第15話 力の奥に
「今こそ、貴様が継いだその力を、使う時が来たのだ。」
ナターリアが、重々しく言う。
今、メタルと赤い宇宙は、完全に拮抗している。
その力の均衡を崩す力を、私は持っている。
確かに、今こそ力を使う時だ。
だが、どう使えばいいのだろう?
赤い宇宙に対して力を使うと言っても、どうやればいいかよくわからない。
この赤い亀裂に攻撃でもすればいいのだろうか?
「どうすればいい?」
元はナターリアの力だ。
ナターリアならば使い方は分かるだろう。
だが、私は、力は馴染んでこそいるが、使い方を習熟する時間は無かった。
私の言葉に、ナターリアが、答える。
「その力の使い方は、力自体に刻んである。」
力自体に・・・?
どういうことだろうか?
「来い。力の使い方を思い出させてやる。」
ナターリアに手招きされるままに近寄る。
近寄っていく私に対し、ナターリアが小さな魔法陣を展開する。
「ナターリアさん。何をする気ですか?」
ナターリアが魔法陣を展開するのを見て、鈴が声を上げる。
当然の疑問だろう。
ナターリアは、一応、味方ではないのだ。
「エミーリアに渡した力を、目覚めさせる。」
ナターリアがそう言えば、鈴は怪訝な表情をする。
鈴の表情を見て、ナターリアが言う。
「なに。悪いことにはならん。」
その言葉を聞き、鈴は頷きながら、言う。
「そうですか。では、問題ありません。」
妙にすんなりと納得した。
そう思っていたら、鈴が言葉を続ける。
「ナターリアさんは元々、赤い宇宙に対峙していましたからね。目的を同じくする今、こちらに弓引く可能性は低いでしょう。」
なるほど、そうれもそうだ。
だが、鈴の表情は、決して納得している表情ではない。
「まあ、何か変なことをしたとしても、今のナターリアさんの力の残存量では、大きなことはできないでしょう・・・。」
納得したというよりも、ナターリアの力の残存量から、ただ害は無いと考えただけのようだ。
その割に、鈴の表情は浮かない感じだ。
どうも、ナターリアに対処する余裕がない、という理由もありそうだ。
鈴の言葉を聞いたナターリアは少し顔を顰めるが、大きなことができないことを否定はしない。
力が足りずに何もできないのは、その通りなのだろう。
ナターリアが、改めて私の方を向く。
「元帥の言う通り、今の私の力では、貴様に渡した力をどうこうすることは、無理だ。」
なんとなく、それは私もわかる。
変に干渉されそうになっても、今ならば簡単にその干渉を跳ね除けることができる。
「だが、隠してあるモノのカギを開けることくらいならば、できる。」
大きな感傷はできずとも、少しなら干渉できるようだ。
まあ、元々は私とナターリアは同一個体である。
それくらいならばできるのだろう。
「覚悟はいいな?」
ナターリアが問う。
今ここで、ナターリアが反逆する意味は薄い。
信用はできないが、覚悟するしかない。
私は、頷く。
すると、ナターリアは、先ほど造った小さな魔法陣を指に纏わせ、私の額に触れる。
弾き返すことができるほどの、小さな力が、私の力に、少し、触れる。
体内で、カチリ、という音がした気がした。
力の奥底から、何かが湧き出してくる。
その勢いはすさまじく、濁流のようだ。
情報だ。
その情報量は、とてつもなく多い。
情報の激流が、脳内に氾濫する。
「・・・くぅっ。」
思わず、小さく苦悶の声を上げてしまう。
それだけの情報量だ。
一人だけの脳では処理しきれないので、複数の自分の脳で、並行して処理する。
この情報量では、並行処理しなければ、脳は易々と焼き切れてしまう。
情報を処理し続ける。
そして、だんだんと理解していく。
赤い宇宙に対する情報。
その大きさ、深さ、構造、特性等々。
今までの、ナターリアによる赤い宇宙への研究成果だ。
これだけでも、凄まじい情報量である。
さらに、術式情報。
宇宙間を跨いで他の宇宙に干渉するための術式。
その干渉を利用して自身の力を接続するための術式。
接続したときに赤い宇宙に力を奪われないための術式。
赤い宇宙に攻撃するための術式。
赤い宇宙からの反撃に対する防御術式。
その他、赤い宇宙に対抗するために必要な、様々な術式。
そして、それらの術式の理論から構造、発動条件、必要コスト。
どの術式も、大魔術と言うのも生温い程の、極めて重厚長大かつ複雑怪奇な術式だ。
それらの情報が、一気に体内から溢れ出てくる。
その凄まじい情報が、一気に数多の自分を駆け抜けていく。
溢れ出てくる情報を、全ての自分で受け止めていく。
それよりもさらに溢れ出た情報は、いつも無数の自分たちを格納している体内空間で受け止める。
正直、処理していくのは、かなり、きつい。
だが、ナターリアから得た力が馴染んだ今なら、不可能ではない。
体内空間が、今まで得た力で、とても広く深くなっているのだ。
これが、ナターリアの力を得たばかりでは、無理だっただろう。
体内空間の広がりが足りていなかったはずだ。
ナターリアから力を得て、ここまでの短い時間。
短い時間だが、その間に、大きな力を得た私の体内空間は、急速に拡大した。
力を体にある程度馴染ませて目を覚ました後も、体内空間は拡大を続けていたのだ。
その拡大があって、初めてこの情報量を受け止めることができている。
情報を処理する私を見て、ナターリアが言う。
「よし。受け止めきれているな。」
私は、情報を処理しつつも、ナターリアの言葉に頷く。
頷きながら、情報の処理を進める。
無限ともとれる、凄まじい量の情報。
だが、無限はありえない。
ついには、その情報も、全て出尽くす。
情報の処理を終え、顔を上げる。
時計を見れば、思ったよりも時間は進んでいない。
物凄い量の情報だったが、その受け止めと処理は、1分もかからず、終わったのだった。




