第20話 崩壊
核が、割れた。
核が割れると同時に、赤い宇宙にも、宇宙自体を真っ二つにするような巨大な亀裂ができた。
赤い液体の動きは止まり、周囲から圧力もかからなくなった。
手元に目を落とす。
核は、6対4くらいの大きさ比で真っ二つになっている。
力づくで引き千切るように割ったので、綺麗に割れているわけではない。
断面を中心に無数の亀裂が入っており、痛々しい見た目だ。
俺の周囲には、割った時に飛び散った核の破片がいくつも浮かんでいる。
核は、小さく震えている。
まだ、動くことができるのだろうか?
そう思って見ていれば、数秒ほどで、核の震えは止まる。
そして、核は、ぼろぼろと崩れるように、ゆっくりと崩壊を始めた。
崩壊してできた破片や、周囲に浮いていた破片は、空間に溶けるように霧散し、消えていく。
同時に、核の崩壊とリンクするように、赤い宇宙も崩壊を始めた。
戦闘で生じた無数の亀裂を中心に、崩れるように崩壊していく。
崩れて広がった亀裂は、赤い空間を、飲み込んでいく。
その見た目は派手だが、大きな音は、一切鳴らない。
先ほどまでの激しい戦闘が嘘のように、静かだ。
元々、崩壊が決まっていたかのように、粛々と。
生き物の寝静まった深い夜のように、静謐に。
静かに、宇宙は、崩壊していく。
その光景に、しばし、見惚れる。
・・・。
・・・・・・。
・・・・・・・・・。
宇宙の崩壊する様など、滅多に見ることはできない。
いや、滅多にどころか、普通は見ることは無いだろう。
思わず、数分ほど見惚れてしまった。
だが、脱出しなければいけない。
この宇宙から脱出しなければ、崩壊に巻き込まれる。
頭では、そう考えている。
だが、俺の勘は、一切警鐘を鳴らしていない。
俺の勘は、告げている。
おそらく、この宇宙。
死にきっては、いない。
その勘を信じ、眼を閉じ、宇宙の崩壊とそれに伴う力の流れ、そして、核の力の増加を感じてみる。
・・・。
・・・ふむ。
宇宙のエネルギーの大半は、崩壊が進むにつれて、宇宙の外、何もない空間に流出している。
崩壊を続ける核からも、膨大な量のエネルギーが、流出を続けている。
核が宇宙を維持できなくなったので、その流れを邪魔する者は、いない。
一つの宇宙を構成していた膨大なエネルギーは、管理者が不在となったことで無秩序な流れとなり、静かに、しかし止まることなく流れ出ている。
膨大な量のエネルギーが流れているにもかかわらず、その様は、どこか寂寥感すら漂う。
宇宙が、死に行こうとしている、とでも表現すればいいだろうか。
だが、俺が見つけるつもりだった流れは、見つからない。
もう少し、深くまでエネルギーの流れを探ってみる。
すると、少しだけ、秩序のある流れを、見つけた。
これだ。
流れ出るエネルギーの、極一部。
極めて小さい量のエネルギーが、明らかに秩序をもって動いている。
その量は、あまりにも小さい。
荒れ狂う大海原に対する小川のせせらぎのほうがまだ大きい、と言えるような、微細な動きだ。
だが、確実に、制御されて動いている。
その秩序をもって動くエネルギーの流れは、俺の右手にある、核の断片に向かっている。
6対4の大きさ比で真っ二つだった核。
その片方、小さかった方の断片。
そこに、力が流れ込んでいる。
こちらの断片は、まだ、生きているのだ。
実際に、小さかった方の断片は、崩壊が遅い。
大きかった方の断片は、既に半分以上崩壊した。
だが、小さかった方の断片は、まだ8割ほど残っている。
6対4の大きさ比だった断片は、崩壊速度の差で、大きさが逆転している。
核から感じる力は、極めて少しずつだが、大きくなっていっている。
核は、必死に生き残ろうとしているのだ。
理屈で考えれば、ここで止めを刺すべきだろう。
それは、とても簡単だ。
生き残ろうとしている核の断片は、今、俺の右手にある。
この右掌を握り込めば、それだけで、核に止めを刺すことができる。
少し力を入れてみれば、核が、恐れるように小さく震える。
本当に、生き残るだけで精一杯なのだろう。
それほど、弱い存在になったのだ。
宇宙の崩壊速度に対して、核の力の増加率は、あまりにも小さい。
力は大きくなってこそいるものの、その力の大きさは、吹けば飛びそうなほど弱々しい。
この増加率では、宇宙が崩壊しきる時点まで放っておいても、大した力にはならない。
さて、この核、どうしようか?
既に抵抗する力の無い核に止めを刺すのも、なんだか気が引ける。
とりあえず、握り潰すことはせず、手に持っておく。
核も一緒に脱出し、その後の処遇は、脱出してから考えよう。
宇宙の崩壊が進んでいる。
そろそろ、脱出しなければならない。
脱出口は、入ってきたときの亀裂だ。
視線を巡らせて脱出口を探す。
・・・無い。
周囲に、戦闘の時にできた亀裂がたくさんあり、それに紛れてしまって、見つからない。
戦闘で生じた亀裂は黒いが、元の宇宙につながっている亀裂は、そこから元の宇宙が見えるため、黒くないはずだ。
その知識を念頭に、亀裂を再び探す。
・・・・・・見つからない。
脱出口が見つからない。
核は死んでいないため、宇宙は完全に崩壊はしないだろうが、脱出口が消えないとは限らない。
脱出口が崩壊に巻き込まれて消えてしまえば、非常に面倒なことになる。
俺が死ぬことは無いだろうが、脱出までに多大な時間が必要になるだろう。
それだけは避けたい。
そんなことを考えながら脱出口を探すが、やはり、見つからない。
あー・・・。
この状況、どうしたものか・・・。




