーだったその男性は、残業帰りに消息を絶った。
職場からその男性の家へは数百m。その短い間に居なくなったのだ。
「その帰宅ルートは、ここしかない。」
大きい通りをまっすぐ通るだけのルートだ。
「今、失踪したのは、この6人だ。」
人種、職業、年齢、すべてバラバラ。
共通点は、夜に失踪している、ということだけに見える。
「失踪の共通点は、深夜から明け方にかけての暗い時間帯、ということだけだ。」
リコラも、そう言う。
そこで、作太郎が声を上げた。
「警察は?」
そりゃそうだ。
これだけ人が消えているのならば、警察が動くべきだろう。
「警察は・・・。」
「まて、来たぞ。」
リコラが、苦々しい顔で何かを言おうとしたとき、クロアがそれを制する。
すると、リコラの顔が、いよいよ歪む。
「ああ・・・。よりによって、メタルさんたちがいる時に・・・。」
そう、リコラが言うとほぼ同時に、事務所の呼び鈴が鳴る。
そして、こちらが何かを答える前に、ドアが開いた。
「やあやあ。おはようございます。」
そこには、小太りの憲兵が一人立っていた。
リコラは、その景観が部屋に入ってきた途端、表情を外向けのものに変えた。
クロアは、リコラを守るように、リコラのすぐ隣に立つ。
「おやおや、客がいたところに失礼してしまったかな?」
こちらを気遣うようなセリフだが、その声は、見下したような色を含んでいる。
実際にこちらを気遣う気は、一切ないようである。
憲兵の様子を観察する。
身長は160㎝ほど。小太りで、白髪交じりの髪をしている。
帽子を被っているので、髪型はよくわからない。
表情は笑顔だが、目は笑っておらず、リコラとクロアを舐めるように見つめている。
徽章からして、その階級は少佐。
この星の警察は国家憲兵であるため、階級は軍と同じものを使っているのだ。
憲兵の階級としては、首都においては一つの区画を任されるクラスの階級で、その区画の中では、それなりに権力を持っている。
まあ、少佐がいる区画複数を統括する中佐や大佐もいるため、本来ならば大きな顔はできないのだが・・・。
「では、では。リコラさん、あの件について、考えていただけましたかな?」
その憲兵は、こちらに気遣う様子は全くない。
何か、リコラに話を持ち掛けていたようだ。
「その件については、以前お断りしたはずですが。」
リコラは、にこやかだが、はっきりとした拒絶を口にする。
その断りを聞いた瞬間、その憲兵の顔が歪む。
そして、こちらに目を向ける。
「・・・おや、おや。もしや、こちらの冴えない方が、あなたの?」
なかなか、失礼な物言いである。
その一言に、リコラも顔を少し歪める。
「いえ、彼は私が依頼を出している、戦闘旅客です。あまり、失礼なことを申さないでいただきたい。」
リコラの声色は、明らかに苛立っている。
だが、リコラの言葉を聞いた憲兵は、こちらを見下す表情を浮かべ、言い放つ。
「戦闘旅客?そんな、そんな。チンピラと変わらないような者に依頼を出すなど・・・。」
・・・なかなか、言う。
だが、ここで手を出せば、リコラの立場が悪くなるかもしれない。
「・・・私の契約相手を貶めないでいただけますか?」
リコラが、苛立ちを押し堪えて、憲兵に言う。
だが、憲兵は俺たちのことを完全に下に見ているようで、止まらない。
「おやおや、リコラさんは、憲兵たる私よりも、このチンピラまがいの肩を持つと?」
その一言に、リコラの表情がピクリと動く。
「チンピラまがいではありません。彼らは、立派な戦闘旅客です。」
それでも、リコラは冷静に対応している。
しかし、憲兵は、一切態度を変えようとしない。
「はぁ・・・。私ではなく、よりにもよって、こんなチンピラになど。とんだ淫売だったのですね?リコラさん?」
・・・酷い物言いだ。こいつは、敵か。敵だな。
リコラの表情は、硬い。
「・・・っく。・・・ここは、どうか、お引き取りください。」
リコラは、淫売とまで言われても、どうにか怒りを堪えて、憲兵に応対している。
だが、憲兵は、その様を楽しむように見つめている。
「まあ、いいでしょう。リコラさん。改めまして、こちらの要件は、考えてもらえましたかな?ああ、そっちのクロアさんでもいいんですよ。」
クロアの名前が出た途端、リコラの表情が歪む。
そして、我慢の限界に達したリコラが、怒りを込めて言い放つ。
「仮にも、憲兵ともあろう人が、そのようなことを言って!恥ずかしいとは思わないのですか!」
だが、リコラがそう言った瞬間、憲兵の額に青筋が浮かぶ。
「なにぃ?こっちが下に出ていれば調子に乗りおって。素直に私からの支援を受け取ると言えばいいものを。」
支援?
この憲兵は、リコラに何か支援を申し出ていたのだろうか?
憲兵が強気になった途端、クロアがリコラを守るように前に出ようとする。
「おっと、クロアさん。動かないでくださいね。そもそも、あなたの前科を見逃しているのは誰かわかりますか?下手に動けば、リコラさん共々どうなるか、わかっていますよね?」
そう言い、憲兵は動こうとしたクロアを制する。
クロアは、憲兵の言葉に、悔しそうな顔をして動きを止める。
クロアを止めた憲兵は、次はこちらに声をかけてくる。
「そこのチンピラ、出ていけ。私はこれから、この女と商談があるからな。」
そう言う憲兵は、いやらしい笑みを浮かべている。
・・・その表情から、理解できた。
どうやら、この憲兵、権力を笠に着て、リコラに関係を迫っているようだ。
リコラは、美人である。そういう目で見られるのも、不思議ではない。
だが、この憲兵の言葉程度では、俺たちは動かない。
その様子に、憲兵は苛立ちを隠さない。
「出て行けと言ったのがわからんか?それとも、公務執行妨害で捕縛してやろうか?」
憲兵がそう言うと、リコラが、俺たちに申し訳なさそうな顔を向ける。
「すまない。君たちを前科持ちにするわけにもいかない。私たちはどうにかするから、ここは彼の言葉に従ってくれないか?」
リコラは、こちらに対する申し訳なさと、憲兵に対する悔しさ、この後うまく切り抜けられるかわからない不安で、複雑な表情をしている。
そんな中、エミーリアは、俺に対して、何かに期待するような目を向けている。
・・・決めた。
俺は、絶対に出ていかない。
むしろ、この憲兵をぶちのめしてやる。
「出ていけ、と言われて出ていくとでも?商談は、俺たちが先だぜ、おっさん?」
あえて、少しの煽りを混ぜつつ、憲兵に言い放つ。
すると、憲兵の顔が、信じられないものを見た、といった表情になる。
そして、だんだんと赤くなっていく。
「貴様・・・!」
案の定、煽り耐性は無いようだ。
簡単に頭に血が上りはじめた。
「ま、おっさんじゃあ、リコラに不釣り合いなんだ。出てけよ。」
さらに煽る。
ここは、相手から手を出させたい。
「貴様、言わせておけばっ・・・!出ていけ!出ていかんと、どうなるかわかっているだろうな?」
憲兵は、喚き始める。
自分の権力で格下(だと思っている相手)が動かないことが、納得できないのだろう。
「どうなるか?さあ、わからないなぁ。その腰についている拳銃でも撃ってみるかい?」
そう言うと、憲兵の表情から、赤みが引く。
俺に言われて、拳銃という自分の強みに考えが至ったのだろう。
わかりやすい。
「そうだ。撃たれたくなければ、出ていくんだな。」
さあ。最後の一押しだ。
「ま、どうせ撃てないだろ。わかりやすいな、おっさん。」
そう言った途端、憲兵は一瞬で沸騰し、拳銃を抜く。
来た。
銃口が俺を向く前に、憲兵に向けて踏み込み、拳銃を持った腕を取る。
そのまま腕を捻り上げ、憲兵を床に薙ぎ倒す。
憲兵の手から力がなくなった隙に拳銃を奪い取る。
「ぐぁぁ・・・!き・・・貴様ぁ・・・!」
憲兵が、恨みのこもった顔で、こちらを見る。
それによく見えるように、拳銃をバラす。
「正当防衛だ。ま、相手が悪かったな。帰って始末書でも書いたらどうだ?」
そう言って、バラした拳銃を投げ渡す。
この星では、武器を完全に抜くと、相手に攻撃を仕掛けられると見做されるのだ。
抜刀は、攻撃の合図。
脅しのつもりだった、では済まないのである。
憲兵は、慌てた様子で拳銃の部品を拾い集める。
「名前を教えてやろうか?俺はメタル。メタル=クリスタルだ。逮捕しようとするなら、どうぞ。」
あえて、名前を言う。
すると、憲兵の顔が、いびつな笑みに歪む。
「・・・はは、馬鹿め。自分から名乗りおって。その浅慮、後悔することになるぞ。」
「そうか。ま、いいけどな。」
そう言うと、憲兵は歪んだ笑みを浮かべたまま、這う這うの体で、裏紅傘の事務所から、去っていく。
「はー。この街の警察は、あんな奴が仕切ってるのか。そりゃ、信用できそうもないなぁ・・・」
憲兵を見送った後、そう言いながら振り返る。
すると、リコラとクロアは、心配そうに俺を見ている。
作太郎もなんだか少し不安そうだ。
そんな中、エミーリアだけが、無表情な中にも、ヒーローを見るかのような無邪気な瞳で、こちらを見ている。
・・・これは、少し、皆に説明が要るのかもしれない。




