第16話 超人
「やあ、お久しぶりです。」
そこには、要塞探索前に赤い水溜りに飲み込まれたはずのレオンがいた。
レオンは、ゆっくりと周囲を見渡す。
「どうして?という顔をしていますね?もしくは、お前は誰だ、でしょうか?」
レオンは異様な雰囲気を放っている。
その瞳は真っ赤に染まっており、一切の光を反射していない。
唐突に、レオンの左右の瞳が、別々にぎょろぎょろと激しく動く。
それを見ていたエミーリアが、びくりと震える。
確かに、あの目の動きは、不気味だ。
「ああ、お強い方が、たくさんいますねぇ。」
その視線は、観察というよりも、品定めしているように見える。
そして、レオンはディートリヒの兵たちに目を向ける。
「ああ。あなた方は、ちょうどいいですね。」
その声を聞き、ディートリヒが、叫ぶ。
「総員!散開!」
ディートリヒの直感だったのだろう。
よく訓練された兵たちは、休憩していたにもかかわらず、その声に従い、即座に散開する。
それとほぼ同時に、兵の足元に赤い光が走る。
兵の散開は、決して遅くはなかった。
むしろ、非常に速い散開であった。
しかし、兵のうち約半数は、赤い光に捕らわれる。
そして、赤い光に飲み込まれ、消えてしまった。
それを見たディートリヒが、激高する。
「貴様ぁぁぁああ!」
ディートリヒがサーベルを抜き、レオンに吶喊する。
しかし、そのディートリヒに向かって、赤い光が走る。
ディートリヒは、超人的な速度でその光に反応し、斜め前に飛び込みながら、躱す。
だが、その瞬間、光が曲がった。
「ぐぅっ!」
ディートリヒは、身体を捻り、どうにか躱そうとする。
しかし、躱しきれず、左上半身をえぐり取られてしまった。
ダメージは大きい。アンデッドだからどうにか活動できているような状態である。
その状態を見て、レオンが、にたりと笑う。
「はは。喰らう力が、だいぶ強くなりましたねぇ。あの、禁呪球だとかいう物の、効果ですかね?」
そう言い、そのまま、地面をゆっくりと撫でる。
その手の動きと共に、レオンの周囲数mが、ごっそりと削り取られる。
地面が抉り取られた瞬間、レオンの気配が、明らかに増大した。
「ああ、気持ちがいい。」
レオンはそう言い、うっとりとした表情をすると、こちらを見る。
「おいしそうな方々が、まだまだいますね。」
俺の服の裾を、エミーリアが握る。
どうやら、エミーリアは恐怖や感動が高まると、何かを握っていたいようである。
エミーリアを、俺の後ろに庇う。
あの赤い光は、エミーリアでは耐えることはできないだろう。
「あなたが、一番おいしそうだ。」
レオンはそう言い、覇山に向けて、手をかざす。
・・・覇山ならば、大丈夫だろう。
その手から赤い光が迸り、覇山へと迫る。
しかし、覇山は微動だにせず、口を開いた。
『見ていたぞ。』
決して大きくない覇山の呟きが、あたり一帯に響く。
そして、覇山が眼帯を外す。
その瞬間、世界は元通りになっていた。
飲み込まれたはずの兵は、元の場所に全員いて、ディートリヒの体は一切の傷を負っておらず、地面が抉れていることもない。
「・・・え?」
レオンが、気の抜けたような声を上げる。
そして、すぐに表情を険しくすると、覇山に向けて、赤い光を放つ。
しかし、その光は、覇山に届く直前、ぴたりと止まり、その後、映像を逆再生するかのように戻っていく。
この場にいる全員が、眼帯の下から出てきた覇山の眼に見つめられている感覚に支配される。
エミーリアやディートリヒ、兵たちが、覇山を凝視している。
対して、鈴は特に気にした様子はない。
俺や鈴は、この感覚にはもはや慣れているが、初めての者にとっては、かなり異質な感覚なのだろう。
覇山の眼は、鈍く、それでいて鮮烈に光っている。
魔眼である。
覇山は、超人なのだ。
元帥であると同時に、この宇宙において戦略兵器と同等の扱いをされる最上位超人の一人。
それが、覇山 健仁という男なのだ。
その身体能力と戦闘技術は超一級であり、そこだけ見ても、宇宙中の戦略級超人の最上位ランクに位置している。
だが、覇山の強さは、そこだけではない。
無論、基礎戦闘力だけでも充分に最上位クラスの超人なのだが、恐ろしいのは、その特殊能力なのである。
それこそが、今使っている魔眼なのだ。
覇山の魔眼は、『巻き戻しの魔眼』と呼ばれている。
その魔眼は、覇山が起点を知覚できた全ての事象を、その起点に向けて巻き戻すことができる、凄まじい能力を持っている。
能力の優先順位も非常に高く、多くの特殊能力を上書きして、巻き戻してしまうことができるのだ。
弱点は、起点を知覚できなければ巻き戻せないことだが、そもそも、魔眼の能力として千里眼に透視、マルチロック、360度視界に超動体視力を持っているため、意識して知覚できない物の方が少ない。
また、視覚で感知できずとも、五感のいずれかで知覚できれば、巻き戻しが効く。
自分のダメージも、ダメージの起点に向かって巻き戻すことでなかったことにできる、異様に強力な能力である。
覇山を倒すには、意識外からの攻撃を加えるか、そもそも知覚できない速度で攻撃するしかない。
レオンの、赤い光で対象を飲み込み吸収する能力は、たしかに強力かもしれない。
しかし、覇山の魔眼には、勝てなかったのだ。
「な・・・なに?」
レオンが、狼狽えはじめる。
覇山は、ゆらりと刀を抜き、レオンに、声をかける。
「投降しろ。」
それを聞いたレオンは、表情を歪め、拒否する。
「はっ!そんな馬鹿な。私は、失礼しますよ。」
そう言い、レオンは赤い光の中に、沈んでいく。
だが、覇山に慈悲は無かった。
「言っただろう。『見ているぞ。』」
覇山がそう言うと、レオンは、赤い光の中から引きずり出される。
「っな!?何が・・・?どういうことだ!?」
レオンが混乱している。
その混乱するレオンの後ろから、声がかかる。
「どういうことだろうな?」
いつの間にか、レオンの後ろに、覇山がいる。
「っひぃ!こ・・・この野郎!」
レオンは、恐怖にひきつった顔で、至近距離の覇山へ、赤い光を放とうとする。
しかし、その光が放たれることは、無かった。
レオンの体が、ずるり、とずれる。
「え・・・?」
レオンの、呆けた声が響く。
覇山は、レオンの後ろに回る際、既に斬っていたのだ。
レオンを斬ったにも関わらず、覇山とその刀には、一切の汚れはない。
覇山は俺と違って、敵には容赦が無いのだ。
覇山は何も言わない。
そのまま、誰一人声を発しない中、レオンの体はばらばらに崩れ落ちたのだった。
レオンの体は、十数個に分割されていた。
崩れ落ちたレオンの体を、覇山がしゃがみこんで観察しはじめる。
そして、少し考えこむと、頷く。
「・・・やはりか。懸木元帥。こちらに。」
「・・・やはりですか。」
覇山の声に応じ、鈴が相槌をうちながら、覇山に走り寄る。
おかしい。レオンの死体から、一切血が流れない。
俺も、覇山の近くまで歩み寄る。
「メタルよ。どう見る?」
覇山が俺に意見を求めてくる。
レオンの死体の断面は、赤い何かで満たされており、生物らしさは一切なくなっていた。




