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青い星にて戦士は往く  作者: Agaric
第2章
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第13話 要塞に巣食うモノ

 要塞の塔を降りる。

 2階への扉の前に着く。

 扉の蝶番は油が光り、痛んだところは見当たらない。

 今まで見てきたボロボロな扉と異なり、どうやら整備されているようだ。

 ゆっくりと扉を開ける。

 軋む音はしない。

 扉の外見通り、明らかに整備されている。

 2階に踏み込む。

 明かりは、無い。

 すぐに盾を構え、周辺の暗闇の先を警戒する。

 武器が無いのが、心もとない。


 ・・・敵影はない。

 だが、気配はある。

「・・・来る。」

 エミーリアが、ぽつりと呟く。

 

 その声と同時に、壁から青白い影が現れた。

 ゴースト系の魔法生物だ。


 その青白い影は、古めかしい軍装を纏っており、曲刀を腰に下げている。

 かなり古い軍装だが、碧玉連邦軍下士官の戦闘服である。

 この要塞が放棄されたのは1823年。

 今は2265年だから、440年ほど前に放棄されたことになる。

 納得な見た目ではある。

 生前はよく訓練された兵だったのだろう。

 緩慢な動きになりがちな霊体で、きびきびした動きをしている。

 

 青白い影と目が合う。

 思わず、盾を構えて臨戦態勢になる。

 しかし、その青白い影は、予想に反してこちらに話しかけてきた。

「そこの者。我らが要塞に何用か?」

 要塞1階にいたゴーストアーマーとは違い、その声色には、たしかな知性が感じられる。

「その装束ならば、どこぞの軍人でもあるまい。何者か?」

 こちらを観察する冷静さも保っているようだ。

 うまく行けば、穏便に話を進められるかもしれない。

 確か、400年前は、旅客は『冒険者』と名乗っていた。旅客と名前が変わったのは、200年くらい前のことである。

 金属でクラスを現すこと自体は、当時からほぼ変わっていないはずだ。

「俺は青鉄クラス冒険者のメタル。要塞の指揮官に指令を預かってきた。」

 すると、その下士官の霊は、少し悩む。

 そして、口を開く。

「ふむ。冒険者か・・・。しばし待たれよ。」

 そう言うと、下士官の霊は、壁の中に消えて行ってしまった。

 エミーリアが、不安そうにしている。

「・・・待つ?」

 エミーリアの問いかけに、頷く。


 数分待つと、真っ暗だった廊下に明かりが灯った。

 壁面に据え付けられている松明に、青白い炎が灯ったのだ。

 そして、廊下の先から、何者かが歩いてくる。

 先ほどの下士官の霊とは違い、肉体を持っているようだ。

 斜め後ろに、先ほどの下士官を従えている。

 下士官の服装に比べ、明らかに階級が高い。

 顔はカサカサに乾燥し、頭蓋骨のシルエットが明確に浮かび上がっている。

 アリッド・デッド系のアンデッドのようだ。

 そのアリッド・デッドは、隣の下士官に何かを確認している。

 そして、俺たちの目の前に来ると、口を開いた。

「貴殿らが、報告にあった冒険者のようだな。」

 掠れたような声だが、聞き取りにくいことはない。

「私は、この要塞の責任者であるディートリヒだ。」

 そう言い、こちらに手を差し出してくる。

「少将、危険です。」

 横から、先ほどの下士官が諫める。

 そうか。ディートリヒは、少将だったのか。

「なに。問題は無い。」

 ディートリヒは下士官の言葉を気にせず、手を差し出したままでいる。

 その手を取る。

「青鉄クラスの、メタルです。お会いできて光栄です。」

 しっかりと握手を交わす。

 握手の時に、何かしらの呪術などを仕込んでくるかとも思ったが、そんなこともないようだ。

「そちらのお嬢さんは?」

 ディートリヒは、エミーリアを見て言う。

 エミーリアの方を見れば、緊張しているのか、固まっている。

「彼女は俺の相棒のエミーリアです。クラスは硬銀くらいです。」

 エミーリアが固まっているので、俺が紹介する。

「なるほど。よろしく。」

 そう言いながら、ディートリヒがエミーリアにも手を差し出す。

 自分の名前が出たことで、我に返ったのか、エミーリアは恐る恐るその手を取る。

「・・・よろしく。」

「はっはっは。お嬢さんは用心深いようだ。」

 ディートリヒはおおらかに笑っている。

 手を離すと、ディートリヒは下士官へと声をかける。

「この二人を指揮官室に通す。お前は持ち場に戻れ。」

 すると、下士官は少し慌てた様子で、声を上げた。

「し・・・しかし、危険です。」

 下士官の心配も最もだろう。

「命令だ。持ち場に戻れ。」

 ディートリヒは、有無を言わさず下士官に命令する。

 ディートリヒの声色を感じ取り、下士官は、壁をすり抜けて消えていった。

「では、こちらへ。」

 そう言い、ディートリヒは歩き出す。

 その言葉に従い、俺たちは要塞の奥へと歩を進める。


 少し歩くと、他の扉よりも少し立派な扉の前に着いた。

 ディートリヒは、そのまま扉を開く。

「どうぞ。」

 ディートリヒに従い、部屋に入る。

 

 部屋の中には、執務机と、応接セットが綺麗に整えられて設置されている。

 物の古さは隠せないが、綺麗に保存されており、問題なく使えそうである。

 壁は、横棒がたくさん引かれた不思議なデザインのペイントが施されている。

「まあ、好きに座ってくれたまえ。今更、階級や格式は問わん。」

 突然、ディートリヒの声色が変わった。

 どことなく疲れたような、諦めが入ったような雰囲気である。

「・・・おや?怪訝な顔をしているな。・・・俺が、死んだことに気付いていないとでも、思っていたか?」

 そう言い、ディートリヒはにやりと笑う。

 ・・・図星である。

 まさか、自分が死んでいることを理解しているうえでアンデッドのまま現世に留まっているとは、思わなかった。

「まあ、普通は非業の死を遂げた部隊だとでも思うだろうよ。ま、それは間違っちゃいないんだがな。」

 そう言いながら、ディートリヒは壁の横棒を見つめる。

「大体、俺たちが死んでから440年ってところか?」

 壁の横棒は、日数カウントか。

 ディートリヒは、少しだけ壁を見つめた後、こちらに向き直る。

 その表情には、決意が見て取れる。

「貴殿らが上位の冒険者だということで、頼みたいことがある。」

 何だろうか?

「この要塞に巣食う怪物を、どうにかしてほしい。」

 怪物・・・?

 怪物という単語が出た瞬間、エミーリアが息を呑むのが背後から伝わってくる。

 このディートリヒは、今までの動きや知性、その雰囲気から察するに、かなり高位のアリッド・デッドである。

 おそらく、種としてはアリッド・デスロードになるだろう。

 アリッド・デスロードと言えば、最低でも硬銀クラスの旅客複数人に相当する戦闘力を持つ相手として恐れられている。

 そのアリッド・デスロードがどうにもできない怪物となると、よほどの相手なのだろう。

「怪物とは、何だ?」

 依頼を受けるにしても、受けないにしても、情報は必要だ。

 ディートリヒは、隠す気はないのか、説明を始める。

「怪物は禁呪によって生み出された、人造アンデッドだ。」

 そのままディートリヒの説明を聞く。

 説明によれば、その怪物は、この要塞に居た人員を原料に『製造』された大型アンデッドのようだ。


*****


 ディートリヒが生きていた時代、元々、管理要員くらいしか詰めていなかったこの要塞は、いつしか『カルト教団のような集団』に占領されていた。

 残念ながら、もはやその『カルト教団のような集団』の教義や主張は残っておらず、教団だったのか、ただの賊だったのかはわからないらしい。

 どうやら、要塞に詰めていた管理要員がその集団に感化されたらしく、管理要員により要塞に引き入れられたそうだ。

 『カルト教団のような集団』は、要塞に配備されていたガンボートで、周囲の漁村から物資の略奪を始めた。

 そのことが軍にも伝わり、精鋭のディートリヒ達が『カルト教団のような集団』の討伐に赴いた。

 たかが賊に精鋭を送ったのは、当時、国際情勢がきな臭くなっており、国内の動乱にあまり時間をかけたくなかったからのようだ。

 せいぜいがガンボートしか持たない、戦闘訓練も受けていない素人集団に対し、ディートリヒたちは精鋭であり、戦いは一方的なものだった。

 降伏勧告に応じなかった『カルト教団のような集団』は、ディートリヒ率いる部隊に損害を与えることもできずに次々と制圧されていき、要塞の陥落は目前に思われた。

 

 しかし、そこで状況が一変した。

 

 唐突に、地下に突入していた部隊から、連絡が途絶えたのだ。

 どうにか脱出してきた兵から、『カルト教団のような集団』は秘密兵器を地下に用意しており、それを使用したということまではわかった。

 斥候を放ち状況を確認すると、地下には一切の人がいなくなっていた。 

 そして、地下中央部に、その怪物がいた。

 当時の外見は、多くの人間を適当に集めて球状に固めたような、おぞましいモノだったそうだ。

 怪物は、周囲の物を取り込んで肥大化を続けており、斥候部隊の大半も、一瞬にして取り込まれた。

 そして、満身創痍で逃げ帰った兵から、その怪物についてディートリヒに伝えられる。

 だが、斥候が逃げることができたこと自体が、怪物の手のひらの上だったのだ。

 報告を終えた途端、斥候は、黒い煙を吹き出して、倒れた。

 そして、ディートリヒを含め、その煙に触れた者は次々と倒れたのだ。


 だが、ディートリヒたちは、そのまま死んで終わるほど、『やわ』ではなかった。

 

 このままでは、怪物により本土に大きな被害が出ると確信したディートリヒは、薄れゆく意識の中で、魔術を使った。

 その魔術の名は、『死して尚、栄光の道を(デス・グローリーロード)』。

 己の目的に賛同する者達を強制的に絶命させつつ現世に留め、一つの不死の軍団と成す大魔術である。

 目的に賛同しない者の命は奪うことができない魔術ではあるが、禁呪指定の恐ろしい魔術である。

 ディートリヒが設定した目的は、国の為、銃後の家族の為、この怪物を倒すことであった。

 黒い煙により死に瀕していた部隊員ほぼ全員が、ただ死ぬことを良しとせず、目的に賛同し、アンデッドとして復活を果たす。


 そこからは、終わりの見えない戦いが始まった。

 怪物は、攻撃を加えると、身体を構成する素材が脱落し、小さくなる。

 しかし、その脱落した体は、そのまま怪物に吸収され、怪物は大きくなる。

 放っておけば、怪物は壁や天井すら材料にして大きくなっていく。

 兵たちは、ただただ戦い続けた。

 アンデッドになって肉体の疲れは無くなっていた。

 肉体を怪物に奪われてからは、精神のみになっても、ゴーストとして戦い続けた。

 既に、肉体を保てているのは、兵や下士官たちに比べて実力が高く、身体を奪われなかったディートリヒだけである。

 

 現在、怪物との戦いは、千日手に陥っている。

 ディートリヒたちの破壊速度と、怪物の再生速度が、完全に拮抗しているのだ。


*****


「そこに、俺たちが来たってわけか。」

 そう言うと、ディートリヒは、大きく頷く。

「貴殿らの協力があれば、どうにか倒しきれるかもしれん。」

 うーむ。

 とりあえず、エミーリアは要塞から逃がした方がよさそうだ。

 話にあった黒い煙は、エミーリアが耐えられる保証はない。

「エミーリア、状況を懸木元帥に伝えてもらっていい?」

「わかった。」

 エミーリアが頷く。

 すると、俺のセリフを聞いたディートリヒが声を上げる。

「なに?元帥?元帥まで話が通せるとは、貴殿ら、何者だ・・・?」

 ・・・うっかりしていた。

 軍人なのだ。いきなり元帥が話に出てくれば、そういう反応になるだろう。

「ああ、元帥とは、個人的に知り合いなんだ。」

 そう言い、無理やりに納得させる。

 エミーリアは、すぐに部屋から出ていった。

 エミーリアならば、問題なくこの要塞から出られるだろう。

 エミーリアが出ていったのを確認して、ディートリヒに向き直る。

「じゃあ、その怪物の場所まで、案内してもらえます?」

 思った以上に強大な相手がいたが、正体がわかった今では、もはや不気味さは無い。

 思わず、口角が上がる。


 久々に、骨のある相手と戦えそうだ。


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