第10話 赤い何か再び
両足に、焼けるような痛みが走る。
足元を見れば、赤い何かにくるぶしまで飲み込まれているようだ。
周囲を見れば、地面は俺を中心に赤い沼のようになり、その範囲は急速に広がっている。
飲み込まれている部分から、何かを吸い取られているような感覚がする。
足に力を巡らせる。
何かを吸い取られることにレジストはできたが、赤い範囲の拡大は止まらない。
「っち!」
おもわず、舌打ちする。
このままでは、すぐにエミーリアやリコラを飲み込んでしまうだろう。
レオンの意識を奪えば、この範囲の拡大は収まるだろうか?
レオンの方を見れば、驚いたような表情で、こちらを見ている。
「な・・・なぜだ!?なぜ耐えられる!?」
レオンが叫ぶ
それを無視して、足を踏み出す。
地面を踏んでいる感覚はなく、なんとも歩きづらいが、支障があるほどではない。
「ひぃ!?」
レオンに肉薄すると、咄嗟にこちらに向けて槍を振るってくる。
その槍を剣の切先に引っ掛けて跳ね上げると、レオンは体勢を崩す。
そして、その側頭部に向け、剣を振り抜く。
ゴキン、という嫌な音をたて、レオンが地面に崩れ落ちる。
それと同時に、赤い範囲は嘘のように消えてなくなった。
赤かった部分の地面が数cmほど抉れているが、それだけだ。
レオンの様子を確認すれば、意識を失っているだけである。
どうやら、うまくいったようだ。
さて。
先ほどの『赤い何か』は、なんなのだろうか?
その色合いや何かが奪われるような感覚から、ツルギガミネセンジュが放った赤い光線と同質なもののようである。
また、軍を呼んだ方がいいかもしれない。
「・・・ぁぁぁぁ!?」
レオンを見ながら赤い何かについて考えていると、唐突に、レオンが呻く。
「なに!?」
思わず剣を構え、レオンを見る。
すると、レオンの胸あたりから、先ほどの赤い何かが溢れ出す。
そして、そのまま、レオンを赤く染め上げていく。
赤く染まった部分は、何かに分解されるように消えていく。
「っちぃ!?」
唐突に、その赤い何かがこちらに伸びてくる。
このままだと危険だと感じ、咄嗟に剣を突き出す。
だが、突き出した剣は、その赤い何かに絡めとられてしまった。
そして、赤い光は、俺の剣まで巻き込み、飲み込んでいく。
数秒で、レオンと俺の剣は赤い水溜りのようなものになってしまった。
・・・だが、この赤い水溜り、液体ではないようだ。
見つめれば、その赤い色の向こう側に、広大な空間が広がっている気がする。
その水溜りの中を、一瞬黒い球体のようなものが横切る。
直後、その水溜りは割れ目が閉じるように塞がっていき、レオンはすっかりいなくなってしまった。
そこには、ツルギガミネセンジュの時に見た、空間の歪みだけが残っている。
・・・これは、また、軍を呼ぶ必要がありそうだ。
要塞の方から足音がするので、目を向けて見れば、エミーリアとリコラ、ビッキーが戦闘が終わったことを察して出てきたようだ。
みんなに状況説明しつつ、軍を呼ばなければならないようだ。
*****
エミーリア、リコラ、ビッキーに状況を離すと、エミーリアとリコラは、軍を呼ぶことを快諾してくれた。
ビッキーは、よくわからないので、任せると言っている。
「わかった。じゃあ、連絡するね。エミーリア、ちょっと端末貸してちょうだい。」
エミーリアから、マッピング用の端末を借りる。
この端末には、緊急連絡用の電話機能も備わっているのだ。
懸木鈴元帥の番号を入力する。
数秒待つと、少し幼げな声が応答する。
『はい、こちら懸木。』
「ああ、鈴ちゃん。先日ぶり。」
ちゃんと懸木元帥に繋がったようだ。
『ああ、メタルさんですね!・・・鈴ちゃんって呼ばないでください。』
少し挨拶と冗談を交わした後、今ここで起こったことを伝える。
こちらが説明してくと、次第に鈴の雰囲気が、電話口でもわかるほど変わっていく。
『・・・わかりました。すぐ、そちらに向かいます。』
そして、電話が切れる。
電話が切れるとほぼ同時に、ジジ、という音と共に、目の前の空間に、ノイズが走る。
瞬きほどの時間で、そこには、懸木 鈴元帥が立っていた。
相変わらず、理屈のわからない瞬間移動である。
今回はラピーラもおらず、一人だ。
一度見たことのあるエミーリアはまだしも、リコラが、心底驚いたような顔をしている。
そして、ビッキーは、ガチビビりしている。
「ヒ、ヒェェ・・・。」
どうやら、鈴の強さがわかるようだ。
実は、鈴は、超人である。
ここにいるエミーリア、リコラ、ビッキーと比べれば、次元の違う強さをしている。
鈴は、この場にいる人をざっと見まわすと、口を開いた。
「・・・・・・そこの喋るジビキガイも気になりますが、まずは赤い空間です。メタルさん、どこですか?」
ジビキガイ、気になるのか。
とりあえず、鈴を現場に案内する。
鈴は、さっそく空間の歪みを調査し始める。
数分ほど歪みを観察すると、鈴はこちらに向き直った。
「・・・先日のツルギガミネセンジュの時と同じ痕跡と言っていいですね。わかりました。こちらでも本格的な調査を行います。」
こちらにも、調査団を張り付けて調査をするそうだ。
「しかし・・・そうなると、付近の安全を確保しないといけないですね。」
そう言う鈴の目線が、俺を見る。
・・・なるほど?
鈴が、俺を見たまま、口を開く。
「ちょうど、ここに要塞内部のマッピングを受注している旅客がいるようです。このまま、内部のマッピングとクリアリングをお願いしますね?」
ふむ。まあ、いい。
特に問題は無い。
・・・だが、少し、お願いしたいことはある。
「ああ、わかった。二つほど頼みたいことがあるんだが、いいか?」
そう言うと、鈴は頷く。
なんとなくわかっているのだろう。
「リコラとビッキー・・・あのジビキガイについては、お願いしていいか?」
流石に、栄養失調気味の女性と、要塞に入ることができない大型の生き物を連れていくことはできない。
「わかりました。責任をもって対処しましょう。」
・・・すごいいい笑顔だ。
このままだと、うまく言いくるめてビッキーの体組織採取とかをやらかしそうである。
遺伝情報は、重大な個人情報なのだ。
「・・・勝手にビッキーを調査したりしたら、覇山に言いつけるからね?」
そう言った瞬間、鈴の笑顔が固まる。
「え・・・?」
鈴といわず、軍人は基本的に覇山には頭が上がらないのだ。
「ラピーラにも、言うからな?そして、それでも何かしたら、俺が、怒るからね?」
そう言うと、完全にあきらめの表情になった。
「・・・わかりました。わかりましたよ。しっかり責任をもって、社会に適合させます。」
よし。
これぐらい脅しておけば、いいだろう。
鈴は、基本的に常識はあるのだが、ラピーラなどのお目付け役がいないと、ちょっと羽目を外すことがあるのだ。
「あとさ・・・」
「・・・?そう言えば、二つ頼みたいって言ってましたね。」
「靴1足、もらえない?」
俺のその言葉に、鈴は視線を下げる。
靴は、赤い何かに飲み込まれて、消えてしまった。
俺は今、裸足なのだ。
「・・・ええ。それくらいなら。定価で買ってくださいね。」
むむ。タダではもらえないか。
残念。
鈴が技術作戦軍の先発隊のヘリを呼ぶ。30分くらいで着くようだ。
ヘリを待つ間に、俺の後ろで様子を伺っていた、リコラとビッキーを鈴に紹介する。
リコラは、鈴が元帥だとわかっていたようで、恐縮しきりであった。
その後、ヘリが到着したときにビッキーがヘリの巨大さと音の煩さに泣き出してしまうトラブルはあったが、概ね順調に話は進んだ。
リコラはヘリに乗り込み、ビッキーはヘリに吊るされて、軍に回収されていった。
これで、あの二人は安心だろう。
買った靴の履き心地は、良い。
軍用のブーツだ。しっかりしている。
エミーリアを見れば、マッピング端末をしっかりと抱え、準備はよさそうである。
技術作戦軍の調査部隊の本隊は、この要塞のクリアリングが終わり次第来るそうだ。
「さて、行こうか。」
そう言うと、エミーリアが頷く。
2人で、要塞に歩を進める。
実は、要塞からは、技術作戦軍が来た時から、妙な気配がしている。
何が、出てくるのだろうか?




