第19話 のんびり過ごそう
耳慣れないアラームが鳴る。
「んぁ・・・?」
疑問に思い、眠さで重い頭を上げる。
目に入ったのは、見慣れない天井。
・・・ああ。今は自宅ではないんだった。
ベッドのヘッドボードに内蔵されたデジタル時計だ。
時間は、7:00。
まだ、早い。
ヘッドボードの時計のアラームを止める。
ここは、ビジネスホテル。
大盾市旅客情報局に併設された旅客向けのビジネスホテルだ。
平日ならば、2人部屋一泊4000印とリーズナブルだ。
頼めば、1食500印で食事もつけることができる。
隣のベッドに目をやる。
「すぅ・・・。すぅ・・・。」
そこには、エミーリアが健やかな寝息を立てている。
今のアラームで起こしてしまってはいないようだ。
今日は、仕事を受注する予定もない。
ゆっくりと朝寝坊を楽しんでいいだろう。
むしろ、なぜ、昨日の晩にアラームをかけたのだろうか?
まあ、酔って寝ぼけて、セットしたのだろう。
昨日の晩は、大盛り丼を食べた後、3軒ほど屋台をハシゴした。
エミーリアはその間、大いに食べて、大いに飲んだ。
エミーリアは小柄な外見に反して成人しており、飲酒も可能だそうだ。
高度知的生命体だけでも数多の種を擁するこの国において、多くの哺乳類に対するアルコールやクモ系人種へのカフェイン等の酩酊をもたらす物質は、種によって摂取可能とされる身体成熟度の法規制が異なる。
例えば、ヒトはカフェインの摂取制限は無いがアルコールは身体成熟が二十歳程度からであり、クモ系人種はアルコールは15歳からでカフェインは20歳からだ。
レギオンはアルコールで酔うそうだが、ヒトよりもはるかに耐性があるそうだ。
そのため、アルコールの摂取は15歳からと、ヒトよりも5年ほど早く摂取できる法規制になっている。
ちなみに、エミーリアの年齢は教えてくれなかったが、飲酒は問題ないそうだ。
そして、エミーリアはかなり酒に強かった。
というよりも、ザルであった
いくら飲んでも顔色一つ変えず、飯も酒も大いに楽しんでいた。
部屋に戻ってからは酒が回ったのか、ほんのり頬が赤かったが・・・。
まあ、男と二人部屋で恥ずかしい感覚もあったのかもしれない。
すやすやと眠るエミーリアを見ながら、そんなことを、寝ぼけた頭で考える。
「ふあ・・・ぁ。」
あくびを一つして、誘惑に抗わずベッドに再び潜り込む。
二度寝だ。
至福である。
*****
シャワーの音で、目を覚ます。
ヘッドボードのデジタル時計は「9:36」を示していた。
「ふあぁあ・・・」
あくびを一つ。
隣のベッドを見れば、エミーリアがいない。
シャワーを浴びているのだろう。
エミーリアの後に、俺も浴びよう。
そう思い、スマートフォンをいじりながら、ゲームをする。
数分すると、エミーリアがシャワーから出てきた。
簡素な部屋着に身を包んでいる。
シャワー後のエミーリアは、温まったせいかほんのりと頬が紅潮しており、簡素な部屋着と相まって、少し色っぽい。
「じゃあ、俺もシャワー借りるよ。」
そう言うと、エミーリアはコクリと頷いた。
シャワー後、軽く身支度を整える。
財布や旅客証だけを入れた小型のポーチと愛剣『蒼硬』、禁呪球戦で光線により薄くなってしまった盾『ヘビーワイン』を持つこととする。
ヘビーワインは、表面の金属部分は完全に蒸発し、内部の木も全体が炭化している。
木の間にも金属を積層して強化していたようだが、それも溶けてしまい、厚さはほぼ半分だ。
エミーリアは、仕事中もつけている汎用の腰ポーチと剣を一振り。軽装である。
まあ、仕事も受けないのだ。この程度でいいだろう。
俺の薄くなった盾は、武具屋で素材として引き取ってもらうつもりである。代わりの盾を買わなければいけない。
身支度を整えた俺とエミーリアは、ホテルを出て、ボリスの武具工房に向かう。
武器工房区画は、午前中と言えども熱気に満ちている。
ボリス武具工房に入ると、ボリスがこちらを見て、笑顔で出迎えてくれる。
「おう!兄ちゃんか。よく来たな!おーい、ポーラ。エミーリアさんが来たぜ!」
ボリスはこちらに声をかけつつ、ポーラを呼ぶ。
「はーい!おお!エミーリアさん!よく来たね!」
ポーラも笑顔でエミーリアに声をかけている。
その様子を横目に、ボリスがこちらに向き直り、声をかけてくる。
「で、どうした?剣はまだできとらんぞ?」
「実はね・・・」
ボリスに事情を説明し、盾を見せる。
「こりゃすげぇな。この盾がここまでなるったぁ、相当の相手だな。てぇことは、盾も欲しいってことか?」
その言葉に、頷く。
「剣に合わせて、灰鉄を使った盾がいいな。」
「構造は?今の盾と同じで、木で基礎を作って、灰鉄で覆えばいいか?」
そう言うボリスに、頷く。
木で基礎を作る盾は、敵の攻撃の衝撃吸収や、魔術特性面で優れていることが多い。
構造は同じでいいだろう。
だが、その木にこだわりたい。
「それでいいよ。ただ、基礎の木材には独歩樫を使ってほしいな。」
そう注文すると、ボリスはニヤリと笑う。
「灰鉄に独歩樫を合わせるか。物理特化にしたいのか。だが相性が悪い素材だぞ?」
ボリスが、訝し気に言う。
灰鉄は、物理特性は優れるが、魔術特性および呪術特性はそこまでよくない素材だ。
独歩樫も物理性能に優れた材である。さらに、呪術性能にも優れている。
この二つを合わせるのは難しい。相性がそこまで良い素材ではないのだ。
だが、うまく合わせることができれば、それぞれのみの時よりも、はるかに高い性能を発揮するのだ。
「ボリスさんなら、できるでしょ?」
そう言うと、ボリスは、ニヤリと笑う。
「なんだ。わかって言ってやがったか。ま、できるがな。」
やはり。
相性が悪い素材同士だが、ボリス程の腕があれば合わせることなど造作ないはずだ。
さらに、盾の構造や重さも注文する。
「よし、わかった。じゃあ、この盾に合わせて、剣も調整が必要だな。」
ボリス曰く、今は、灰鉄を発注して、届くのを待っている状態だそうだ。
なので、仕様変更は可能だとのことである。
「この内容だと・・・、まあ、剣とセットだからな。割引もしてやろう。剣盾セットで800万ってところか。」
「けっこう割り引いてくれたね。いいのかい?」
今回の内容だと、剣、盾ともに500万印で計1,000万印くらいが妥当だろう。
この金額での2割引きは、相当である。
「まあ、これでも十分利益は出るからな。そして、青鉄クラスがうちの剣をつかってくれりゃあ、いい宣伝にもなる。宣伝費だと思ってくれ。」
そう言うのならば、厚意はありがたく受け取っておこう。
今の手持ちは、持ち出した金やツルギガミネセンジュの討伐代、今回の仕事代すべて合わせて900万程度。
足りる。
「じゃあ、先払いさせてもらうよ。」
そう言うと、ボリスは驚いた表情をする。
「すげぇな。この二日で、これだけの額を稼いだか。流石だな。」
そのボリスの言葉には、意味ありげに笑顔を返すだけにする。
支払いを終え、ボリスの工房を出ると、既に時刻は昼を回っている。
エミーリアも、支払いを済ませたようだ。
「じゃ、昼でも食いに行くか。」
そう言うと、エミーリアは頷く。
そうして、二人で屋上市街に向けて、歩き出す。
まあ、一週間クラスぐらいの金はある。
これから武器ができるまでは、エミーリアと二人、のんびりと過ごすのも、いいかもしれない。




