第14話 ディートリヒ達の戦い
司令官室にある扉を開くと、螺旋階段があった。
要塞地下へは、2階からしか降りられない構造をしているようだ。
「こっちだ。」
螺旋階段を降りる。
かなり深い。15mくらいは下りただろうか?
数分かけて最下層に到着すると、円形の階段ホールから、通路が伸びている。
「少将!ご無事でしたか。」
通路の方から、声と共に駆け寄ってくるのは、先ほどの下士官だ。
そのまま、ディートリヒが下士官から何やら報告を受けている。
そして、下士官からの報告が終わると、こちらに声をかけてくる。
「・・・すまない。どうやら少々状況が悪いようだ。メタル殿、急ぎ参戦してはもらえんか?」
ふむ。
相手の情報はいまいちわからないが、漂ってくる気配から、とりあえず戦いながら戦力を測るくらいのことはできそうである。
「わかった。とりあえず、一撃くらい入れてみるよ。」
そう言い、盾を握りなおす。
「先ほどから気になっていたのだが、メタル殿、武器は抜かないのか?」
・・・なかなか痛いところをついてくる。
俺は未だ、愛剣を抜いていない。
「ま、いろいろあるのさ。」
はぐらかしてみる。
「まあ、それでいいというのなら、止めはせんが・・・。」
なんとか、納得してくれたようだ。
俺の愛剣は、なかなか気難しいのだ。
下士官とディートリヒに続き、通路を進む。
通路の先には、巨大な金属製の扉がある。
下士官が、その扉をすり抜ける。
それに続くように、ディートリヒが扉を開ける。
ディートリヒに続いて、扉をくぐる。
扉をくぐってすぐに目に入ったのは、部屋の中央に浮遊する、がれきやら骨やらのいろいろなものが集まった球体であった。
その周囲に10人以上のゴーストが漂い、攻撃を仕掛けている。
あれが、今回の相手だろう。
部屋の各所に黒い人型が現れ、それと戦っているゴーストもいる。
黒い人型は、エミーリアと戦ったゴーストアーマーと同じ気配を感じる。
あのゴーストアーマーは、ここが発生源だったようだ。
部屋を確認する。広さは半径20m程度。高さは10mほどあるだろうか。
全体に、黒い煙が薄く漂っている。
煙は、呪術的なもののようで、俺の中に侵入してこようとする感覚がある。
だが、俺の呪術耐性は非情に高い。この程度の呪術では、俺の耐性は突破できない。
部屋の壁際には、たくさんの兵の格好をしたゴーストたちが横たわっている。
消滅までは至っていないようだが、エネルギーを消耗しつくして動けなくなっているのだろう。
敵であろう球体は、膨らむようにじわじわと大きくなっており、それを削るようにゴーストたちは攻撃を続けている。
球体は、ゴーストに対し、触手のようなものを振り回したり、黒い人型を生産して攻撃している。
触手は一撃でゴーストを叩き伏せ、黒い人型はゴーストとほぼ互角のようだ。
現在は球体が優勢のようだ。
球体の肥大スピードに攻撃が追い付いていない。
「少し前から、禁呪球の攻撃が激化しています。」
そう、下士官が言う。
あの球体は、禁呪球と呼ばれているようだ。
・・・話を少し聞けば、エミーリアがゴーストアーマーを倒したときから、攻撃が激しくなっているようだ。
あのゴーストアーマーは、どうやら禁呪球の外部端末だったようである。
禁呪球は外部端末にかなりのエネルギーを割いていたようで、倒してしまったせいで、力が戻ったらしい。
さて。状況はわかった。
「いけるか?」
ディートリヒが訊いてくる。
「ああ。問題ない。」
この程度ならば、どうにかなりそうだ。
そう頷く。
俺の頷きを見て、下士官が声を張り上げた。
「皆の者!聴けぃ!今より此方には青鉄級の勇士たるメタル殿が参戦する!」
突如として部屋に響いた声に、戦っていた兵たちの視線が、こちらを向く。
その視線には、長い時への疲れと、終わらない戦いへの絶望がにじみ出ている。
いきなりの宣言に少し驚いたが、こういうのは、勢いと形が重要なのだ。
その視線に応じるように、盾を振り上げ、叫ぶ。
「我こそ!青鉄の戦士!メタル=クリスタルなり!義をもって助太刀いたす!」
続いてディートリヒが声を上げる。
「今こそ、我ら400年の悲願を達成する時!各員、一層奮起せよ!」
そう、ディートリヒが叫ぶと、兵たちの目が、見開かれる。
そして、次の瞬間、部屋中に歓声と怒号が響き渡る。
その声を全身に受けながら、盾を構え、前進する。
兵たちは、声を上げつつも、冷静に俺を観察しているようだ。
はたして、この冒険者は、使える存在かと。
その期待に、応えなければいけない。
風切り音と共に、禁呪球から触手が迫る。
触手が盾に当たる瞬間、鋭く踏み出し、盾を突き出す。
シールドバッシュだ。
ぐしゃり、という感触と共に、命中部分から触手が折れ曲がる。
その触手が引く前に、盾の側面で叩き切るように殴打する。
ぶちぶちという嫌な感触と共に、禁呪球の触手は中ほどからちぎれ飛ぶ。
禁呪球が驚いたように触手を引こうとする。
そこで、その触手に飛び乗り、禁呪球に向けて駆け上がる。
走りながら、右拳を強く握り込む。
駆け上がりきると同時に、握り込んだ右拳を、禁呪球に叩きつける。
硬いのか柔らかいのかよくわからない手ごたえと共にがれきと骨や肉片が飛び散り、禁呪球が大きく抉れる。
抉れた部分からたくさんの触手が現れ、俺を飲み込もうとする。
右拳に、『力』を回す。
途端に、右拳が青白く発光し始める。
そのまま、右拳を振り下ろす。
瞬間的に発生した衝撃は、周囲に迫った触手ごと、さらに禁呪球を大きく抉る。
抉った先に、真っ黒な球体が見える。核だろうか?
「メタル殿!それ以上は危険だ!」
ディートリヒの声が聞こえる。
その瞬間、目の前の真っ黒な球体から、漆黒の光線が溢れ出し、俺に襲い掛かってきた。
咄嗟に盾で防ぎつつ、後ろ上方に跳ぶ。
周囲を確認し、その勢いのまま天井を蹴って姿勢を変え、ディートリヒの近くに着地する。
「ふう。びっくりした。」
びっくりした。光線は想定外だった。
「大丈夫か!?」
ディートリヒが慌てたように声をかけてくる。
自分の体を確認する。
ダメージはない。
「うん。大丈夫。ちょっと驚いただけ。だけど、盾は大丈夫じゃないね。」
盾を見れば、表面が大きく溶けている。
盾はかなり薄くなってしまった。
禁呪球を見れば、大きく抉れていたが、無事な部分からがれきなどを動かし、核を再び隠している。
だが、抉った量が多かったのか、一回り小さくなっている。
「いけるか?」
ディートリヒが、訊いてくる。
さて。敵の強さはわかった。
このまま俺が攻撃を続ければ、勝てるだろう。
だが、彼らの400年の悲願を、俺だけでケリをつけるのは、あまりにも空しい。
「いえ、このままでは、じり貧ですね。」
そう言うと、ディートリヒと兵たちの顔が、曇る。
「俺だけだとじり貧ですが、皆でなら、やれます。ディートリヒ殿。止めを、お願いします。」
あの光線は、かなり強力だ。
どうやら、周囲のゴーストたちの反応を見る限り、あの黒い光線がネックになって、止めを刺せないでいるようだ。
「俺が囮と皆さんのフォローをやります。兵の皆さんは、ディートリヒ殿の道を切り開いてください。」
そう言うと、兵たちの目に、光が灯る。
先ほど、俺が参戦するときの歓声には、いきなり現れた俺に対する不信感が大きく混じっていた。
それもそうだろう。400年頑張ってきたのに、突如現れた謎の男が全て解決しそうなのだから。
ここは、皆に頑張ってもらう必要があるのだ。
先ほどから、禁呪球から意識が向いているのを感じる。
幸いなことに、禁呪球は、俺を最も危険だと思ってくれたらしい。
禁呪球の周囲にいた、黒い人型は、すべて消えている。傷の修復のエネルギーに回したのだろう。
それも、都合がいい。
ディートリヒたちと簡単に作戦会議を終え、展開する。
さて。始めようか。
400年の戦いは、ディートリヒ達の手で終わらせるのだ。
「うぅおおおおおお!!!」
叫ぶ。
叫びながら、盾を拳で叩く。
先ほどの光線で薄くなった盾は、叩くと大きな音を響かせた。
禁呪球から、強い意識が向いてくる。
禁呪球に向けて、走り出す。
すると、近寄られるのを嫌がるように、黒い人型が進行方向に複数現れる。
そして、人型の隙間を埋めるように、黒い煙を圧縮して吹きつけてくる。
正面の黒い人型に、拳を叩きこむ。
人型は、一瞬にして爆散。
黒い煙が吹きつけられてくるのは、無視して突っ込む。
少し煙たいが、全く問題は無い。
ディートリヒ側から、鬨の声が聞こえる。
向こう側も攻撃を始めたらしい。
さて。ここからは、向こう側よりも激しい攻撃を繰り出し、こちらに意識を集中させなければいけない。
禁呪球に飛びつく。
そのまま、手近ながれきに手をかけ、引き剥がす。
拳を叩きつけて禁呪球を抉り、盾を振り回して迫る触手を八つ裂きにする。
ディートリヒ側に向かおうとした触手につかみかかり、根元から引き千切る。
「うぉぉおおお!!」
その間も、叫ぶことはやめない。
叫び声は、禁呪球の意識をこちらに向け、ディートリヒ達を勇気づけるのだ。
ディートリヒ側の様子を横目で伺えば、皆、凄まじい勢いで攻撃を繰りだし、凄まじい速度で禁呪球を削っている。
ゴーストは精神生命体だ。
長い戦いの中で、禁呪球を倒せないと思い込んでいたのだろう。
実際、皆のエネルギーを見れば、黒い光線さえどうにかすれば、禁呪球は倒せたのだ。
だが、倒せないという思い込みが、兵たちの能力を縛っていた。
ここで、俺が少し後押しするだけで、兵たちはリミッターが取り払われるのだ。
そうすれば、あとは俺が黒い光線を引き受けるだけで、禁呪球は、彼らの手で倒せる。
黒い核が、俺の方に現れた。
黒い核から、光線が迸り、襲い掛かってくる。
その光線を、正面で受ける。
・・・なかなかな威力だ。
これは、ディートリヒ達では、耐えられないだろう。
だが、俺には、効かない。
これならば、しばらくは耐えられる。
しかし、光線は、すぐに止まった。
「・・・しまった!?」
もしや、ディートリヒ側に、狙いを変えたか!?
そう思い、核に目をやる。
そして、目を見開く。
核からは、サーベルが一振り、突き出していた。
反対側から突き刺されたであろうサーベルは、核を見事に貫き、禁呪球に止めを刺していた。
『-----------------!!!!!!』
禁呪球が、声にならない叫びを上げる。
ディートリヒ達が、慌てて離れていく。
俺も、禁呪球から、距離を取る。
禁呪球から、外側に纏っていたがれきや、兵たちの生前の体が、剥がれ落ちていく。
そして、全てが剥がれ落ちた後、核は力尽き、光を失ってがれきの中心に落下した。
俺とディートリヒが近づき、生死を確認する。
ディートリヒがサーベルを引く抜くと、禁呪球の核は、真っ二つに割れた。
倒したのだ。
「皆、聴け!我らが悲願は果たされた!禁呪は、ここに、消えたのだ!」
ディートリヒが、叫び、そのサーベルを突き上げる。
爆発するような、歓声。
400年の戦いに、自分たちの手で、終止符を打ったのだ。
その喜びは、達成感は、絶大なものだろう。
その歓声を、喜びと共に聴いていると、ディートリヒが歩み寄ってくる。
「ありがとう。我らに・・・。」
ディートリヒの言葉を、手で制する。
「それ以上は、言わないのが、約束だぜ?」
そう言うと、ディートリヒは、一瞬止まった後、肩をすくめる。
ディートリヒは、こちらが花を持たせたことに気が付いているのだ。
「だが、年甲斐もなく、嬉しかったよ。」
ディートリヒが、ぽつりと言う。
嬉しいことは、いいことなのだ。
感慨に浸っていると、ディートリヒが、思いついたように言う。
「・・・そうだ。メタル殿。頼みがある。」
・・・?改まって、なんだろうか?
「メタル殿は、元帥閣下に話が通せるのだろう?すでに死んでいる兵たちに、賞与とは言わん。国のために戦ったのだ。労いの言葉を、元帥からいただけないだろうか?」
なんだ。そういうことか。
それくらいならば、お安い御用である。
「ああ。わかった。元帥に声をかけておくよ。」
彼らは、今後、どうするのだろうか?
まあ、それを考える前に、まずは、戦いを労わなければいけない。
努力と結果には、正当な対価は、必要なのだ。




