第17話 攻撃の術式
「状況は動かせそうですか?」
私は、鈴元帥の言葉に頷く。
そして、口を開く。
「攻撃する。」
私の言葉に、その場にいた人々の表情が、変わる。
その中で、ナターリアだけは、少し納得したような表情をしている。
鈴は、ぶつぶつと何かを呟きながら、顎に手を当て、考え込んでいる。
ナターリアが口を開こうとする。
しかし、それを遮るように、鈴が声を上げた。
「情報が足りません。」
それもそうだ。
「攻撃のエネルギーがこの赤い亀裂、いや、赤色侵略空間に吸収される可能性があるのでは?」
その可能性は、決して捨てきれない。
私は、頷く。
そして、口を開く。
「でも、他の方法を実現するのは、もっと難しい。」
私の言葉に、鈴が、少し悩むような表情をする。
そして、悩むような表情のまま、メモ帳を取り出し、さらさらと何かの術式を描き上げる。
描かれていく術式を見て、ナターリアの目が、驚きに見開かれていく。
しかし、その術式を、鈴はぐしゃぐしゃと線を書きなぐり、消してしまう。
次に、いくつもの式や論理を書きなぐる。
そして、再び、術式を書き上げる。
だが、何かが気に食わないのか、再びぐしゃぐしゃと消してしまう。
それを見ているナターリアの表情は、驚愕に染まっている。
そんなナターリアが、唖然とした様子で口を開く。
「な・・・何故、その論理を知っている・・・?」
その言葉に、鈴はナターリアを見向きもせずに答える。
「知っている?何をでしょうか?今ある情報から組み立てているだけですよ?」
そう答えつつも、鈴の手は動き続ける。
ナターリアは、呆然とした表情でその手元を見つめている。
書いては消し、を繰り返すこと数回。
鈴は苦々し気な表情をしつつ、口を開く。
「・・・確かに、攻撃するのが、現在の最善手のようですね。」
どうやら、鈴は分かってくれたようだ。
鈴に続いて、ナターリアも言葉を発する。
「・・・私が長年かけて構築した理論を、この数十秒で書き殴るような怪物が言っているのだ。そのとおりなのだろうよ。」
ナターリアの言い方に、鈴は少しむっとした表情をする。
「怪物とは失礼な・・・。」
2人は、気の抜けるやり取りをしている。
とはいえ、鈴は納得したのだ。
攻撃の準備を始めよう。
なるべく強く、深く攻撃を行いたい。
膨大な情報の中から、術式を選択する。
剣を抜く。
術式を展開するために、剣の切っ先を用いて、赤い亀裂の周囲の床に溝を刻む。
赤い亀裂を囲んでいる機械は、私が術式を刻むのに合わせて避けてくれる。
移動可能な機械なのは分かっていたが、かなり柔軟に動かせるようだ。
「なるほど。そういう構築ですか。」
しばらくすると、鈴が私が書いている術式を見て、言う。
「援護します。」
鈴が手を動かすと、床に、淡く光るラインが浮かび上がる。
私が思い描いていた術式とほぼ同じものだ。
だが、数か所ほど、直した方がいい場所もある。
「エミーリアさんとナターリアさんは、この術式の修正を。」
鈴が術式の構築を手伝ってくれるようだ。
ありがたい。
「ここと、あそこ。それに、そこ。」
私がそう言うと、ナターリアが私が指示した場所へ行き、そこの術式を書き直す。
赤い宇宙に対して、ナターリアは私と同じレベルの情報を持っている。
術式の書き直しについては、問題なく私の意図を汲んでいる。
「これでいいか?」
ナターリアの問いかけに、頷く。
私が頷いたのを見て、鈴が口を開く。
「では、刻みます。」
鈴がそう言うと、淡く光るラインが、一瞬だけ強く光り、炸裂音が響く。
小規模な爆発で床が浅く抉れ、床に巨大な術式用の溝が刻まれている。
だが、床が抉れた時に出た小石や埃が溝の上に散らばっている。
このままでは魔法陣としては使えない。
「動ける者は残渣の除去を!」
鈴が指示を出せば、技術者や魔術師、呪術師達のうち、動ける者が一斉に掃除を始める。
1分とかからず、術式陣の上は、使用できるレベルで綺麗になった。
鈴は、次の指示を飛ばす。
「クラスA魔導液を充填せよ!」
魔導液。
魔力や魔導子を良く通す液体だ。
クラスAというのはよくわからないが、魔導液の品質だろうか?
鈴の指示に、技術作戦軍の兵士たちが、様々な機材の入ったカートを運んでくる。
その中から、魔導液用の紙パックを取り出し、その口部分に注入用の器具を取り付け、魔導士に手渡していく。
魔導師たちは、手渡された魔導液を溝に充填していく。
魔導液は、充填されるとすぐに固化していく。
充填は手慣れた手つきで行われており、充填密度のムラなどもほぼ無い。
「次、呪符を展開!」
続く指示に、呪術師たちがカートから呪符を取り出す。
そして、その呪符を術式の要所要所に呪符を次々と貼り付けていく。
本来ならば非常に複雑な立体魔法陣を組むべき術式だ。
それを平面で行おうとしているので、術式への負荷が非常に高い。
その高い負荷を補うために、負荷軽減の呪符を貼りつけているようだ。
その動きに一切の迷いはない。
1分とかからず、全ての呪符を貼り終える。
「制御機を取り付けろ!」
更なる指示に、技術者たちが動き出し、術式を制御するための、多くのユニットに分かれた機械を取り付けていく。
小型のエンジンを内蔵している機械のようで、各ユニットごとに独立して動くようだ。
機械は術式の周囲を囲むように取りつけられるモノもあれば、術式内部にアンテナのように取りつけられるモノもある。
どういった原理で術式を制御するのかはわからないが、鈴の満足そうな表情を見るに、悪いモノではないだろう。
「制御機、設置完了!」
その報告に、鈴が頷く。
そして、鈴は、術式を見ながら、その周りをぐるりと一周する。
「・・・よし、不備はないですね。」
最終確認だったようだ。
鈴は、私の方を見て、言う。
「術式作成、完了です。いつでもいけますよ。」
術式は、完成した。
所要時間は10分にも満たない。
出来上がった術式は、私が考えていたよりも遥かに早く完成し、遥かにクオリティが高い。
技術者と魔術師、呪術師、技術作戦軍兵士の皆に、感謝しなければいけない。
鈴が、私を見て、問いかけてくる。
「始動しても?」
私は、頷く。
この術式ならば、いける。
私が頷くのを見た鈴は、声を上げる。
「術式始動!」
制御機に火が入り、そのエンジンが唸りを上げる。
魔術師たちが制御機を経由して魔力を術式に流し込む。
呪術師たちが呪文を唱えると、呪符が鳴動する。
呪符とアンテナみたいな機械が連動し、流れる魔力が整い、一点を除いた術式全体に満遍なく行き渡る。
赤い亀裂に接している一点のみ、魔力は流れ込んでいない。
そして、術式の上部に、半球状の赤みを帯びた空間が展開される。
成功だ。
術式は、正常に起動している。
私は、術式の中に進む。
この術式の内部は、疑似的に、赤い宇宙と同質の空間になっている。
私たちの宇宙と赤い宇宙の間の境界を曖昧にしているのだ。
術式の、魔力が流れ込んでいない一点に、足を踏み入れる。
その瞬間、周囲の音が、消える。
ここは、この疑似的に作り出した空間の中でも、より赤い宇宙に近い部分。
私たちの宇宙から、概念的に遠い位置にあるため、音が届かないのだ。
術式に、私の力を、流し込む。
魔力ではない。
呪力でもない。
それらを全て包括した、私自身の力を、術式に流し込む。
体の中から、何かがごっそりと抜ける感覚。
だが、力を注ぐのは、止めない。
ある程度注いだ時、本能が警鐘を鳴らし始める。
これ以上、力を失うのは、危険だ、と。
だが、止めない。
これも、本能が告げている。
まだ、足りない。
足りるまで、力を注ぎ続ける。
・・・もしや、足りない?
そう思った瞬間、ふっと、身体が楽になる。
どういうことかと思い周囲を見れば、術式の傍らに、エメリア元帥と大鏡元帥が立っている。
エメリア元帥は、私と目が合うと、ふっと微笑む。
大鏡元帥は、私と目が合うと、ニヤリと笑う。
次の瞬間、凄まじい量のエネルギーが、私に流れ込んできた。
二人の元帥も協力してくれている。
これなら、いける。
2人の元帥の力は、凄まじい。
これならば、足りない分を十分に補える。
流し込まれる力を、私の力に変換し、術式に流し込む。
変換で大きなロスは出るが、これは仕方がない。
そのロスを加味しても、十分な量になる。
術式は、私の力を、赤い宇宙に攻撃できる形態に、変換する。
そして、赤い宇宙に吸収されないよう、コーティングする。
変換された力は、私の目の前に凝縮されていく。
力を流し込むこと、数分。
多くの力を流し込んだことで、膝が震えている。
立っているのもやっとだ。
だが、できた。
私の目の前には、細長い紡錘形の、長さ50cm程度の赤い結晶が出来上がっている。
これこそが、赤い宇宙に対する攻撃用の、弾頭。
大きさは、たった50cm程度。
しかし、この中には、赤い宇宙ですら無視できない程の、膨大なエネルギーが詰まっている。
内部には、私の力と、エメリア元帥と大鏡元帥の力が詰まっている。
すべて私の力に変換しているので、内部は紫色のはずだ。
だが、結晶の色は、赤。
赤い宇宙に吸収されないよう、赤い宇宙と同じ波長を持つ空間外殻でコーティングされているのだ。
結晶を、手に取る。
結晶の中で、膨大な力が暴れているのが、わかる。
この結晶は、このままでは5分と経たずに崩壊するだろう。
それほど、不安定なのだ。
だが、それで問題ない。
赤い宇宙に攻撃するには、それだけの時間で、十分だ。
赤い亀裂を見据える。
結晶を構える。
「やああああああああああっ!」
心の底から湧き出した想いを叫びに乗せる。
赤い亀裂に突き刺すように、叩きつけるように。
私は、赤い宇宙に向けて、全力で、結晶を撃ち込んだ。




