第22話 脱出と入院
俺は、赤い宇宙と俺たちの宇宙を繋ぐ亀裂に飛び込んだ。
周囲の景色が、一瞬で変わる。
視界に飛び込んでくる、灰色の天井。
赤い宇宙側からも見えた、大盾要塞の天井だ。
そのまま、俺の身体は術式に引っ張られ、赤い亀裂の上へと投げ出される。
掴んでいた術式が、解けるように手の中からすり抜けていく。
身体を引っ張ってくれるモノは無くなったが、飛び出した角度が斜めなので、このままの軌道で亀裂の外側に着地できる。
身体を捻り、空中で態勢を立て直す。
体勢を立て直すために身体を回したので、周囲の様子が目に入る。
まず、目に入ったのは、エミーリア。
エミーリアは目を閉じ、何かに集中している。
俺が掴んでいた術式を操作を操作しているのだろう。
次に、鈴が真剣な表情で俺を見ているのが、見える。
他にも、周囲の人々の表情は、驚きや喜びなど、様々な表情をしているのが見える。
身体を翻し、大盾要塞の硬い床の上に、着地。
無事、帰ってくることができた。
「メタル!」
俺の姿を見たエミーリアが走り寄ってくる。
俺も、エミーリアに近寄ろうと、足を踏み出す。
その瞬間、いきなり、視線が下がる。
「お、おっ・・・?」
膝に力が入らない。
崩れるように、腰を下ろしてしまう。
視線を下げれば、俺の身体はボロボロだ。
ぽたぽたと、赤い液体が足元に垂れている。
「衛生兵!」
鈴が、叫ぶ声が聞こえる。
エミーリアが心配そうな、悲痛な表情で、俺の手を握る。
「悪いね。」
俺がそう言えば、エミーリアは目に涙を溜めながら、首を振る。
「大丈夫だから。」
そう言って宥めるが、エミーリアの表情は悲痛なままだ。
そうか。
結構酷い怪我をしているからなぁ。
心配させてしまって、なんだか悪い気がする。
ああ、しかし、体中が痛い。
ここまでのダメージを負ったのは、かなり久しぶりだな。
完治まで、どれくらいかかるだろうか?
床に腰を下ろしている俺に、衛生兵が駆け寄ってくる。
「メタルさん、こちらへ。」
衛生兵が、担架に横になるように促してくるが、首を横に振る。
「ちょっと待って。見届けないと。」
そう言い、赤い宇宙への入り口に目を向ける。
できたら、立って見届けたかったが、立ち上がる力は残っていない。
俺の傍らに寄り添っていたエミーリアも、俺の視線に釣られて、赤い宇宙へ目線を向ける。
「・・・崩壊は、止まらないようですね。」
鈴の声が聞こえる。
鈴は、俺たちから少し離れた場所で、赤い宇宙を見つめている。
亀裂の向こう側では、相変わらず無音で赤い宇宙が崩壊していっている。
亀裂から見える範囲は、もう、8割ほどが黒くなっている。
次第に、赤い宇宙への亀裂が、閉じていく。
赤い宇宙が崩壊したことで、この宇宙への接続を保てなくなっているのだ。
赤い宇宙への亀裂は、1分ほどで、完全に閉じてしまった。
亀裂があった場所に残ったのは、亀裂があったことによる空間の歪みのみであった。
これで、赤い宇宙は終わったのだろう。
ほっとしたら、身体から力が抜ける。
「じゃあ、治療を・・・お願い・・・します。」
そう、衛生兵に頼む。
なんだか、喋るのも億劫になってきた。
衛生への手を借り、担架に身体を横たえる。
身体を横にすると、少し、楽だ。
思わず、眼を閉じる。
ふわりと浮く感覚。
担架が持ち上げられ、運ばれているようだ。
運ばれる揺れが心地よく、意識が遠のく。
ここまで来れば、安心だ。
俺は、欲望に逆らわず、意識を手放した。
*****
意識が、覚醒する。
自然と、眼が開く。
白い天井が目に入る。
・・・右目は何かに塞がれているようで、左目でしか見えない。
視線を回そうと、首を動かす。
痛い。
首を動かすだけで、上半身のいろんな傷に響く。
傷だけではなく、筋肉痛にもなっている。
いや、筋肉痛も、ある意味傷か?
そんなとりとめもないことを考えながら、痛みに耐えつつ、視線を動かす。
すると、ベッドの傍らにいる人物が、視界に入った。
エミーリアだ。
エミーリアは、俺のベッドの隣に置いてある椅子に座っている。
エミーリアと目が合う。
「・・・おはよう?」
俺がそう言えば、エミーリアは小さく頷き、口を開く。
「・・・おはよう。」
エミーリアの表情は変わらない。
変わらないまま、一筋だけ、涙が頬を伝った。
「心配させちゃったか。」
そう言えば、エミーリアは頷く。
「ごめんな。」
そう言えば、エミーリアは首を振る。
エミーリアは、おずおずと俺の掌を握る。
少し傷に響くが、その痛みが、生きていることを実感させてくれる。
俺は、勝ったのだ。
勝って、生き残った。
そして、エミーリアの隣に、帰ってくることができたのだ。
改めて、実感が湧いてくる。
エミーリアが、俺の傷に響かないように、そっと身を寄せてくる。
エミーリアは、しばらくの間、声も上げず、身を寄せたまま、ハラハラと涙を流したのだった。
*****
エミーリアは、涙が引いてからも、俺のベッドの傍らに座っていた。
特に何をするわけでもなかったが、心地よい時間ではあった。
エミーリアが落ち着いた後、首を動かして部屋を確認した。
個室だが、装飾のほとんどない、白と灰色のみで構成された質実剛健なデザインの部屋だ。
この質素さは、軍の病院だろう。
赤い宇宙と接続していた場所は、この大盾要塞沖合の、古い小さなコンクリート要塞が建設されていた小島だった。
だが、この部屋は、古い要塞の病室とは思えない、綺麗で整った病室だ。
おそらく、大盾要塞の本要塞にある軍病院である。
どうも、意識を手放した後、ここへ搬送ようだ。
俺や覇山の怪我は酷かったため、あの小島では、医療施設が不足していたのだろう。
身体を確認して見れば、身体のいたるところが包帯やギブスでぐるぐる巻きになっている。
体の一部から感じる引き攣ったような感覚からすると、縫った場所もそれなりにありそうだ。
幸い両腕は無事だったが、あばら骨等をやられたため、腕をあまり大きく動かせば、痛みが走る。
自分の状態を顧みて、ダメージの大きさを実感する。
治るまでは、しばらくかかりそうだ。
ダメージのためなのか、身体が休息を求めているからなのか、すぐに眠くなってくる。
思わず、あくびを一つ。
「ちょっと、寝ようかな。」
エミーリアにそう伝えれば、エミーリアは小さく頷く。
「・・・おやすみなさい。」
俺は、エミーリアの言葉に頷くと、睡魔に抗うことなく、眼を閉じるのだった。




