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青い星にて戦士は往く  作者: Agaric
第7章
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第26話 家に帰ろう

 現歴2265年10月12日 午前9時


 大盾市で住んでいた家を引き払う。

 俺は1週間程度過ごしていただけだが、エミーリアは3か月ほど過ごした部屋だ。

 鈴が用意してくれた部屋は、いい部屋だった。

 最低限の家財道具は揃っており、数か月程度生活する分には十分な部屋であった。

 だが、俺も退院し、大盾市に滞在を続ける理由もなくなった。

 大盾市は、いい街だ。

 軍のお膝元なので治安もよく、それなりに都会なので多くの物も揃う。

 上層の屋台街と下層の市街とのアクセスがやや悪いが、それくらいは愛嬌だと割り切れる程度にはいい街である。


 今回の冒険の当初の目的は、生活費を稼ぐことだった。

 それ自体は、辺境で12億稼いだ時点で達成されている。

 さらに、赤い宇宙の撃破に関する報酬も、算定されてから俺の元に届くことになっている。

 他の宇宙と言う、ヤバすぎる相手を倒したのだ。

 莫大な報酬が期待できるだろう。

 もう当分、金稼ぎは必要ない。

 エミーリアを強くするという目的もあった。

 その目的も、エミーリアが強くなって、ナターリアを撃破した今、達成している。

 冒険の目的は、全て達成したのだ。


 目的を達成した後どうするのかをエミーリアに訊いてみたところ、何も考えていなかったようである。

 ただただ、目的のことしか考えていなかったのだ。

 一途である。

 ならば、家に来ないか、と提案したところ、二つ返事で了承してくれた。


 これで、全ての懸案事項は無くなった。

 家に、帰ろう。


 大きなリュックサック一つ分の荷物と愛剣の蒼硬を、エミーリアの車のトランクに積み込む。

 住んでいた期間が短いため、俺の荷物は旅客として旅をしていた時から増えていない。

 なんなら、旅に出たときと比べれば、消耗品がいくばくか減っており、荷物はむしろ少なくなっている。

 エミーリアの荷物はそれなりにあったが、この車に直接積み込まれてはいない。

 エミーリアは、レギオンの特性を使って、自分の荷物を自分自身の中にしまい込んでしまった。

 結果として、車に直接積んであるのは、俺の荷物だけである。


「じゃあ、出発するか。」

 俺がそう言えば、エミーリアが頷く。

 今回の運転は、俺だ。

 俺の家に向かうのだ。

 大盾要塞から俺の家がある観武村へは、ここから600㎞くらいだ。

 最短経路を通れば今日中に辿り着くことはできるだろうが、途中でやることもある。

 数日かけて、ゆっくりと帰ることになる。

 

 アクセルを浅く踏み込めば、小さな車はゆっくりと加速し始める。


*****


 まず最初に寄るのは、大盾要塞の軍事区画。

 そこで『緑のヒヨコ号』を受け取るのだ。

 そして、作太郎とも合流する。

 作太郎は、俺が赤い宇宙と戦っている間に、軍によって特殊部隊員達と共に救助されていた。

 俺よりも怪我の度合いは浅く、また、アンデッドとしての種族特性から、治療は1週間程度で完了したのだという。

 その後、今回連絡がつくまで何をしていたかは、わからない。

 わからないが、作太郎の性格や趣味嗜好からすると、近隣で流浪の腕試しでもやっているのだろう。

 

 車は、指定されていた場所に到着する。

 そこは、大盾要塞にいくつかある車両基地の一つだ。

 要塞外周に位置する、戦車が配備されている車両基地である。

 車両基地には、大盾要塞がある中央州に配備されている『HMT-64』重主力戦車と『LMT-74』軽主力戦車がたくさん並んでいる。

 HMT-64重主力戦車は、40口径175㎜魔導火薬複合方式滑腔砲を搭載した大型の戦車だ。

 90tにもなる巨体を3000馬力級エンジンで振り回す、中央州最強の戦車である。

 LMT-74軽主力戦車は、60口径125㎜魔導式滑腔砲を搭載した、重量45tの戦車だ。

 45tという重量は、戦車としてはそこまで軽くはないが、HMT-64と比べれば確かに軽い。

 この2車種は、重く強力なHMT-64とそれを補助する軽量かつ運用しやすいLMT-74という形で運用されている。

 どちらも平原での機動戦に特化しており、巨大な主砲の割に車高は低く、砲の可動域は狭いと聞く。

 大盾要塞の周囲は広大な平原が広がっているため、そこを進んでくる敵戦力と戦うことを想定した編成なのだろう。

 

 そんな戦車たちが並んでいる中、その片隅に、明らかに車高が高く、砲の短い車両がある。

 半球型の砲塔を持った暗いOD色の車両で、砲塔側面にはでかでかと白い文字で『緑のヒヨコ号』と書かれている。

 わかりやすい。

 緑のヒヨコ号は図体こそでかいが、主力戦車と比べると、若干貧弱に見える。

 やはり、主砲がどうしても主力戦車と比べると小さく見えてしまう。

 緑のヒヨコ号の主砲は125㎜砲で、装甲車の主砲としては決して小さくはない。

 だが、主力戦車たちの大口径かつ長大な主砲とは比べるべくもないサイズの主砲だ。

 貧弱に見えるのも、仕方がないだろう。


 エミーリアの車で、緑のヒヨコ号の近くに乗りつける。

 緑のヒヨコ号の砲塔の後方、兵員室の上あたりには、以前は無かったアタッチメントが取り付けられている。

 鈴に頼んで取り付けてもらった、小型車両搭載用の架台だ。

 ここにエミーリアの車を乗せていくのだ。

 エミーリアの車の後方が少しはみ出し、主砲塔の旋回範囲が限定されてしまうが、2両で並んで走るよりは動きやすい。

 主砲の運用は制限されてしまうが、まあ、文明圏を走っていくだけなので、主砲を使う機会もあまりないだろう。

「久しいですな。壮健そうで何よりでござる。」

 そう言い、こちらに軽く手を上げるのは、緑のヒヨコ号の傍らで待っていた作太郎。

 作太郎は、相変わらず黒い着流し姿で、飄々としている。

「久しぶり。そっちこそ元気そうだね。」

 そう、作太郎に声を掛ける。

「はっはっは。アンデッドに元気とは、面白いことを言いますな。」

 作太郎はからからと朗らかに笑う。

「・・・確かに。」

 エミーリアが、ぽつりと、しかし笑い声を滲ませながら呟く。

 和やかな再開だ。 


 車から降り、緑のヒヨコ号にエミーリアの車を搭載する作業を始める。

 本来ならばクレーン等が必要な作業だが、俺とエミーリアと言う戦略クラス超人がいるのだ。

 車は簡単に持ち上がるので、乗せること自体は簡単である。

 作業しながら思う。

 はて、作太郎は強かったが、戦略超人と言える強さなのだろうか?

 そんなことを考えながらでも、車を架台に乗せること自体はスムーズに終わった。

 あとは、車が落ちないように、ロープやゴムバンドで固定するだけだ。


 固定作業をしつつ、作太郎に声を掛ける。

「ところで、この3か月、何してたの?」

 すると作太郎は、からり、と答える。

「彷徨いながら武者修行でござる。」

 予想通りの答えが返ってきた。

「・・・予想通り。」

 エミーリアが、小さく言う。

 エミーリアの呟きに、俺と作太郎は、笑い声をあげる。

 作業に手は動かしながらも、流れる時間は穏やかだ。


 エミーリアの車を搭載し終えて、軍に出発を伝えれば、いよいよ出発だ。

 ちょっとした書類に署名しただけで、出発にかかる手続きは完了だ。

 それ以外の諸々の手続きは、軍の方でほとんどやってくれるらしい。

 時間を見れば、午前11時。

 少し走ったら、どこかで昼食を摂ろう。

 そんなことを考えつつ、砲塔のハッチから上半身を出し、周辺を見渡す。

 この国では、視界の悪い装甲車で公道を走らせるときは、特段の理由が無ければ誰か一人が見晴らしのいい席で周辺を視察することが義務付けられている。

 特段の理由は、主に戦闘や気象災害時などだ。

 今は戦闘中ではなく、天気もいいので、視察は必須である。

 現在の運転手は作太郎で、視察員は俺。

 エミーリアは兵員室で休憩しつつ、体内に格納した荷物を整理している。

「周辺に障害物無し。動かしていいよ。」

 周辺を確認し、マイクを通して作太郎に緩く伝える。

 仕事中ならば「緑のヒヨコ号、前進。」とでも言うが、仕事中ではないので、これくらい緩い伝え方でもいいのだ。

 俺の声が伝わったようで、緑のヒヨコ号が軽く震えると、前進を始める。


 緑のヒヨコ号はゆっくりと車両基地を抜け、公道に合流。

 公道に合流した緑のヒヨコ号は、ぐんぐんと加速する。

 緑のヒヨコ号の最高速度は時速90㎞。

 公道の車の流れにも、問題なくついていくことができる。


 顔に風を受けながら、想いを巡らせる。

 家に着くまで、あと数日。

 無事に帰りつくまでが冒険、とは言うが、文明圏内で戦略超人が傷つくような事態は、ほぼほぼ起こらない。

 帰るまでの数日は消化試合みたいなものだ。

 その数日で、今回の冒険は、終わるのである。



 さあ、家に帰ろう。



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