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青い星にて戦士は往く  作者: Agaric
第7章
202/208

第25話 核の行き先


「核は、メタルさんを、怖がってますね。」


 ・・・なるほど?

「核にも、感情があるのだな・・・。」

 意外過ぎることに直面し、複雑な感情を渦巻かせたような声色で、ナターリアが呟く。

 今まで、ただただ敵として、なんなら天災として赤い宇宙を見てきた過去があるナターリアとしては、複雑な気持ちにもなるのかもしれない。

「感情と言うか、生存本能のようなモノではないか?」

 そう言うのは、覇山。

 確かに、俺も戦っている時には生存本能的なモノは感じた。

 だが、それだけでもなさそうなモノを感じたのも事実だ。

「いや、戦う前の動きとか見てれば、本能だけじゃなく、感情はありそうだったよ。」

 戦う前に俺を値踏みするように動いたり、会話を試みてくるのは、感情があるということではなかろうか?

 そういったことを伝えると、覇山は、少し唸り、口を開く。

「む・・・そうか。私が戦った時は、いきなり戦闘になったから、そう言った動きは見なかったな。」

 なるほど。

 覇山は様子を見られたりしなかったのか。

 もしかしたら、核は、初見時点では俺よりも覇山に対して警戒心を抱いたのかもしれない。

 まあ、わからなくもない。

 覇山の魔眼は、世界の因果を捻じ曲げるほどの特殊かつ強力な力を持っている。

 ただ力が強いだけの俺よりも脅威に見えるのは、そのとおりだろう。

「もしかしたら、我々が干渉したことで、感情が芽生えたのかもしれません。」

 そう言うのは、鈴。

 俺が訝し気な表情でもしていたのか、続けて鈴が解説してくれる。

「ここからは完全に私見でしかないのですが・・・。」

 感覚からくる私見だと前置きし、鈴は語りはじめる。


 赤い宇宙はこれまで、外敵というモノが存在しなかったと考えられるのだという。

 これまで、赤い宇宙の周囲に浮かぶ宇宙は、全て自分の食糧であり、ただ、それを喰らって自身を大きくしていくだけだった。

 まるで生態系の頂点、いや、それ以上に絶対的な立場。

 外敵、という概念すら無かったのだろう。

 そのため、赤い宇宙は、恐怖という感情も知らなかった。

 そもそも、それまで、感情があったのかも疑わしい。

 そこに、俺という、自身の存在を脅かす存在が、唐突に現れたのだ。

 そして、俺と戦い、初めて、消滅の危機に瀕した。

 その時、核の内部に、消滅への忌避感が生まれた。

 鈴は言う。

 

 それはもう恐ろしかったに違いない、と。


 消滅への忌避感に従い、異物を排除しようとした核。

 しかし、俺を排除することはできなかった。

 排除できないどころか、ついに、俺は赤い宇宙を崩壊させ、核をここまで小さくしてしまった。

 俺としてもかなり厳しい戦いだったが、核にとってそれは関係が無い。

 核から見れば、俺は、自身が取りうる全ての手段で排除しようとして、それが叶わなかった相手なのだ。

 核にとって、俺が恐怖の対象になったと考えるのは自然ではないかと、鈴は言う。

「逆に言えば、メタルさん以外には恐怖を感じていないので、核はメタルさんにだけ反応し、逃げようとしているのでしょう。」

 鈴はそう言い、締めくくった。

「なんで、俺以外に恐怖を感じていないんだ?」

 疑問に思ったことを鈴に訊けば、鈴は、恐らく、と前置きして答える。

「何もわからないからでしょうね。」

 何もわからない?

「今、この部屋にいる私を含めた5人のうち3人は、今の状態の核なら確実に消滅させることができます。」

 俺とエミーリア、覇山、鈴、ナターリアの5人は、核を囲んで会話している。

 そのうち3人と言うことは、俺とエミーリア、覇山のことだろう。

 鈴でも核を消滅させることはできそうな気はする。

 まあ、鈴は冷静に自己評価をするので、『確実』に消滅させることはできない、ということなのだろう。

 鈴の言うことが正しいなら、核は3人もの脅威に囲まれていることになる。

「しかし、核にはそれを知る術はありません。今、核は何もわからないところにいるのです。」

 鈴曰く、この宇宙のことを、この核は何も知らない。

「加えて、力を失いすぎていて、外部の観測も不完全なのでしょう。」

 外部の観測が不完全なので、直接戦って核を下した俺以外が、どれほどの力を持っているのか知ることができないのだ。

 一度戦ったことのある覇山相手にも恐怖しないのは、覇山を観測しきれていないからなのだろう。

 その中で、俺だけは分かるので、直接の恐怖の対象として、逃げようとするのだと、鈴は言う。

 戦いに負けた上に、何もわからない状況になっている。

 それだけ聞けば、とても可哀そうな気がしてくる。


「ま、そのあたりは、今回の本題ではありません。」


 鈴が、急に話を変える。

 鈴から引き継ぐように、覇山が口を開く。

「メタルよ。この核を、どうする?」

 ・・・俺?

 俺が決めるのか?

 宇宙の核の扱い方など、知らない。

 そんな俺が核の行く末を決めていいのだろうか?

「俺が決めていいのか?宇宙の核の扱い方とか、知らないぞ?」

 俺がそう問えば、覇山と鈴は、深く頷く。

 そして、鈴が口を開く。

「そもそも、宇宙の核の扱い方など、誰も知りません。」

 それもそうか。

 覇山と鈴は俺に託すつもりのようだが、ナターリアが、不服そうな顔をしながら、口を開く。

「私は、メタルなどに任せず、消滅させてしまえばいいと言っているのだが・・・。」

 ナターリアは、そう、不満そうに言う。

 それも手だろう。

 核の現状を可哀そうには思うが、強大な敵だったことに変わりはないのだ。

 後の不安要素を取り除くのも、ありか。

 そんなことを考えていると、覇山が口を開く。

「どうするにしろ、決めるのはメタルだ。それが勝者の権利にして、義務だ。」

 むう、そう言われると、そのとおりだ。


 この星において古来より育まれ、現在も広い範囲に浸透している価値観に、勝者は敗者の処遇に対して権利と責任を持つ義務がある、という考えがある。

 古来より原生生物相手との争いが多かったこの星において、文明同士の無駄な争いを避けるために根付いてきた考えである。

 簡単に言うと、敗者から勝者が搾取しておしまい、ではなく、敗者のその後について勝者は責任を持たなければいけないという考えだ。

 例えば、敗者から財産を搾取して、敗者がその搾取を苦にして犯罪を起こした場合、必要以上の過剰な搾取をしたとしてその境遇に陥らせた勝者も責任を負うことになる。 

 戦いに勝ったとしても将来的に責任が発生するので、不必要な争いを避けることにそれなりの効果を発揮している考えである。

 この考えに則った場合、俺は、赤い宇宙の核に対して責任を負う義務が生じることになるのだ。


 さて。

 とはいえ、この核、どうしようか・・・。

 というか、この核の欠片、安全なのだろうか?

「急に復活したりはしないかな?」

 そう訊いてみれば、ナターリアが口を開く。

「今すぐに何かある、ということは無いだろうな。」

 ナターリア曰く、この3か月間、鈴とナターリアは一緒に核の解析を進めていたそうだ。

 その解析と、そこから得られたデータからの予測によると、外から莫大な力を核に投入しない限り、急に復活する可能性はとても低いのだという。

 現在の核は、自身を維持しつつ、機能をゆっくりと回復させている状態だと考えられるそうだ。

 ある程度機能を復活させ、外から力を吸収できるようになったとしても、自身の宇宙を展開できるようになるには、億単位の年月がかかると想定されるそうである。

「ということなので、急に復活する可能性は低いかと。」

 ナターリアと一緒に説明を進めていた鈴が、そう締める。

 赤い宇宙の専門家であるナターリアと鈴が言うならば、ある程度信頼できるだろう。

 ということは、核をどうするか考える時間的余裕は、十分にあることになる。


 ならば、一度、持ち帰ってみるか。 

 持ち帰って、いろんな人に相談してみよう。

「じゃあ、一回持って帰っていいかい?」

 俺は、そう提案してみる。

「ええ。問題ありません。」

 鈴は、すんなりと俺の提案を受け入れた。

「・・・仕方ないか。」

 ナターリアは不服そうな表情をしているが、しぶしぶ納得したようだ。

「うむ。メタルの元にあれば、安心であろう。いざという時にも、負けることはあるまい。」

 覇山はそう言って、腕を組んで頷く。

 考えてみれば、俺は、核が万全の状態で勝てたのだ。

 例え今後戦うことになったとしても、満身創痍の状態から復活した程度のタイミングならば、過剰に恐れる必要はない相手だろう。

 

 俺は、核を手に取る。

 核は、逃げるようにピクリと動くが、すぐに、動かなくなる。

 なんとなく、分かる。

 恐怖こそあれど、無駄な抵抗をする力も残っていないのだ。

 観念したのだろう。


「では、核はお預けしましたし、次の処理ですね。」

 鈴が、話を進める。

 核は、最も大きな処理しなければいけない事項だったのだろうが、それ以外にも、たくさんの事後処理が待っているのだ。

「以降の話は、他の関係者も含める必要があります。部屋を移動しましょう。」

 そう、鈴に促され、部屋を移動する。

 俺は、核を手に持ったまま、鈴に訊く。

「ねえ、核のケースとか、ない?」

 流石に剝き出しで持ち運ぶのも、なんだか心許ない。

 しかし、鈴は首を振る。

「無いですね・・・。袋、使います?」

 そう言い、鈴は机の引き出しから、白っぽいビニール袋を取り出す。

 食料品店か何かのレジ袋である。

「こんな袋でいいのか・・・?」

 俺が思わず言うと、鈴は頷いた。

「はい。安定していますから、どんな袋でも大丈夫かと。」

 えぇ・・・。

 なんだか、核が哀れに思えてきてしまった。

 だが、それ以外に入れることができる容器はない。


 俺は、仕方なく、鈴が取り出したスーパーのレジ袋に核を入れる。

 宇宙の核がスーパーのレジ袋に入れられる様を、ナターリアが何とも言えない表情で見ていたのが、印象的であった。 


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