第20話 旅は続く
大盾市で、過ごすこと1週間。
いくつか仕事も受けたが、76番要塞のマッピングほど高額な仕事は無かった。
同じような条件でも、難易度14ほどの仕事は無く、高くても難易度10で報酬300万印程度の仕事がせいぜいであった。
気になって覇山に訊いてみると、1,000万印の高額報酬は、様々な事情が合わさって設定された特殊な額だったらしい。
大盾市旅客情報局では、軍と提携しており、旅客が失敗した仕事は軍が調査隊を送り、どの程度の難易度で再掲示するか等を判断しているそうだ。
しかし、今回は、そういったことを担当できる部署が手一杯で調査できなかった。
本来、多くの旅客情報局では、旅客が仕事に失敗した場合は、仕事の難易度を2段階程度プラスするのが普通である。
だが、大盾市を拠点にしている戦闘旅客は、青クラスより上の金属色の高クラス旅客はいない。
大盾要塞は、この辺り一帯で最大の戦略作戦軍の基地である。危険な事案があれば、軍が手早く解決してしまうので、高クラスの旅客は出番が無いのだ。
そうなると、ただ難易度を上げただけでは、誰も受注しない仕事になってしまう。
そのため、軍が調査し、青クラスまでで手に負えないようなら、金属色クラスの旅客を指名依頼するか、軍事体で解決してしまうそうだ。
そのため、今まで日常的に、軍が事前調査に手が回らない仕事は、金属色クラスの難易度を付けることで、軍が調査するまで置いておくということを行っていたらしい。
また、今回のように流れの金属色クラスの旅客が受注して仕事をこなしてくれるのならば、軍の負担が減るので、それでもいいとの考えもあったそうだ。
今回は、本当に偶然だったようである。
1週間過ごす中で、エミーリアの旅客のクラスも上がった。
赤熱銅クラスである。
金属色で表される上位クラスになったのだ。
緑クラスから、青、鉄クラスを飛ばして、3段階も上昇した。
元々、それくらいの強さはあったので、妥当なランクに落ち着いた感じだ。
仕事の中でエミーリアの実力を見ていたが、戦闘以外にも索敵能力や状況判断力など、戦闘旅客に必要な要素は高水準で揃っている。
もう少しで、硬銀クラスにもなれるだろう。
それに加えて、未だ切り札を隠しているような雰囲気すらある。
戦闘中の余裕が、まだもう1段階上の強さの者から感じる余裕と同質なのだ。
まあ、レギオンは謎の多い種である。なにかはあるのだろう。
大盾要塞での最終日。
武具を受け取る約束の日だったため、ボリス武具工房で灰鉄の武具を受け取る。
「ほら、これだ。どうだ?いい出来だろう?」
剣は、分厚く無骨な片刃の直剣で、血抜きの溝にうまく合わせるように少しの紋様が彫り込まれている。
盾は、縦長の四角形の下部両端が切り欠かれた6角形の大柄な盾で、表の向かって左上にワンポイントの紋様が打ち出されている。
・・・イイ。かっこいい。
灰鉄特有の深い灰色と、無骨な武器デザインが合わさって、荒々しい美しさを醸し出している。
灰鉄は、金属色でも硬銀以上の高クラス旅客御用達の金属素材である。
実は、灰鉄の値段だけを見れば、そこまで高価な素材ではない。
今回の剣と盾も、灰鉄と独歩樫の素材代だけならば、100万印まではいかないだろう。
灰鉄は、硬く、粘り強い。文明圏内で手に入る素材の中では、物理系の性質はかなり高い部類に入る。
その分加工は難しく、形を整えるだけで一苦労。紋様を刻むのは、並大抵の鍛冶師ではできない。
灰鉄の武具の価格は、その9割が技術料なのである。
加工の難しい灰鉄に紋様を刻むことまでできるとは、やはり、ボリスの腕は確かであったようだ。
「少し、試斬していくか?」
武具を見つめる俺に、ボリスが提案する。
ボリスの言葉に、頷く。
試斬場に移動し、樹脂ポールを20本ほど斬る。
ふむ、納得の性能だ。
剣の厚みがあるため、斬りつけたときの衝撃を覚悟していたが、そこまで衝撃は無く、負担はない。
盾との重量バランスも良く、サイズの割に取り回しも良好である。
いい買い物であった。
エミーリアも、武具を新調したようだ。
これまで使っていた赤い盾とは雰囲気が大きく違う、黒い盾になっている。
よく見ると、76番要塞で倒したゴーストアーマーの素材が使われているようだ。
剣の方はデザインはほぼ変わらないが、品質のいいものになっているようである。
「良い武具。」
「そう言ってもらえると、嬉しいよ。」
エミーリアとポーラとガッシリと握手を交わしている。
仲がよさそうで何よりである。
ボリスの武具工房を出て、駅へと向かう。
この1週間で、それなりに金は稼げた。
今の所持金は、500万印ほど。
旅の資金としては十分すぎるほどだが、家に帰るほどでもない。
「まだ、旅をするかい?」
エミーリアにそう訊く。
「する。」
エミーリアは即答だ。
エミーリアの『強くなる』という目標の到達点には、まだ至らないのだろう。
エミーリアの一言に頷き、駅へと踏み込む。
来る時とは違うホームへと向かう。
今回は鉄道ではなく、『軌空車』というの乗り物で首都へと向かうのだ。
軌空車とは、高速鉄道と飛行機の中間の旅客・貨物等需要のために開発された移動システムだ。
愛称は『オベリスクシステム』。正式名称は『滞空軌道航行システム』という。
一定間隔で建てられている『オベリスク』と呼ばれる柱の先端を魔術式の目に見えない軌道が走っており、その上『モノリス』と呼ばれる客車が航行するというシステムである。
レール上を走らないため静かで、速度は時速700km程と速いが全く揺れないという、次世代の乗り物だ。
線路を引く必要もない為、環境負荷も小さい。
裏話をすると、実は軍用の移動砲台用システムとして開発されたものであり、有事の際は軍に運用されることになっている。
まあ、平時では関係ないことだ。
現在のこの星の移動網は、大都市間を軌空車で移動し、その都市圏の都市を高速鉄道が接続、都市から町や村へは鉄道やバスで繋ぐという形をとっている。
このシステムになり、この星の移動はだいぶ楽になったのだ。
駅のホームに軌空車が入ってくる。
風の音のみを響かせて入ってくるその光景は、なかなか壮観である。
軌空車は、前後に長い台形をした3階建ての車両である。
表面に凹凸はほぼ無く、色は黒に近い青だ。
窓からは中が見える。内装は高速鉄道をもう少しゆったりさせた感じである。
今回は5両編成だ。
1両当たりの乗客収容人数が多いため、編成車両数は少なめである。
初めて乗るということで、わくわくした雰囲気を漂わせているエミーリアが可愛い。
そんなエミーリアと二人で乗り込み、切符を見ながら指定席へと向かう。
席に座り、窓の外を眺める。
さて。
この先は、どんな冒険が待っているのだろうか。




