第6話 エミーリアとの戦闘
目を開けると、そこは、闘技場になっていた。
闘技場の広さは30m四方。
俺とエミーリアは、闘技場の端に生成された小さな四阿に生成されたようだ。
四阿の一角には、この空間の制御端末がある。
フィールドの変更が、闘技場の中からできるのだ。
四阿の壁面には、様々な武器が生成されて配置されており、好きに使っていいようになっている。
また、四阿の中央には、カプセルベッドに横になる前に登録した、自分たちが使っている武器をコピーしたものが出現している。
コピー品は、オリジナルと比較すれば性能は若干劣るものの、同じような感覚で使えるのだ。
エミーリアは、迷わず四阿の中央の武器を手に取る。
また、周囲に設置された武器も回収しているようだ。
俺も、エミーリアに続いて、四阿の中央に生成された剣と盾を手に取る。
以前購入した、灰鉄の剣と盾のコピーである。
そして、闘技場の中央へと歩を進めるのだった。
今回のフィールドは標準屋外。
足元は、所々に土がむき出しになった、くるぶしくらいまでの長さの草に覆われた平原である。
部屋の周囲は岩肌を模した壁に囲まれており、上には青空が広がっている、ように見える。
実際はそう見えるだけで、天井はある。
だが、青空のおかげで、閉塞感は感じない。
壁面の高い部分にはガラス張りに見える部分がある。
観客がいる場合はそこから見るのだろう。
よく見ると、いつの間にか、作太郎が座ってこちらに手を振っている。
俺たちが部屋を借りたりしているうちに、小遣い稼ぎは終わったようだ。
とりあえず、手を振り返しておく。
そんなことをしているうちに、エミーリアの準備が整ったようだ。
「戦える?」
そう訊くと、エミーリアは頷き、構える。
「よし、じゃあ、始めようか。どこからでもかかってきな。」
エミーリアに言い、俺も構える。
エミーリアの構えを、改めて観察する。
身体を斜に構え、 腰を少し落とし、左手に持った盾でその半身を隠している。
こちら側から見て右側から、盾から半分だけ顔を出して片目でこちらを見ているようだが、よく見ると、盾の反対側からも、手が少しはみ出している。
右手で剣を持っており、左手で盾。
ということは、盾からはみ出している手は、3本目の手だ。
3本目の手には、少し亀裂が入っており、そこから、視線を感じる。
あれは、レギオンとしての能力だろう。
複数の自己のうち一部で死角をカバーしているのだ。
剣は、身体に密着させて腰だめに構えている。
初手に突きを繰り出しやすい構えだ。
防御重視だが、視界が遮られる欠点がある構えを、レギオンの特性でカバーしている。
堅実で、しっかりとした構えである。
エミーリアは、俺を観察している。
隙を探しているのだろう。
そこで、こちらもエミーリアの鏡写しのような構えを取って、待ち構える。
数十秒ほど、睨みあっただろうか。
先に動いたのは、エミーリアだ。
こちらの隙が見つからなかったのか、じりじりと詰めてきたエミーリアは、盾を前面に突き出して踏み込んでくる。
シールドバッシュだ。
エミーリアの盾は、スクトゥムに似た大柄な盾で、重い。
大体の相手は、その質量を活かしたシールドバッシュに耐えることができないだろう。
だが、俺は、それを正面から盾で受ける。
轟音。
金属同士がぶつかる、鈍く高い音が響く。
その瞬間、俺の盾が、身体から引きはがされるように引っ張られる。
何事かと思えば、エミーリアの盾から周囲の確認用にはみ出していた手が、俺の盾を掴んで引っ張っている。
そして、少し空いた隙間に『4本目の手』が剣を捻じ込んでくる。
身体を捻って、剣を躱す。
身体を捻りつつ、引っ張られている盾をこちらが引っ張り返し、エミーリアの姿勢を崩そうと試みる。
しかし、それは読まれていたようで、エミーリアは、すぐに手を離す。
同時に、4本目の腕と、元々の右手に持った剣で、同時に攻撃を繰り出してくる。
片方を盾で弾き、片方を剣で受ける。
「むっ!?」
エミーリアの攻撃を受けた剣が、変な方向に流される。
どうやら、俺が剣で受けるのを見た上で、こちらの姿勢を崩すように攻撃の向きを変えたようだ。
こちらも攻勢に出たいが、エミーリアの体は盾に隠れており、なかなか踏み込めない。
そのまま、エミーリアの攻勢は続く。
エミーリアの斬撃を剣で受け流し、そのまま攻撃を仕掛けるも、別の剣で綺麗に受け止められる。
受け止められた剣を力づくで弾こうとすれば、力を込める前に、別の腕からの攻撃が繰り出され、その対応にこちらは引くことになる。
・・・じり貧である。
こちらが攻めあぐねているのを感じたのか、エミーリアが再びシールドバッシュを放ってくる。
俺も、それに合わせて踏み込みつつ、シールドバッシュで応戦する。
轟音。重い手ごたえ。
驚いたことに、エミーリアは、衝撃を受け止めても揺るがずに立っている。
俺は、エミーリアをカウンターで吹き飛ばすつもりだったのだが、意外である。
瞬間、嫌な予感がする。
咄嗟に後ろに跳ぶ。
すると、立っていた位置に、俺の盾を迂回するように10本近い腕が剣を突き立てていた。
俺が回避したのを見て、エミーリアの手は引っ込み、最初と同じ体勢に戻る。
エミーリアは、戦闘を優位に進めたものの、その視線に油断は無く、構えに緩みはない。
・・・思っていたよりも、数段強い。
攻撃は鋭く、重く、何より巧みだ。
防御も硬い。
剣で受け流し、それが駄目なら別の剣で、そして、最後に盾で防ぐ。
二重、三重と張られた防御は、容易には突き崩せない。
戦闘技術面は、相当のものだろう。
俺も、戦い方を変える必要がありそうだ。
俺がそう思い踏み出そうとした瞬間、エミーリアが踏み込みながら突きを放つ。
踏み込みで重低音が響き、大地が揺れる。
その瞬発力は、今までの重厚な戦い方からは想像ができないものだ。
俺の雰囲気が変わったのを、感じ取り、体勢を立て直す前に止めるつもりで放ったのだろう。
駆け引きや、相手を読む力も相応にあるようだ。
だが、まだ甘い。
エミーリアの突きが到達する瞬間、盾を振り上げ、振り下ろす。
盾はギロチンの如く、突き出されたエミーリアの腕に襲い掛かる。
エミーリアは、咄嗟に腕を引く。
しかし、引き切れず、剣が俺の盾によって地面に叩きつけられる。
そこで剣を離せば、まだよかったのだろう。
しかし、エミーリアは咄嗟に剣を離せなかった。
それによって、突進のベクトルが斜め下に向かって変化し、エミーリアは俺に向けて前転するように姿勢を崩す。
それに合わせ、盾をそのまま前に突き出す。
俺の盾と体の間に、自分の盾を差し込めたのは、流石エミーリアである。
だが、止まりきることはできず、エミーリアは俺の盾に勢いよく激突する。
エミーリアは、まずいと思ったのか、後ろに跳び退いた。
しかし、倒れることこそ無かったが、ダメージはあったようで、足元がふらついている。
そのエミーリアに向け、側頭部を狙って剣を横なぎに繰り出す。
エミーリアは、どうにか盾で防ぐが、受け止めきれず、大きくよろける。
そのまま、俺は攻勢に出る。
だが、エミーリアも流石であり、ふらつきながらも致命傷だけは防いでいく。
そして、その眼は、まだ諦めていない。
俺の攻撃でよろけ、吹き飛び、転がりながらも、その視線には、力がある。
しかし、攻め手が、無い。
エミーリアは、決して弱くない。
むしろ、かなり強い部類なのが、今回の戦闘で改めて分かった。
だが、攻撃力が、攻めの手段が、足りない。
エミーリアの現状で最強の攻撃は、先ほど躱した、剣を同時に突き立てるものだ。
ということは、剣が効かない相手へは、有効打が無い。
そして、状況への対応力についても、少し低めかもしれない。
今、俺が攻めているが、こちらに反撃できる瞬間をあえて作っても、反撃できていない。
その表情は、まだ諦めていないが、焦りが見える。
状況をどうにかしたいと思いながらも、考えがまとまらないのだ。
経験不足。
エミーリアの現状での欠点は、それに集約されるだろう。
身体能力は高く、戦闘技術も一定以上習熟している。
しかし、それを実戦運用することに慣れていないのだ。
なまじ強く、自分の戦い方を押し付けていける分、自分の戦い方ができなくなったらめっぽう弱いのである。
俺が攻め始めてから、約20分。
エミーリアに、体力の限界が訪れた。
横薙ぎの一撃を受け止めきれず、転ぶ。
どうにか立ち上がろうとするが、立ち上がれない。
疲労が極限まで蓄積した手足は痙攣し、力が入らないようである。
「ここまでにする?」
俺がそう言うと、しかし、エミーリアは、ニヤリと笑う。
次の瞬間、俺の目の前には、大量の武器が隙間なく迫っていた。
驚いた。
まだこれだけの力を残していたのか。
迫る武器の山に、盾を捻じ込み、道を作る。
剣は、大量の腕に引っかかり動きづらいので、投げ捨てる。
腕の森を突き抜けた先には、驚いた顔をするエミーリアが、腕に支えられて立っていた。
そのエミーリアに向けて、無手になった右手を突き出す。
軽い手ごたえ。
「かっは・・・」
エミーリアの口から、乾いた咳が漏れる。
俺の腕は、エミーリアの胸部を貫き、背中から突き出していた。
エミーリアが白い光になって消える。
この闘技場では、死亡判定、もしくは意識を失った場合、分身は魔力に戻って消滅する。
そして、カプセルベッドの本体が目を覚ますのだ。
また、死亡判定や意識消失が無くとも、端にある四阿の操作パネルで戻ることもできる。
俺も戻ろうと、四阿に向かう。
「・・・おや?」
すると、そこには既にエミーリアがいた。
どうやら、すぐにカプセルベッドを起動させて、戻ってきたらしい。
表情には、どことなく、闘志が感じられる。
「もう一回。」
エミーリアが言う。
「いいよ。じゃあ、状況を変えてやってみようか。」
エミーリアは、頷く。
ちょうどいい。
エミーリアの状況判断力を測るため、状況を変えて何回か戦おうと考えていたのだ。
負けたことで『もうやらない!』とならなくて、よかった。
その後、エミーリアの気が済むまで、20回ほど戦闘を行うことになった。
そして、やはり、実戦経験が足りないことが明確になったのだった。




