第9話 3か月前の真相
リコラは、ひとまずこちらを信用したのか、護身用の剣をしまう。
ジビキガイも、こちらに敵わないとわかっているのか、大人しくしている。
「外で立ち話するのもあれだろう。こっちに来てくれ。」
リコラに言われるまま、要塞の向かって左端部分に向かう。
そこは、壁が一か所崩れており、中に入れるようになっているようだ。
中に入ると、10畳くらいの広さの空間がある。
何かの倉庫か、迎撃用の部屋だったのかもしれないが、入口は崩落して完全に塞がっている。
今入ってきた穴以外からは入れないようだ。
その部屋には、焚火の跡と草を敷いただけの簡素な寝床などがある。
部屋の一部は丸く凹んでいる。
「・・・まあ、何もないところだが・・・。」
そう言い、リコラは枯草の山に腰掛ける。
ジビキガイは、器用に壁の穴から部屋の中に入り込み、丸く凹んだ場所に貝を落ち着かせる。定位置のようだ。
とりあえず、俺とコニカは、腰掛けるのにちょうどいいサイズのがれきに腰掛ける。
「改めて、自己紹介しよう。緑クラス戦闘旅客のリコラだ。よろしく。」
リコラが自己紹介すると、ジビキガイも貝を開いて、リコラに続く。
「ワタシハ、ジビキガイヘンシュノ『ビッキー』ダ!ヨロシクナ!」
ジビキガイ改めビッキーは、大変元気がいい。
ビッキーは太ももあたりからは貝の中身と一体化しており、腰に当たる部分と胸に当たる部分には、布を巻いている。
ビッキーという名前は、リコラが付けたそうだ。
いろいろあってリコラになつき、2人で生活しているとのことである。
「お前たちは、何者だ?」
リコラが、こちらに問う。
「ああ、俺はメタル=クリスタル。青鉄旅客だよ。」
そう言い、旅客証を見せる。
意外なことに、リコラに驚きはなかった。
むしろ、納得したようである。
「エミーリア。緑旅客。」
エミーリアも自己紹介する。
「なに?緑?」
リコラが驚く。
どうやら広場にたどり着くまでにビッキーに監視されていたようで、その時点では、エミーリアの方が強い旅客だと思われていたようだ。
ビッキーから見れば、俺に対してはまだ勝ち目がありそうな感じがして、エミーリアに対しては、生物として勝てない気しかしなかったそうだ。
まあ、俺は力を抑えているので、そう見えて当然だろう。
その評価をビッキーから聞いていたリコラは、俺が青鉄クラスなのを見て、てっきりエミーリアも青鉄クラスだと思ったらしい。
互いの自己紹介も終わった。
落ち着くために、火をおこし、持ってきたお茶を沸かす。
全員にお茶を配る。
「じゃあ、どこから話そうか・・・。」
お茶を飲んで落ち着いたのを確認して、リコラの話が始まった。
3か月前の要塞探索は、リコラを含む3人の緑クラス旅客と1人の青クラス旅客のパーティで行われた。
リコラ以外は、いつもパーティを組んでいるようで、仲良さげにしていたそうだ。
リコラは、いつもはソロで活動していたが、青クラス旅客に昇格するために一定以上の難易度の仕事を受けたく思い、この探索に参加したらしい。
青クラス旅客は、物腰の柔らかな男の旅客で、レオンと名乗る槍使いの軽戦士だったという。緑クラス旅客の二人は男のスカウトと女の魔法使いだったとのこと。
3人の人柄は朗らかで、リコラは、これならば安心して仕事ができると嬉しく思っていたそうだ。
しかし、実際に探索が始まると、状況は一変した。
海から見えない広場に着いた途端、レオンが緑クラス旅客達に襲い掛かったのだという。
まず先に女の魔法使いが殺された。レオンによる、背後から一撃だった。
魔法使いは、完全に安心しきっており、反応すらできなかったらしい。
そこから、レオンはスカウトに攻撃を仕掛けた。
スカウトは、緑クラスに昇格したばかりであり、青クラスの戦闘力に対抗できるほどの腕は無かった。
数合打ち合い、リコラが助けにはいる間もなく、そのまま胸を一突きされて絶命。
ここまでで数秒の出来事だったという。
リコラは背後を確認しながら、少し遅れて歩いていたため、助けに入ることができなかったが奇襲も受けなかった。
そのままレオンはリコラに襲い掛かった。
レオンの誤算は、リコラの戦闘力であった。
青クラス昇格を目指すほどの戦闘力を持っていたリコラは、小ぶりな盾と長剣を持ち、防御中心に戦い、レオンに抵抗した。
その戦いは、時間的には短いものの激しく、お互いに傷だらけになり、満身創痍の状態だったいう。
しかし、少しの隙を突かれ、リコラも膝をつくことになった。
そこでリコラは異様なものを見た。
レオンがかざした手から発せられた赤い光がスカウトと魔法使いを包み込み、その光が晴れると、そこには、武具も含めて何も残っていなかったのだ。
そして、レオンの威圧感はどことなく強くなっているように見えたという。
レオンは、リコラが生きているのに気づいており、自分を苦戦させたリコラをあえて後回しにしていたようだ。
いよいよ、リコラに対して手がかざされそうになった時、レオンに対してビッキーが襲い掛かった。
ビッキーは、最初は静観するつもりでいたが、レオンが発した赤い光に本能的な恐怖を覚え、外敵を排除しようと攻撃を仕掛けたらしい。
レオンは完全に不意を突かれ、わき腹にジビキガイからの一撃が入る。
レオンはビッキーに対抗しようとするが、ビッキーはその時点でかなり強かったため、レオンの実力では戦いにならず、撤退していったそうだ。
たしかに、俺が戦った感じでは、ビッキーは、赤熱銅クラスの旅客でないと、まず戦いにならないだろう。青クラスでは話にならない。
リコラはその後、ビッキーに助けられ、どうにか今日まで生き延びていたらしい。
「正直、メタルさんたちが来てくれて、助かった。」
リコラは、そう言う。
どうやら、食糧が乏しく、このままでは長くはないと思っていたとのことだ。
そして、レオンが再び来るかもしれないと恐れてもいたようだ。
「レオンが来たら、私は次こそ死んでしまうだろうな。」
リコラは、痩せ細って節くれだった手を見つめながら、寂しそうにつぶやいた。
リコラがそう言った瞬間、俺は抜刀し、リコラに対して、剣を突き出した。
響く金属音と、突き出した剣に硬い感触。
「なっ!?なにを!?」
リコラとビッキーが驚愕している。
そりゃそうだろう。いきなり、ある程度信用していた目の前の男が、自分に向かって剣を振るったのだから。
だが、俺が剣を突き出さなければ、リコラは死んでいた。
リコラの上に赤い亀裂が現れ、そこから男が急襲してきたのだ。
リコラに攻撃を仕掛けた男は、大きく跳び退き、部屋の入り口に立っている。
逆光で、表情はわからない。
「ああ。面倒くさいですねぇ。」
その右手には、短槍。
左手には、赤い亀裂のような模様。その模様は、光っているわけではないが、なぜか逆光でもくっきりと見える。
その男を見て、リコラが、苦々しい声を上げる。
「レオン・・・!」
あの男が、話にあったレオンか。
・・・解放、10。
皆に、気取られないように、力を開放しておく。
なんだか、危険そうな感じだ。
レオンが、口を開く。
「いやあ。驚きましたよ。青クラスの僕が失敗した仕事を受ける人がいるとは。」
そう言いながら、こちらに槍の切先を向ける。
「あなたを吸収すれば、もっと、強くなりそうですね。」
レオンがそう言った瞬間、こちらに向けていた槍先が、赤い霧の中に消える。
槍の穂先は・・・リコラの背後か。
俺を注目するようなセリフを言い、リコラから注意を逸らしたようだ。
力を解放した視界には、リコラの背後に赤い亀裂が現れ、突き出されてくる槍が、スローモーションで見えている。
とりあえず、その槍を剣の腹で叩き、穂先の軌道を変える。
「・・・なに?」
レオンが、怪訝な顔をする。
そして、リコラとビッキーは、何が起こったのかわかっていないような顔だ。
エミーリアは、いつも通りの無表情な目線で、こちらを観察している。
「甘いな。その程度の速度で、俺を出し抜けると思うなよ?」
そう言いつつ、レオンを蹴る。
レオンに接触した足から、衝撃がスッと抜ける。
ほう。
防ぎながら、背後に跳んで衝撃を逃がしたか。
レオンは、今跳び退いたことで、部屋から出て、要塞前広場に出ている。
「・・・ああ、面倒だ。」
レオンがボソッと呟いたのが、聞こえた。
その声を無視して、俺も部屋から出る。
剣と盾を構え、レオンを見据える。
明るい中で見たレオンは、若い旅客であった。
金髪を短く切り込んでおり、切れ長の目は、冷静さを感じさせる。
穏やかな表情をしていれば、さぞ知的に見えるのだろう。
だが、今は、気だるそうな表情をしている。
レオンが、ぶれるように、消える。
そして、瞬きほどの時間で、目の前に槍の切先が迫っていた。
首を傾け、躱す。
そして、目の前に来ているレオンに喧嘩キックを繰り出す。
手ごたえ(足ごたえ?)が無い。
レオンは、こちらの蹴りの範囲外まで跳び退いている。
「当たりませんよ。そのスピードじゃ。」
そう言いながら、再びレオンがぶれる。
少し屈むと、首のあった位置を、短槍が横切っていった。
半歩、身体をずらせば、胸があった位置に、槍が突き出される。
そのまま大きく一歩下がり、突き出されたまま横薙ぎに派生した攻撃を避ける。
振り下ろしは、盾で受け流し。
振り上げは、剣で合わせて逸らす。
大変早い攻撃だった。
五撃全てで0.1秒もかかっていない。
青クラスどころの強さではない。
だが、遅い。
レオンが、距離を離す。
その表情には、変化はない。
「当たらないぜ?そのスピードじゃ。」
そう言い、ニヤリと笑って、煽ってみる。
正直、レオンの速度には、いくらでも対応できる。解放2か3で足りるくらいだろう。
だが、どうも、レオンは実力を隠している。先ほどの赤い亀裂からの攻撃を使っていないし、それ以外にも、何かありそうだ。
その状態で、攻めるのは得策ではない。
「・・・そのようですね。」
レオンは、落ち着いている。
煽っても全く堪えていないようである。
それどころか、ニヤリ、と、赤い口を開いて、嗤って見せた。
「では、私の糧になってください。」
レオンがそう言った瞬間、両足に、焼けるような痛みが走る。
咄嗟に足元を見れば、足元が真っ赤に染まり、俺の両足を足首まで飲み込んでいた。




