第11話 ビッキーの帰宅
何でも屋『裏紅傘』の仕事は、受けることになった。
俺とエミーリアがリコラと仕事の詳細を詰めている間に、作太郎は連絡待ちをしている他の依頼者に断りの連絡を入れることになった。
仕事内容を詳しく詰めた結果、とりあえず、半年契約となった。
硬銀のインゴットが報酬にあるので、本来の報酬20万印と併せ、一人当たり、月84万印程度となる計算だ。
正直、金属色クラスの仕事としては、安い。
だが、作太郎とエミーリアがやる気である。
どうやら、作太郎はそれなりに正義感が強いようだ。
まあ、受ける仕事は自由である。
報酬も重要だが、気に入った仕事を受けるのが一番なのである。
宿も決まった。
『裏紅傘』事務所への住み込みになったのだ。
詳細を詰めているときにわかったのだが、20万という報酬は、食と住を提供したうえでの2か月分の予定だったそうだ。
裏紅傘のビルは、高架下にある3階建てのビルである。
ビルは、丸ごとリコラの所有物であるらしく、ビル自体を自由に使えるそうである。
1階は事務所になっているが、2階、3階には部屋がたくさん余っているということで、2階の部屋を借りることになった。
それぞれの階には6部屋ずつあり、キッチン、風呂、トイレは各部屋にあるようだ。
どうやら、もともとアパートか何かだったらしい。
2階も、リコラとクロアしか部屋を使っていないため、4部屋空いている。
そこに、俺たちが入ることになった。
仕事の詳細も詰め終わった。
「ふぅ。まあ、こんなものか。」
リコラが、一つ息を吐く。
今回決まった内容は、あとでリコラが書面にするらしい。
「じゃあ、よろしく頼む。」
「よろしく。」
改めて、リコラとクロアが言う。
「こちらこそ。」
「ん、よろしく。」
俺とエミーリアも、それに答える。
「じゃあ、作太郎殿が戻ったら、事務所を案内・・・」
リコラが、こちらに事務所の案内を提案すると、事務所内に大きな音が響いた。
「リコラーーー!」
入口の隣の、大きなシャッターが勢い良く開いた音だ。
「コワイノがイルー!!」
そして、シャッターから、これまた勢いよく、3mくらいの、クルミのような形をした黒い二枚貝が転がり込んできた。
ジビキガイの変種、ビッキーである。
飛び込んできたビッキーは、シャッターの前のクッションがたくさん積み上げられている場所に収まる。
どうやら、そこがビッキーの定位置らしい。
そして、二枚貝がぱかりと開く。
そこには、少女がいた。
「リコラー!コワイノが、コワイノがイルウウゥ!」
ビッキーは、ジビキガイという魔法生物の変種であり、貝の中にヒト型の部分があるのだ。
リコラと同じく、1週間前の大盾市76番要塞の攻略で出会った。
ビッキーのヒト型の部分は、ヒトで言う太ももあたりから貝の中身と繋がっている。
髪と瞳は少し緑を帯びた濃い茶色。
改めてよく見れば、元気さの溢れる顔立ちはまだどことなく幼く、体型もその顔立ち相応のものである。
ジビキガイとしてはまだ若い個体なのだろう。
ヒト型の部分は、セーラー服のようなものを着ており、頭には鍔付きの丸い帽子をかぶっている。
学校の制服だ。
「ビッキー、お帰り。どうした?」
ビッキーの慌て方に反して、リコラは落ち着いている。
それに反し、クロアは、無言で立ち上がり、入口付近に立てかけてあった武器を手に取っている。
ビッキーが言った『コワイノ』を警戒しているのだろう。
「イエのマエに、コワイヤツが、イルの!」
ビッキーは、半泣きである。
家の前の、コワイヤツ・・・。
・・・作太郎では・・・?
作太郎は、連絡待ちの他の依頼者に電話するにあたって、外に出ている。
慌てているビッキーを落ち着かせるように、リコラは、あくまで落ち着いて、ビッキーに話しかける。
「そうか。わかった。そいつにビッキーは襲い掛かって無いね?」
そう、リコラが問うと、ビッキーは頷く。
リコラは、ビッキーが襲われた、ではなく、ビッキーが襲い掛かっていないかを確認した。
それもそのはず、ビッキーは強い。
少なくとも、戦闘旅客で言えば、赤熱銅クラスの強さはある。
ほとんどの者は、ビッキーに襲われたら抵抗もできずに倒されるだろう。
「よし。よく我慢したな。その怖い奴の見た目は言える?」
リコラのビッキーへの対応は、小さい子供に対するそれである。
ビッキーは思っていたよりも幼いのかもしれない。
「アカくて、ガイコツ・・・。」
・・・完全に作太郎である。
もう一度言うが、作太郎は、今、外に出ている。
それを、帰ってきたビッキーが見つけたのだろう。
「ああ。それは、悪い奴じゃ・・・」
リコラが説明しようとしたとき、タイミング悪く、作太郎が戻ってきた。
「連絡が終わりましたぞ。」
それを見たビッキーは、固まる。
そして、作太郎を指さして、フルフルと震えはじめる。
「キャアアアアア!!」
最後に、大きな悲鳴を上げ、殻を閉じたのだった。
もう、めちゃくちゃである。
ビッキーが作太郎のことを理解し、怖がらなくなるまで、30分ほどかかった。
「アタシは、ビッキー、ダ!ヨロシクナ!」
作太郎が怖くないとわかったビッキーは、元気よく挨拶をする。
「はっはっは!これは愛らしい。よろしく頼み申しますぞ!」
それを受けて、作太郎も挨拶を返す。
そのまま、作太郎はビッキーの相手をしている。
「キョウなー、ガッコウでナー・・・」
ビッキーも、楽し気に作太郎に話しかけている。
作太郎は、見た目は怖いが面倒見はいいようだ。
というよりも、ビッキーは学校に通い始めたのか。
まあ、社会で生きるための勉強をするには、最適だろう。
「他の生き物には絶対に攻撃しないように、強く言ってあるよ。」
そう言うのは、リコラである。
まあ、ビッキーが他の子どもを攻撃したら、シャレにならないだろう。
「賢い子だ。私が言ったことは、しっかり守ってくれる。」
そう言い、ビッキーを見つめるリコラの目は、優しい。
クロアは、無言でビッキーを見つめている。
その表情は読み取りづらいが、警戒の色は無い。
この3人の関係は良好なようである。
*****
リコラに、部屋に案内される。
部屋に入る。
とりあえず、部屋のすみっこに荷物を置く。
荷物を下ろして落ち着いたので、部屋を見渡す。
古めかしい板間で、簡素なベッドと小さなキッチン、ユニットバス、汎用の簡素な棚に、標準的な武器棚がある。
壁はコンクリートで、白く塗ってあるが所々剥がれており、古めかしさを際立たせている。
入口の反対に窓があるので開けてみる。
隣のビルまで、1mもない。
上を見れば、道路の高架の裏面が見える。
下を見れば、1m程下に、ビル管理用の常設のキャットウォークがある。
窓の隣にあるドアから、キャットウォークに出ることができるようだ。
窓から離れ、部屋の中を改めて見る。
ベッドは、金属製の安いものだが、綺麗な寝具がセットされている。
壁を軽く叩いてみれば、詰まった音がする。
壁は厚いようだ。
キッチンは、コンロが一口だけの簡素なもの。
ユニットバスは、一人で暮らすには十分なサイズ。
よくある単身向けの部屋である。
荷物を開き、部屋に並べていく。
武器棚に、愛剣『蒼硬』を収める。
「居心地は、どう?」
蒼硬に語り掛ける。
すると、剣から声がする。
『なかなか、悪くないよぉ・・・。』
どうやら、お気に召したようである。
他の武器も、武器棚に掛けておく。
食器はキッチンに、それ以外のものは簡素な汎用棚に収める。
荷物を部屋に収めれば、どことなく人心地ついた感じがするものだ。
外を見れば、もう暗い。
そろそろ、夕食の時間だろう。
そんなことを考えていると、部屋をノックする音がする。
「メタル、ごはん。」
エミーリアの声だ。
「わかった。今行く。」
財布の入った小さなポーチと愛剣だけを手に取り、部屋から出る。
エミーリアも、簡素な装備になっている。
・・・旅装を解くと、エミーリアの服の露出の多さが少し際立つ。
まあ、エミーリアがいいのなら、問題ないのだろう。
他の者と合流し、一階の事務所へと降りる。
事務所の一角には、ビッキーがその殻をクッションに半分うずめて、くつろいでいた。
「今日は、メタル殿たちも来てくれたし、ごちそうにしよう!」
リコラが言い、備え付けの電話を手に取る。
どうやら、出前を頼むようだ。
ごちそう、という単語に反応するのは、クロア。
その表情は、どことなく嬉しそうだ。
「ゴチソウ・・・?」
ビッキーは、そもそも単語の意味が分かっていないようである。
しかし、ご馳走にすると、少し問題がある。
エミーリアは、ものすごく食べるのだ。
すると、俺の少し不安そうな表情を読み取ったのか、リコラが声をかけてくる。
「・・・メタル殿、もしかして、ものすごく食べる人がいる感じか?」
俺は、その言葉に頷く。
「エミーリアが、食べるよ。」
俺の言葉に、リコラは驚いた顔をする。
「えっ?あんなに小柄なのにか?」
そう言い、エミーリアを見る。
突然目を向けられたエミーリアは、状況はわかっていないようだが、胸を張った。
・・・ここは、俺も金を出そう。
むしろ、戦闘旅客としてはこちらが格上なのだ。
奢るくらいの気持ちでいこう。
「・・・よし!俺が全額出そう!好きな物を食べようぜ!」
そう言うと、リコラとクロアが驚いた顔でこちらを見る。
「そんな。悪いじゃないか。」
リコラは言う。
「いやいや。お金はあるし、大丈夫だよ。」
これまでの仕事の報酬もまだまだ残っている。
せっかく、ご馳走を食べるならば、おなか一杯食べたいだろう。
むしろ、ここで最上位旅客である俺が出さないのは、少し恰好悪い。
「そうか・・・。ならば、ご馳走になろう。」
リコラも、納得してくれたようである。
食事は、気が付いたら宴会になっていた。
まあ、ビッキー以外、大人である。
宴会になるのも、当然だったのかもしれない。
しかし、エミーリアをはじめとし、ビッキーもクロアもものすごい量を食べていた。
この二人がいるとなると、裏紅傘のエンゲル係数は相当だろう。
リコラとクロアは、エミーリアの食欲に驚愕していた。
まあ、ビッキーもクロアも体格がそもそも大きいので、たくさん食べるのは想像できる。
小柄なエミーリアの体の中に、大量の料理が消えていく様は、なかなか想像できないだろう。
驚愕に目を見開くリコラとクロアの顔は、なかなか面白かった。
ビッキーは、本能的にエミーリアの正体を知っているため、驚いていないようであった。
楽しい宴会は、夜の12時くらいまでは続いただろうか。
眠ってしまったエミーリアとクロアを部屋に運ぶ。
エミーリアは、小柄だが妙に重く、リコラでは持ち上げられなかったのだ。
クロアも、気づいたらソファで寝ていた。
毛布を掛けるリコラは手慣れていたので、いつものことなのだろう。
作太郎は、元々赤いせいで酔ったのかどうかよくわからなかったが、どうやら酔っているらしく、千鳥足で自分に割り当てられた部屋へと戻っていった。
俺も、宴会の後片付けをすると、部屋に戻る。
シャワーをさっと浴び、寝間着に着替える。
そして、明日からの仕事に思いを馳せながら、眠りにつくのだった。




