第2話 追跡者
・・・尾行されている。
先ほど、旅客情報局で周辺の情報を入手し、旅客向けの宿を予約した。
そして、旅客情報局を出て宿へ向かう途中、どこからか、こちらを追う者の気配を感じるようになった。
周囲を見るが、人が多く、追跡者の割り出しはできない。
「・・・エミーリア。」
エミーリアに声をかけ、目線を送る。
だが、エミーリアは尾行に気が付いていないようだ。
こちらと目が合うと、きょとんとした顔をして、首をかしげる。
・・・可愛い。
いや、今はエミーリアを愛でている場合ではない。
エミーリアの気配察知能力は高い。
それは、いままでの仕事からも明らかだ。
そのエミーリアに気取られないとなると、かなりの実力の持ち主かもしれない。
ちょうど、近くに路地への入り口がある。
咄嗟にエミーリアの手を取る。
「・・・!?」
エミーリアは少し驚いたようだが、手を振りほどくようなことはしない。
そのままエミーリアの手を引いて、路地裏へ向かう。
路地裏は薄暗く、所々にある室外機などにより見通しも悪い。
路地を数回曲がっても、追跡者の気配は消えない。
そして、路地裏を少し進んだ先、少し広くなっている場所で止まる。
周囲のビルに窓はなく、通りから直接見ることはできない。
ここならば、戦闘しても、大ごとにはならないだろう。
下手に表の通りで戦闘すれば、警察のお世話になってしまう。
武器の携行が許されているといっても、市街地での不要不急の戦闘はご法度なのだ。
そんなことを考えていると、エミーリアに手を引かれる。
エミーリアを見ると、何故か顔を赤くしている。
「路地裏で・・・何をするの・・・?実は・・・大胆・・・?」
・・・エミーリアは、何かを勘違いしているようである。
「メタルなら・・・」
そんなことまで、言いだし、顔を真っ赤にしている。
完全に勘違いしている。
「・・・ごめんね、魅力的だけど、そういうわけじゃないんだ。」
大変魅力的だが、それどころではない。
エミーリアも、俺の声色を察すると、表情を切り替える。
真剣な表情になったが、勘違いしたことが、少し恥ずかしそうである。
そんなことをしているうちに、背後に気配が追い付くのがわかる。
気配に合わせて振り返る。
そこには、深編笠を被り、黒い着流しの人物が立っていた。
腰には、刀が二振り。
かなり怪しげな格好だが、その恰好で、今までこちらに気付かせなかったのだから、実力はありそうだ。
「探しましたぞ、エミーリア嬢。」
からり、と何か軽いものがぶつかるような音がする。
そして、闇の底から響いてきたかのごとく深く、それでいて、廃墟の中を吹き抜ける風のように掠れた声が、路地裏に響く。
声色からして男だろうが、深編笠で、その表情は窺えない。
エミーリアの体が強張ったのが、繋いでいる手からわかる。
「そこの方、エミーリア嬢と一体何を?」
そう言い、こちらに気配を向けてくる。
その瞬間、男は少し息を呑んだ。
「・・・そこの方、どうやら、相当にお強いですな。」
どうやら、俺の戦闘力を感じ取ったらしい。
そう言いながら、男は刀に手をかける。
「少しばかり、お付き合いくださらぬか?」
そう問いかけつつも、男は、戦う気満々なようだ。
男は、ぬらり、と抜刀する。
その瞬間、感じた。
こいつは、強い。
男は、決して威圧的ではなく、決して力強くもない。
荒々しさもなく、雄々しくもない。
だが、その雰囲気は達人のそれであり、強さを感じさせるには十分であった。
思わぬ強者との遭遇に、思わず、口角が上がる。
「いいぜ。俺も訊きたいことがあるからな。」
そう言い、愛剣以外の荷物を下ろす。
「エミーリア、これ持って下がってて。」
エミーリアに、荷物と灰鉄の剣と盾を渡す。
この男を相手にするのは、灰鉄の剣ではだめだ。
剣ごと斬り飛ばされる未来が見える。
剣と同じで、盾も使えないだろう。
この冒険に出てから、未だ抜いていない、背中に背負った愛剣に手をかける。
そして、抜刀。
愛剣は、切っ先が鞘から抜けるとき、キンッ、という涼しげな音を立てる。
『んぁ・・・仕事・・・?』
愛剣から、中性的で気だるそうな声がする。
「ああ。そうだ。」
俺の愛剣は、長い時の中で、意思を手に入れているのだ。
俺が剣を抜いたのを見て、男の雰囲気が変わる。
そして、何も言わず、刀を構える。
正眼。
隙の無い、美しい構えだ。
それに相対する俺は、腰を低く落とし、中段より少し低めに構える。
エミーリアは、十分離れたようだ。
男と、目を合わせる。
最早、言葉はいらない。
戦いが、始まる。
先に動いたのは、男だった。
正眼から、俺の頭に向かって、最短の距離で一閃。
その斬撃を首を捻って躱し、下げていた切先を跳ね上げるように斬りかかる。
一瞬、刀と剣がぶつかった手ごたえがあったが、その手ごたえもすっと引いていく。
男が受け流したのだ。
ゆらりとした動きで、男が間合いを引く。
それを追うように突きを繰り出す。
男は、突き受け流しつつも、こちらの首を狙って、刀を閃かせる。
緩急が非常に巧みである。
ゆらりとした動きから、いきなり稲妻のような鋭い動きに切り替わる。
ただでさえ速いのに、その動きで、体感速度はさらに跳ね上がっているのだ。
鋭い一閃を、上体を反らして、躱す。
身体を逸らした反動を利用して、剣を下段、上段と二段に振り回す。
男は、振り回しに合わせ、大きく下がる。
こちらが体勢を立て直した瞬間、眼前には既に刀が迫っている。
その刀に剣を合わせ、受け流す。
受け流した体勢そのままに手首を返し、男の頭部を狙って剣を振り下ろす。
男は、それを刀で受け流そうとする。
剣が刀に触れる瞬間、力の向きを変える。
鋭い金属音。
軽い手ごたえ。
金属がアスファルトにぶつかる冷たい音が響く。
俺の剣は、男には届かなかった。
だが、刀を叩き折り、深編笠を斬ることは出来たようだ。
深編笠は、軽い音を立てて、男の頭から離れる。
そこには、骸骨があった。
その骸骨は全体が朱色に染まっており、闇を湛えた眼窩には、妖しい青白い光が灯っている。
豊かに残った白い頭髪はビル風に靡き、昏い迫力を醸し出している。
右目にかかるように縦に大きく走る刀傷が特徴的だ。
「・・・ふむ。やりますな。」
からり、と音をたて、男が呟く。
そして、構えと緊張を解く。
「おや、もう、いいのかい?」
そう、問いかける。
「なに、某では、敵いそうもないですからな。」
骸骨はそう言い、からり、からりと骨を鳴らして笑う。
笑いながら、折れ飛んだ刀身を拾い上げる。
「見事だ。斬れておる。」
刀の折れた部分を見ながら、骸骨が呟く。
そうは言うが、この骸骨、本気ではなかっただろう。
「よく言う。まだ余裕はあるだろう?」
そう問いかけると、骸骨はまた、からりと笑う。
「貴公こそ。まだ力を隠しておるだろう?」
わかっていたか。
互いに顔を見合わせ、声もなく笑う。
とりあえず、戦闘は終わった。
骸骨は既に戦う気はないようだ。
それに合わせ、愛剣を収める。
『あら、終わり?・・・おやすみぃ・・・。』
愛剣は、眠たそうな声と共に、静かになった。
俺が剣を収めたのを見て、骸骨はこちらに向き直る。
先ほどまでの緊張感ではなく、誠意が感じられる。
「名乗りもせずに失礼した。某は狂骨の作太郎と申す者。姓はありませぬ。」
狂骨か。
たしか、地球の日本地区生まれのアンデッド種だったはずだ。
狂える死者が至る種だと聞いている。
ならば、作太郎も何かが狂っているのかもしれない。
「丁寧な名乗り、感謝する。俺はメタル。メタル=クリスタルだ。」
こちらも名乗る。
俺の名乗りに、作太郎の表情が少し変化する。
「メタル殿・・・?この地の伝承に語られる名ですな。」
作太郎が言う。
それに言葉を返そうとしたとき、俺の背後に、駆け足で近づいてくる気配がある。
エミーリアだ。
「メタル、怪我はない・・・?」
エミーリアが近づいてきて、心配そうに言う。
「ああ、大丈夫だよ。」
そう言い、エミーリアから荷物を受け取る。
その姿を見た作太郎が、驚いたような表情をする。
・・・骸骨だが、表情は豊かなようだ。
「おや、エミーリア嬢、雰囲気が変わりましたな。」
そう言われたエミーリアは、少し顔を赤くしている。
さて、作太郎には、訊かなければいけないことがいろいろある。
エミーリアについて、そろそろ知っておくべきなのかもしれない。




