最終話 平穏で平和な日々
現歴2265年12月末日 午後10時
あの、赤い宇宙との戦いから、およそ5か月。
季節はすっかりと冬になった。
観武村は沿岸の街であり、雪はそこまで多くない。
とはいえ一切降らないわけではなく、窓の外を見れば、白く儚く、ふわりふわりと舞っている。
炬燵に入って背を丸くする俺の鼻を、心地よい魚系の出汁の香りがくすぐる。
この地球からやってきた炬燵という物は、なんと心地よいモノなのだろうか。
あまりの心地よさに、俺の対角線に座っているエミーリアは、身体を小さく丸めて、うとうとと寝入っている。
作太郎など、完全に寝入っているようで、ピクリとも動かない。
・・・アンデッドの作太郎が動かないのは、本当に寝ているだけなのか、少し心配になる。
炬燵の中央に目を移すと、そこには「みかん」なる地球産のオレンジ色の実が置いてある。
まだまだ流通量が少なく、10個で2,000印と、果実としてはそれなりの価格だったが、お金はまだまだある。
この程度の贅沢は問題ない
詩乃曰く、炬燵とみかんはセットらしい。
そんなことを思い起こしながら、目の前にあるみかんに手を伸ばそうとしたとき、誠司の声がした。
「できたよ。」
おっと。
では、みかんは今食べない方がいいな。
誠司と詩乃が、椀を運んでくる。
そして、俺たちの前に並べていく。
そこには、茶色い汁の中に、灰色の麵が浮いている。
これは知っている。
ソバという物だ。
ここ数年、地球からいくつかのチェーン店や個人店がこの星に上陸し、どんどん広がっている食べ物だ。
数年前、とある理由から地球に行った際、食べて美味しかった覚えもある。
俺の前には、1人前の椀。
エミーリアの前には、巨大なボウルが置かれる。
この2か月で、エミーリアの食べる量はすっかり認知されたらしい。
「・・・んぅ。」
可愛らしい声と共に、エミーリアが目を開ける。
どうやら、いい香りに誘われたようだ。
眠そうな瞳で、目の前に置かれたソバを見つめている。
「これは?」
エミーリアが、疑問を投げかける。
「年越し蕎麦よ。」
それに、詩乃が答えた。
「年越し蕎麦?江戸の商人たちがやっておった、三十日蕎麦のようなものにござるか?」
いつのまにか作太郎が目覚め、そう言いながらソバと箸を受け取っている。
作太郎は、いつの時代の人物だったのだろうか?
言葉の端々を見るに、どうも、昔の地球、それも日本地区で生きていたようである。
「昔の蕎麦を知っている作太郎さんの口に合うかは、わからないけど、美味しいはずだよ。」
誠司はそう言い、作太郎にソバを手渡している。
年越しソバ。
数年前から我が家に同居している誠司と詩乃から教えてもらった、地球の日本地区の風習だ。
誠司と詩乃が俺のうちに来てから、毎年、風習として食べている。
年越しの時にソバを食べると、どういった訳かは知らないが、今年一年の災厄を断ち切ることができるそうだ。
まあ、実際の効果のほどは分からないが、縁起物なのだろう。
とはいえ、魔法も呪術もあるこの星だ。
決して、効果はゼロではないはずである。
毎年の年越しの時にソバを食べる等、なかなか、呪術の儀式めいているではないか。
「いただきます。」
そんな、とりとめもないことを考えながら、誠司と詩乃が作ってくれたソバをすする。
麺をすすって食べるのは、観武村のあたりでは普通なので、抵抗なく食べることができる。
・・・旨い。
出汁と醤油が効いたツユが、たまらなく美味しい。
夜遅くにこんな旨いモノを食べるなど、なかなか良い風習である。
「ふむ。某の知っている蕎麦より、数段旨い。」
そう言い、作太郎もそばをすすっている。
エミーリアは、無言ですすっているが、目が少し輝いているので、美味しいのだろう。
皆が美味しそうに食べ始めたのを見て、誠司と詩乃も食べ始めた。
しかし、災厄を断ち切る、か。
年越しソバを食べながら今年1年を振り返る。
ただ、生活費を得るために冒険に出たら、赤い宇宙という、俺のこれまでの人生の中でも最大級の敵と戦うことになった。
そんな恐ろしい敵と戦うことになるのは、災厄と言えるのかもしれない。
だが、その災厄は、年越しソバを食べるまでもなく、自身の力で叩き伏せた。
災厄を断ち切ることができたと、言えるだろう。
となれば、年越しソバは、どんな災厄を断ち切ってくれるだろうか?
できたら、俺の苦手な、力ではどうにもならない災厄を断ち切ってくれると、助かるのだが・・・。
そんなことを考えながら、旨いソバをすする。
「・・・洗い物は、する。」
そう言うのは、エミーリア。
「いやいや。ここは居候である某が。作ってくれた誠司殿と詩乃殿も、ごゆるりとされよ。」
同じく名乗り出る作太郎。
作太郎は、事ある毎に、居候だと言って雑用や面倒ごとを引き受けてくれる。
とはいえ、作太郎は生活費はちゃんと渡してくれているため、そこまで気にしなくていいはずなのだが。
義理堅い性格なのだろう。
「・・・ん、わかった。」
エミーリアは素直に作太郎に任せる。
「お願いします。」
「なんか、悪いですね。」
詩乃と誠司は、なんだか居心地が悪そうだ。
「いやいや。旨い蕎麦の礼にござる。お気になさるな。」
作太郎はそう言ってカラカラ笑うと、椀を回収してキッチンの流しへと向かっていった。
ああ、平和だ。
戦うことは、嫌いではない。
あの、ピンと緊張感のある、技と力のやり取りは、決して嫌いではない。
むしろ、好きなくらいだ。
だが、平和は、もっと好きだ。
日々の何気ない喜び、感動、楽しみ。
平和でなければ、多くの喜びは無く、小さな感動は無駄で、日々の楽しみは見いだせない。
それらを享受できる、平和とは、素晴らしいものなのだ。
今回の冒険は、最初は生活費のためだった。
だが、最終的には、この宇宙の命運をかけて戦った。
正直、かなりギリギリな戦いだった。
自身の命すら危ないのは、わかっていた。
では、俺は、何故、その戦いに身を投じたのか。
改めて考えれば、やはり、この宇宙を、この生活を、守りたかったのだろう。
何故、それを守りたかったのか。
それは、この平穏な日々のためだ。
俺の仲間たちと。
エミーリアと。
この先も、平穏で楽しい日々を過ごすためである。
長く生きているので、どうしても、理解している。
この平和で平穏な日々は、決して、永遠ではない。
いずれ、社会が乱れ、世の中は荒廃し、新たな敵が現れる。
それは世界の流れであり、どれだけ俺が強くとも、止めることはできない。
この平和な日々を守るため、俺は、いずれ、新たな敵と相対することになるだろう。
俺は、それを忌避しない。
俺は、それから逃げはしない。
どんな敵とも相対し、正面から打ち破って見せよう。
そのために、力をつけてきたのだ。
そう考えはするが、今は、この中に浸っていたい。
俺が守ったこの宇宙の、俺が守ったこの日々の中に。
エミーリアと、仲間たちの、笑顔と共に。
-終-
これにて、拙作「青い星にて戦士は往く 」は、完結となります。
長い間、お読みいただき、ありがとうございました。
初投稿からおよそ4年と4か月。
投稿を続けることができたのは、読んでいただいた方々のおかげです。
本当にありがとうございました。
ここから先は、書いてみての感想など、だらだらとした内容になります。
完全に独学で、小説の書き方のハウツーなども見ずに書いた作者の自分語りの言い訳のような内容ですので、それでも良い方はご覧ください。
まず、書いていて、意外とどうにかなったことについてです。
1週間に1話の更新を行っていましたが、これは、思った以上に苦にならずに続けることができました。
途中、データが消えたり、引っ越しを挟んだりで、更新できない期間もありましたが、自分でもびっくりするほど、更新は苦になりませんでした。
それどころか、とても楽しく続けることができました。
その要因を、3つ挙げようと思います。
最も大きな要因は、読者の皆様がいたことです。
投稿すれば、それなりのアクセス数があり、読んでもらっている実感がありました。
少しでも更新を追いかけてくれている人がいるならば、エタらないよう頑張る心の支えになりました。
私もネット小説をよく読むので、追いかけている小説が更新されなくなる悲しさはよくわかります。
すくなくとも、私の小説ではそう言う思いはさせたくない、その気持ちで、更新を滞りなく続けることができました。
次に、執筆のスタイルを決めることができたのは、執筆に大いに役立ちました。。
こういう環境なら、集中して書くことができる、という状態を確立できたのは、大きかったです。
私の場合は、動画サイトで音楽を垂れ流し、それをヘッドホンで聞きながら没頭するという形です。
その時間が、なかなかに良い時間でした。
書いている時間が癒しの時間になり、レジャーになったのです。
これによって、書くことが苦にならなくなりました。
また、投稿の曜日と1話あたりの最低文字数を決め、執筆のリズムを作ることができたのも、大きかったと思っています。
一度書いた小説は、読み直せば無限に修正点が見つかり、いつまでも修正できてしまします。
書いたものを手放すタイミングを決めておくことで踏ん切りがつき、投稿できていたのだと思います。
また、最低文字数は2,000字と決めていたので、どこまで書けばオッケーか、終わりが明確だったので、これも良かったのだと感じています。
それらに加え、投稿を日曜日を決めていることで、その週の予定を鑑みて、事前にどれくらい書かなければいけないかなどの計画が立てやすかったのも更新に役立ちました。
以上のように、2,000~5,000字で週1更新くらいならば、意外とどうにかなりました。
投稿を迷っている方も、週1更新程度で期間を決め、投稿してみるといいかもしれません。
次に、書いていて難しかったことについてです。
これは、たくさんあります。
長編小説を書くことは、思った以上に難しいことは多かったです。
全てを書くと膨大な量になってしまうので、3つ、ピックアップしたいと思います。
1つめは、先に書いた内容を忘れ、矛盾を生じさせてしまったことです。
話の根幹にかかわる部分には矛盾は無いはずなのですが、細部に、細かな矛盾が生じていると思います。
おそらく、細部を丁寧に突き詰めれば、自分が感じているよりも多くの矛盾が潜んでいるのではないでしょうか。
恐ろしい・・・。
これは、プロットが粗く、細かい部分の管理をしきれなかったことが原因です。
主人公の武器がどこで失われたか、ヒロインの過去のセリフで言及した内容等々・・・。
忘れます。
忘れて、失われたはずの武器を登場させたりしています。
考えてみれば、4話前の内容、作中では大して時間が経っていなくとも、リアルタイムで1か月前に書いた内容です。
リアルが忙しかったりすると、結構忘れてしまうことが分かりました。
プロットや登場人物の所持品管理は、重要なモノだと感じました。
2つめは、想定よりも文章が増えていくことでした。
1話あたり最低2,000字以上を目安に書いていたのですが、1話で収まると思った内容が2話、3話になることも珍しくなく、話を分かりやすくまとめる難しさを実感しました。
その結果、1章あたりの話数が増え、長くなっていきました。
当初、この小説は2年程度で完結予定でしたが、実際に完結に要した時間は4年で、実に、倍の長さになっているのです。
それでも、細部が書き足りなかった気すらします。
よく、キャラが動く、と言いますが、それに近いことは起きていました。
ちょい役で出したはずのキャラに愛着がわき、動かしてしまったのです。
プロットにないキャラが何人も生まれ、おかしな動きをしていきました。
話を一つ書き上げたとき、思ったような内容にならず、首を傾げたときも1度や2度ではありません。
なんともならないものでした。
3つめは、文章のメリハリのつけ方です。
気が付いたら、同じ文章の終わり方が続いており、単調な文章になっていることが多々ありました。
また、だが、しかし、等の接続詞が、同じものが連続してしまうこともありました。
私の文章の癖です。
そのような、読んでいて不快になるであろう癖は、なるべく無くそうとはしましたが、上手くいっていたでしょうか?
書いた自分では、なんともわからないものです。
以上の3つの他にも、難しかったところは多々あります。
しかし、難しいことは多かったですが、何より、書くことは楽しいモノでした。
自分の想像の中の宇宙を。
自分の理想の中の世界を。
文章を用いて出力することの楽しさは、他に代えられないモノがありました。
小説を書くことを迷っている方は、ぜひ、筆を執ってみてください。
書くことは、楽しいですよ。
さて、ここまであとがきをお読みいただき、ありがとうございました。
今後、新たな作品を投稿するかどうかは、まだ考えているところです。
とはいえ、いずれ、投稿することもあると思います。
その時は、ぜひ、お読みいただけると嬉しいです。
では、最後に、改めまして。
お読み頂き、誠にありがとうございました。
2024年6月2日 Agaric




