第18話 エミーリア、満足する
時刻は19時。
空を見上げれば、二つの月と星々が輝いている。
この星に、衛星は8つある。
それぞれ非常に個性的な衛星である。
衛星はそれぞれ公転周期が違うため、同時に最大で7つ、最低で1つは見える。
対になっている衛星があり、その衛星は、同じ空で見えることが無いのだ。
今日は、2つ見える日のようだ。
2つの月に照らされ、エミーリアと屋台街をうろつく。
暖かくなってきたとはいえ、まだ春である。どことなく、肌寒い。
エミーリアを見れば、露出多めのチューブトップである。
寒そうだ。
「エミーリア、寒くない?」
エミーリアに訊く。
すると、エミーリアは、首を振りながら、答える。
「寒くない。レギオンは、環境変化に強い。」
なるほど。
確かに、そういうエミーリアは、特に寒そうな雰囲気ではない。
「それよりも、お腹が空いた。」
そう言うエミーリアは、きょろきょろと屋台街を見渡している。
それにつられて、俺も屋台街を見渡す。
屋台街に街灯は無いが、各屋台から光が漏れており、それなりに明るい。
屋台街をゆっくり歩く。
この屋台は、串焼きか何かの屋台だろうか?
肉が焼ける香ばしい煙と、タレのスパイシーな香りが漂ってくる。
エミーリアは、その匂いに、小さな鼻をひくひくと動かしている。
こっちの屋台は、麺類の屋台のようだ。
芳醇な魚介系のスープだろうか?磯の香りが、屋台から漂う。
その香りを嗅いだエミーリアは、コクコクと頷いている。
それ以外にも様々な屋台がある。
揚げ物、立ち飲み、焼き魚、煮込み料理etc...
たくさんの屋台を見ながら歩くうち、ある屋台の前で、エミーリアの足が止まった。
どんぶり料理の屋台のようだ。
肉体労働を終えた人々や退勤後の軍人が、大盛りのご飯をかき込んでいる。
そのどんぶりの量に、エミーリアは魅力を感じているようで、キラキラした目で見ている。
「ここにする?」
そう声をかけると、エミーリアは頷き、ずんずんと屋台に向けて進んでいく。
屋台の外側を覆っている半透明の樹脂カーテンを手で開けながら、中に入る。
客は5人。席は10席ほどあるので、座れそうである。
「いらっしゃい!」
景気良く声をかけてくるのは、店主。
頭にタオルを巻き、丸眼鏡をかけた店主は、丸々と太っている。
「おや、可愛らしいお嬢さんだ。この店のどんぶりは、多いぞ?」
そう声をかけてくるのは、ペンキで汚れた作業着を着た、竜人らしき大柄な男。
「兄ちゃんは食えそうだが、お嬢ちゃんには、ちょっと難しいんじゃないか?」
次は、ものすごい筋肉の、豚人種の軍人が声を上げた。
しかし、エミーリアは、その声に怯まず、席に着く。
「大丈夫。食べる。」
エミーリアは、断言した。
エミーリアに続き、俺も席に着く。
そして、メニュー表を手に取る。
手書きのメニュー表の表面は脂ぎっており、この屋台のメニュー内容を物語るようだ。
メニューの中身を見れば、焼肉丼、焼き魚丼、焼きツルギガミネセンジュ丼・・・
どうやら、油とタレをたっぷりつけて焼いた具材を乗せた丼に、さらにタレをかけたもののようだ。
付け合わせに、さっぱりした漬物と汁物がつくようである。
そして、各盛りの量が、写真で乗っている。
かなり多い。並盛でも、普通の店の大盛クラスである。
「はいよ!野菜焼き丼激盛だ!」
店主の声と共に、先ほど声をかけてきた豚人の軍人の元に、丼が届く。
で、でかい!
巨大なドンブリに、高さ20cmはありそうなほど、具材と米が盛り付けられている。
激盛りは、特盛の上の量だ。正直、あの量を美味しく食べきる自信はない・・・。
「はい!こっちは大盛り焼き肉丼!」
竜人に、大盛りの焼き肉丼が出てくる。
こっちもかなりでかい。だが、まだ常識的な量である。
一般的な丼ものチェーン店の特盛クラスだ。
これなら、食いきれそうである。
「じゃあ、俺は、焼き肉野菜丼大盛りください。」
そう声をかけると、店主が元気よく答える。
「あいよ!肉野菜大!りょーかいっ!」
その声と共に、後ろにいる店員が、ガシガシと調理を始める。
店主の視線は、エミーリアに向く。
「お嬢ちゃんはどうする?小盛りかい?」
その声に反応し、エミーリアが、声を上げる。
「全部乗せ、激特盛。」
・・・流石である。
激特盛は、激盛りのさらに上位版。
大型人種向けの量だと書いてあった。
「げ・・・ゲキトク?」
豚人種の軍人が、驚いている。
「く・・・食えるのかい?嬢ちゃん。」
竜人が心配してくる。
しかし、エミーリアの表情は、揺らがない。
「食べられる。」
店主の眼鏡が、きらりと光る。
店主は何かを感じたようだ。
「りょーかいっ!ゲキトク全部乗せ!」
景気のいい声と共に、店主も猛然と料理を始めたのだった。
数分後、俺の元に、頼んだ物が届く。
「おまたせ!大盛り肉野菜だ!」
目の前に、ゴトリと置かれる大きな丼。
その上に載っている肉はしっかりと焼かれ、香ばしい香りを放っている。
野菜は、タレが絡んでもその色合いは健在で、色鮮やかだ。
一口食べる。
鼻から抜ける、タレの香り。
魚醤と味噌をブレンドしたタレのようで、塩気の強い、深い味わいが広がる。
香辛料も多く入っているようで、ちょうどいい辛みと、鼻から抜ける清々しい香りもある。
これは、旨い。
旨いぞ。
漬物に箸を伸ばす。
爽やかさが、いい箸休めだ。
汁物は、シンプルな味噌汁。
少し味が濃いめだ。だが、その濃さが体を動かした後にはたまらない。
これはいい。思わず、箸が進む。
1割ほど食べ進んだ時、エミーリアの元にも、丼がやってきた。
「あいよ!全部乗せゲキトク!」
ずしん、という音。
「・・・おぉ!」
エミーリアの感嘆の声が上がる。
その声に、店主はにやりと笑う。
「食えなきゃ、残してもいいぜ?」
その言葉に、エミーリアは、首を振る。
「大丈夫。」
エミーリアは自信満々だ。
だが、その丼は、凄まじいモノであった。
器の見た目はしっかりドンブリなのだが、可動式の取っ手が上についているあたり、バケツの如き様相を呈している。
乗っている具材は、全部乗せにふさわしく、肉に野菜、そして魚介。どれもタレで焼き上げられ、てらてらと蠱惑的に光っている。
そしてなにより、量が、暴力的に多い。
その威容は山の如く。ドンブリの上の高さは、軽く30㎝を超えていそうである。
正面から見たら、小柄なエミーリアの顔は、丼に隠れてしまうだろう。
しかし、それを見つめるエミーリアの目は、キラッキラしている。
「いただきます。」
そう言い、エミーリアは、箸を手に取り、肉をご飯と共に一口。
「おいしい。」
そう、ぽつりとつぶやいた後、猛然と食べ始める。
その光景を、俺を含む全員は、唖然とした顔で見つめている。
エミーリアの手の動きは決して早くない。
寡黙な雰囲気に変化はなく、美味しそうに、ただ美味しそうに食べているだけである。
その食べ方は、小動物感すらある。
だが、山はみるみるうちに小さくなっていく。
途中までは微笑ましいモノを見るような表情だった周囲の客も、途中から、表情が変わる。
俺も、自分の丼が覚めてしまわないうちに箸を進めつつも、エミーリアから、目が離せない。
エミーリアは、時折漬物や汁物を口に運びながらも、もぐもぐと一定速度で食べ続けている。
そして、俺が食べ終わるのとほぼ同時に、エミーリアも食べ終えた。
「す・・・すげぇな。」
豚人の軍人が、呟く。
エミーリアのドンブリには、米粒一つ残っていない。
お手拭きで上品に口元をぬぐうエミーリア。
「・・・おいしかった。ごちそうさまでした。」
食べ終わったエミーリアは、こちらを向いて、口を開く。
「次は、デザート。」
周囲の全員が、ざわめく。
「嬢ちゃん、まだ、食えるのかい?」
竜人が、思わずといった感じで、訊く。
エミーリアは、問いかけに、頷く。
「余裕。」
その答えに、再び全員がざわつくのだった。
その屋台を後にした後、さらに3件ほど屋台を回り、その日はお開きとなった。
最終的にエミーリアは、どの店でも最大サイズのメニューを心行くまで堪能していた。
エミーリアの表情はいつもの如く変わらないが、その雰囲気は、過去最高に輝いていたのだった。




