第7話 依頼人たち
目を開ける。
20回目の戦いが終わり、闘技場の戦闘用空間から戻ってきたのだ。
目の前には、カプセルベッドの蓋。
蓋に手をかける。
少し力を入れると、蓋は簡単に開いた。
上体を起こす。
エミーリアのベッドは、まだ閉まっている。
余談だが、死なない闘技場でも、疲労は溜まる。
そんな中で20戦も繰り返したのだ。
20戦繰り返して戦い続けられるエミーリアの体力は凄いが、流石に疲れただろう。
そんなことを考えていると、エミーリアのベッドの蓋が開く。
エミーリアの表情を見れば、いつもどおり感情変化は薄い。
しかし、ベッドから出たとき、エミーリアの膝が盛大に笑っているのが見えた。
何事もなかったのようにしているが、やはり疲労は蓄積しているようである。
足元が覚束ないエミーリアをそれとなく補助しつつ、退室のために部屋を片付ける。
カプセルベッドがある部屋で休憩などをすることもあるため、私物が散らかることも多い。
しかし、今回はほとんどこの部屋を使っていないため、綺麗なものである。
荷物を簡単にまとめ、部屋を後にする。
部屋を出ると、それを待っていたように、人が集まってくる。
人数は、50人程。
流石、首都だ。
俺やエミーリアクラスの金属色旅客に、これだけ人が集まるのか。
金属色の旅客は、依頼料が非常に高くなることが多い為、直接依頼をしようとする人は、基本的に少ない。
だが、ここでは50人程も集まったのだ。
まあ、二人や三人で来ている者も多いため、実際は20組程度だろうか?
正直、びっくりである。
その人々を、作太郎が整理している。
俺とエミーリアの戦いを見て、仕事を依頼したい人々だろう。
「こ・・・これは?」
エミーリアが、少し怯えたような声色で、その人々を見ている。
「ああ、今から、仕事の相談をしたい人たちだよ。」
俺の言葉を聞いたエミーリアが、げんなりした表情をする。
疲れているので、あまり乗り気ではないのだろう。
だが、必要なことだとはわかっているようで、拒否はしない。
「メタル殿。依頼主は、順番を決めておきましたぞ。」
「おお、ありがとう。」
作太郎、気の利く男である。
依頼を持ちかけようとしている人々を見れば、老若男女様々である。
まあ、ここで眺めていても始まらない。
どこかで商談を始めなければいけない。
そう思っていると、作太郎が耳打ちしてくる。
「小会議室を抑えておいたので、そちらで。」
・・・作太郎、流石である。
さっそく俺たちは、商談に移るのだった。
*****
小会議室は、10人程度が入るくらいの、小さな部屋であった。
まあ、旅客パーティ一つと依頼主が入るだけを想定しているのだろう。
四角い机を挟むように、椅子が並べられている。
椅子は、多種族対応の非常に頑丈なものだ。
俺とエミーリアは、入口から遠い側に座り、作太郎が入り口付近に立つ。
そして、作太郎が戸を開けて、外の人を呼び込んだ。
まず、一組目が入ってくる。
スーツをかっちりと着こなした男女の二人組だ。
先の大戦後、スーツが地球から入ってきてからは、この星でもスーツを着た人を見ることが多くなった。
「はじめまして。私は・・・」
自己紹介しながら、名刺を差し出してくる。
どうやら、地球の会社らしい。
雰囲気からして、日本地区だろうか?
「ああ、私はメタル。メタル=クリスタルです。こちらはエミーリア。そして、入口は作太郎と申しまして・・・」
こちらも、相手に合わせて、丁寧に挨拶をする。
礼儀は大事なのだ。
商談を始めて10分ほど。
依頼を持ってきた二人については、雰囲気も良く、悪い感じはしなかった。
しかし、二人が持ってきた仕事を受けるのは、ちょっと難しそうだ。
二人は、この星の文化に、不慣れすぎたのだ。
仕事内容は、この星における食用の野生動物の捕殺。
依頼料は、時給5,000印。
「う~ん、申し訳ないけど、この仕事、この額じゃあ、俺たちは雇えないよねぇ・・・。」
俺の言葉に、エミーリアと作太郎が、頷く。
この内容だと、黄クラスの旅客くらいが妥当だろう。
どうやら、戦闘旅客に仕事を依頼すること自体が初めてのようである。
そのため、とりあえず戦闘職として位の高そうな俺たちに声をかけたようだ。
「まず、こういう依頼をする時は、旅客情報局の依頼受付窓口で、初めてだって言って・・・。」
とりあえず、戦闘旅客への依頼の常識を学ぶことができる方法を紹介する。
2人は、感謝をしながら、退室していく。
なんとなく良いことをしたような感じで、気分がいい。
作太郎は二組目を部屋に招く。
二組目の仕事は、護衛の仕事だった。
依頼に来たのは恰幅の良い爬虫類系の人種の男である。
「報酬は、これくらいで・・・。」
提示されたのは、日当5万印で5日間。
食糧や移動手段はこちら負担であり、日当5万円の中でやりくりしてほしいとのこと。
ふむ。
これも、安い。
俺たち3人の中で最もクラスの低いエミーリアでも、1日に100万印を稼ぐのは難しくない。
それを日当5万印で雇うのは、無理がある。
5万印でも受けることもあるが、それは、依頼の内容に興味があるときだけだ。
正直、この依頼は全く受けたいとは思わない。
「この内容じゃ、無理ですね。」
俺が断ると、作太郎とエミーリアも頷く。
「なに?この額じゃ安いとでも言うのか?」
依頼主は、少し高圧的にこちらに言葉を投げかけてくる。
これは、戦闘旅客を低く見ているようだ。
「ええ。俺たちを雇うなら、最低でもこの10倍以上は用意してもらわないと。」
そう言うと、依頼主は、唖然とした表情をする。
「貴様ら如きにそんな額が必要なのか。驚いた。どれだけ自分を高く見積もっているのだ?」
なかなか失礼な奴である。
「我々でなくとも、金属色の旅客を雇うなら、日当50万でも安い方ですがね。」
そう言うと、男は憮然とした表情で部屋から出ていった。
あの様子では、誰も依頼を受けないと思うが、まあ、仕方ないだろう。
その後も10件ほど商談を続け、少し良さそうだと思った仕事には、受けるかどうかを後日連絡することにした。
だが、正直、これといった仕事はない。
作太郎曰く、最初は20組ほどいた人々も、待ち時間の長さに辟易して、いなくなってしまったそうである。
金属色、それも青鉄クラスを含むパーティに依頼するために待ち時間を我慢できないのならば、その程度の依頼なのだろう。
もし緊急の依頼だったのならば、そもそも旅客ではなく警察に言うべきなのだ。
さて、次で最後である。
11組目だ。
作太郎が、最後の依頼主を部屋へと呼び込む。
ゴトリ、ゴトリ、という、重たい足音がする。
・・・でかい。
いろいろと、でかい。
部屋の扉が、とても窮屈そうである。
女性だ。
身長は2m以上あるだろうか。
胸の膨らみなどで女性であることはわかるものの、かなりガッチリとした体形をしており、いかにも力強そうだ。
深い黒色の髪を額の中央で分けており、後ろは腰まで伸ばしている。
肌は透き通るような白。
目じりの高めな切れ長の瞳に、スッと通った鼻筋。
その相貌は美人ではあるものの、額から左目を跨ぎ、左頬に達する大きな傷跡が目立つ。
こちらを値踏みするような表情は、その傷と相まって、底冷えするような凄みを湛えている。
服装は、踝くらいまですっかり覆うタイプの、ハイネックのコート鎧を着ている。
コート鎧にしては金属部分が多めで、かなりにゴツい。
鎧の布地の色は黒で、金属部分はダークシルバー。
全体的に白黒な中で、瞳だけは夏の青空のような、鮮やかな青色をしている。
背中には、巨大な黒塗りの棘鉄球と、鉈のような無骨な片刃の大剣が見える。
女は、武器を外して横に置くと、俺たちの向かいの椅子に、どっかりと腰を下ろす。
多種族対応の頑丈な椅子は、しっかりと女を受け止めた。
「クロアだ。よろしく頼む。」
・・・ほう。
外見からまさかとは思ったが、裏社会ではかなり有名な名前だ。
『轢殺』のクロア。
彼女は、裏社会でそう呼ばれ、恐れられていた。
つい先日まで、非合法武装組織『アルバトレルス』の切り込み隊長として名を馳せていたのだ。
圧倒的な膂力を活かした荒々しい戦い方は、大きな車が目の前の物を轢き潰していくかの如くだったという。
そして、いつしか『轢殺』の二つ名で呼ばれるようになったのだ。
しかし、昨年、アルバトレルスは壊滅した。
警察内部の権力まで手を伸ばしたのが悪かった。
星の外から来た犯罪組織が中核となっていたアルバトレルス上層部は、この星の軍のプライドの強さを知らなかったのだ。
この星において、警察は国家憲兵であり、一般警察業務も担当しているが、れっきとした軍属である。
警察に手を出すということは、軍に喧嘩を売ったことになる。
軍としては、舐められては仕事にならない。
戦車まで動員した一大攻勢に対し、アルバトレルスは最後まで激しく抵抗したが、流石にどうにもならなかった。
アルバトレルスは壊滅し、ほぼ全ての構成員は逮捕または殺害されたという。
そんな中、クロアは行方不明になっていた。
戦闘現場には、焼け焦げたクロアの武装の破片が散乱していたため、砲撃で原形を留めないほどバラバラになったと思われていたようだ。
だが、どうやら生きていたようである。
そのクロアは、今、俺たちの目の前にいる。
そして、すっと、頭を下げる。
「協力してほしい。」
その声色は、想像していたよりも、ずっと真剣なものであった。
さて、クロアはどんな仕事を持ってきたのだろうか?




