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青い星にて戦士は往く  作者: Agaric
第7章
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第23話 退院

 現歴2265年10月5日 午前10時


 赤い宇宙との戦いから、3か月。

 夏は過ぎ、秋が深まっている。

 大盾要塞は四季がしっかりある地域に位置しているため、要塞の上から景色を見れば、秋めいた景色が広がっていることだろう。

 だが、大盾要塞内にある軍病院の個室には、換気扇はあるが窓が無い。

 さらに、エアコンの性能も優れており、気温と湿度も一定である。

 そのため、要塞としての防御力と患者の体調を重視した結果なのだろうが、季節感は皆無だ。

 どうしても、少しの物足りなさは感じてしまう。

 唯一、季節を感じられるモノは、花瓶に生けてある植物くらいか。

 一応、その植物は、今は秋の花が生けてあり、申し訳程度に季節感を演出している。

 

 そんな季節感をほとんど感じられない病室。

 俺はベッドに横になり、ベッドの傍らには医師がいた。

「ふーむ。驚くべき回復力ですね。」

 医師は、感心したような口調で、言う。

 医師の手には、俺のレントゲン写真。

「あの状態からここまで短期間に回復できるとは・・・。」

 レントゲン写真に写っている俺の骨は、ぱっと見ではどこにも損傷は無い。

 それもそのはずで、この3か月でほとんど治っているのだ。 


 医師が驚くのも無理はない。

 赤い宇宙との戦いで俺が受けたダメージは、それほど大きなものだった。

 戦闘中の気が張っていた状態でも、その部位を動かせなくなるほどの大怪我がいくつかあった。

 赤い宇宙から嫌な位置に攻撃を受けた左脚は、脚の付け根部分の大腿骨が粉砕されていた。

 加えて、砕けている部分以外の骨も複数個所折れていた。

 医師曰く、粉砕している大腿骨の付け根以外の部分は、上腿の骨が3か所、下腿の骨が4か所折れていたそうだ。

 こっちの宇宙に帰ってきてバランスを崩して腰を下ろしてしまったのは、この左足のダメージが原因だったのだ。

 他にも、肋骨が折れたことも覚えている。

 赤い宇宙から空間ごと捻じ曲げられ、肋骨が嫌な音を立てて何本かまとめて折れていったのだ。

 肋骨が複数本まとめて折れるのは過去にも何回か経験したことがあるが、何回経験しても嫌な感覚なのは変わらない。

 右の前腕の骨も折れていたそうだ。

 戦闘中は気にならなかったが、いつ折れたのだろうか?

 まあ、折れた骨を筋力で無理やり保持することは、できる。

 普通はそんなことはできないが、そこは超人としての筋力が成せる業だ。

 筋力で保持できていたので、戦闘中は気付かなかったのかもしれない。

 だが、左脚は、筋肉で保持しきれなかった。

 骨が粉砕するほどの力を受けて、筋肉自体にも大きなダメージが入っていたからだろうか。

 もしくは、戦闘が終わって気が抜けていたからかもしれない。

 それら以外にも、裂傷や打ち身は無数にあった。

 特に、額の裂傷からは、目に血が入ってくることで戦闘中煩わしかった覚えがある。

 そのような感じで、一応、即座に命に関わる怪我こそ無かったが、後遺症等が心配されるほどの重症だったのは確かだ。

 そして、俺の種は、一応、ヒト種ということになっている。

 ヒト種でこのレベルの怪我が3か月程度で治癒すれば、確かに驚異的な治癒力だろう。


 だが、俺は、正確にはヒト種ではない。

 数百年どころか、数億年単位で昔のヒト型の種で、現生のヒト種とは異なる種なのだ。

 まあ、非常に近い種であり、食べ物や化学物質の禁忌もほぼ同じため、ヒト種とみられても問題は無いのだが。

 俺の種の特徴の一つに、ヒト種よりも治癒力が高いことがある。

 即座に治癒、と言うわけにはいかないが、一般的なヒト種よりも治癒速度は早い。

 また、欠損した四肢等も、時間を掛ければ再生する。

 そのため、俺も治癒力が一般的なヒト種よりも高いのだ。


「では、今日はギプスを外して、体調が大丈夫そうならリハビリに移りましょう。」

 医師が、言う。

「じゃあ、ギプスはもう外してもいいんですか?」

 俺がそう問えば、医師は頷く。

 よっしゃ。

 ギプスの中も、いい加減痒くなってきて、煩わしかったのだ。

 右手のギプスに左手をかけ、引っ張る。

 ギプスは、バキ、と音を立てて、割れた。

 ふむ。

 そこそこ硬いが、まあ、簡単に壊せる程度だ。

 次に、左脚に力を入れる。

 急激に膨張した筋肉に耐えられず、ギプスに罅が入る。

 その罅に手をかけ、ギプスをバキリバキリと割り開く。

 簡単に、ギプスは取れた。

「何をしているんですか!」

 肋骨を固定しているバンドを剝がそうと手をかけると、医師に止められた。


 ・・・その後、がっつりと怒られてしまった。

 まあ、勝手に治療器具を外したのだから、当然だろう。

 反省しよう・・・。


 ギプスを外した後は、身体検査と簡単なリハビリを行った。

 その結果、長期間のリハビリの必要はない、ということになった。

 3か月間動けなかったことで、相応に鈍っているところはあれど、日常生活に支障がない程の能力低下は無かった。

 そのため、1時間ほどかけて簡単に体の動きを確認して、終了となった。



*****


 現歴2265年10月6日 午前10時



 大盾要塞にある軍病院の出口に向かう。

 強化ガラス製の自動ドアをくぐると、秋特有の涼しい空気が、肌を撫でる。

 3か月ぶりの屋外の風は、心地よい気温だった。



 退院だ。



 日の当たる場所に出れば、秋の柔らかな日差しが、3か月間室内にいた体を、優しく照らしてくれる。

 天気は快晴。

 身体を動かせば、少し暑いと感じるくらいの気温だ。

 だが、ゆっくりと歩く分には、心地よい。

 俺の傍らには、エミーリアが付いてくれている。

 鈴が、エミーリアに病院近くの部屋を確保してくれており、俺が入院している間、エミーリアはその部屋に住んでいた。

 その部屋から、毎日、見舞いと身の回りの世話のために、病院に通ってくれていたのだ。

「車、あそこ。」

 エミーリアが指さした先には、小さくて丸みを帯びた、白い乗用車が停まっている。

 この星でよく見る、ベストセラーの小型乗用車だ。

 どうやら、この3か月の間に購入したようである。

 まあ、戦闘旅客として稼いできた金は、十分にあるので、小さな乗用車くらいならば、問題なく買うことができるだろう。

 やはり、車はあると便利だ。

 

 車に荷物を積み、乗り込む。

 運転はエミーリアだ。

 この後は、現在エミーリアが住んでいる、これから少しの間二人で住むことになる部屋に向かうことになる。

 5日後には、今回の赤い宇宙騒動の事後処理や顛末を聴くために、軍に出向くことになっている。

 すぐにも集まらないのは、関係者に元帥クラスの者が多いため、退院に合わせることができなかったのだ。

 まあ、俺にもいくつも整理が必要なことがある。

 5日間の時間は、むしろありがたいくらいだ。


 そんなことを考えながら、俺は、エミーリアの手慣れた運転に揺られ、大盾市内を移動していくのだった。


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