第13話 拮抗
力を籠めて身体を動かそうとすれば、周囲の空間が歪む。
それに呼応し、赤い宇宙は、さらにエネルギー密度を上げる。
こうなったら、純粋な力比べだ。
改めて、身体の奥底から、力を、全身に回す。
重要な筋肉から順に、力を巡らせていく。
腹直筋と大胸筋に、がっちりと力を籠め、全身をを支える。
広背筋と僧帽筋が、ギチリ、ギチリ、と唸りを上げ、膨らむ。
大腿四頭筋とハムストリングスが、ミシリ、ミシリ、と咆哮し、隆起する。
三角筋が、上腕三頭筋が、ヒラメ筋が。
全身のありとあらゆる筋肉が、自身に宿るその力を、誇示する。
そして、躍動し始めた筋肉たちが求める莫大なエネルギーを、一切の不足なく供給する血管が、太く、力強く浮かび上がる。
準備は、できた。
歯を食いしばり、全身を、動かす。
その瞬間、全周囲から力がかかり、俺の動きを止めようとしてくる。
その力は、凄まじい。
宇宙なのだ。
星や銀河どころではない。
今までほとんど受けたことが無いような、膨大と言うのも生温い程の力が、俺の全身を押さえ、圧し潰し、消滅させようとしてくる。
俺は、その力を、全力を以って、迎え撃つ。
核まで動き、宇宙を張り倒そうとする、俺。
その俺を圧し潰さんとする、赤い宇宙。
二つの力がぶつかり、もたらされた結果は・・・。
拮抗。
俺と赤い宇宙の力が拮抗し、動きが止まる。
身体が、筋肉が、震える。
鉄の味が、した。
力を入れすぎて、どこかで毛細血管が切れたか?
それとも、歯を食いしばりすぎて、少し血が出たか?
頭の片隅で、そんなことを考える。
脳内にはそんな余裕があるが、身体には、余裕はない。
今も、全力で動こうとしている。
しかし、動けそうで、動けない。
もう少し。
もう少し力があれば、勝てる。
今の拮抗は、薄氷の上のモノだ。
少しでも、どちらかに力が偏れば、それだけで、勝負はつく。
そんな気がする。
力を比べていて、わかったことがある。
赤い宇宙は、それはもう強大だ。
宇宙なのだ。
強大でないはずはない。
だが、赤い宇宙の内部で戦っていてわかった。
赤い宇宙全体から伝わってくる力からすると、実は、力の総量では俺の方が勝っている。
赤い宇宙は、恐らく、これまで『戦う』ということを経験していない。
それ故なのか、戦いにおける駆け引きはなく、己の力を隠すようなこともしない。
なので、赤い宇宙の力の総量は、とてもわかりやすいのだ。
だが、勝ちきれない。
何故なら、相性が、良くない。
赤い宇宙は、他の宇宙に喰らいつき、侵食する力を持っている。
その力は、宇宙に対して特効を示す。
戦略級の超人の体内世界は、非常に大きなエネルギー量と重厚さを持っている。
その力の大きさは小さな宇宙と言えるほどだ。
戦略級の超人は、ほぼ漏れなくその体内に小さな『宇宙』を持つのである。
それは、俺も例外ではない。
その宇宙といえる体内世界に対して、宇宙相手に有利な赤い宇宙の特性が、効いてしまっている。
赤い宇宙は、宇宙相手というよりも、大きなエネルギーに対して喰らいつき、侵食・吸収する力に長けているのだ。
力が小さい相手は、そのまま圧し潰す。
力が大きい相手は、相性有利になるので喰らいつくことができる。
この赤い宇宙、かなり隙の無い存在である。
今のところ、侵食は防ぎきれている。
侵食可能な力の量よりも大きく高密度な力を当てることで、喰らいつけなくしているのだ。
口よりも大きなモノには喰らいつけないように、赤い宇宙にも浸食の限界がある。
しかし、正直、あと一手が足りない。
俺に力が増えるか、何かで赤い宇宙の力が削がれれば、勝てる。
だが、その一手が足りず、勝つことができない。
・・・ここは、撤退か?
今なら、撤退する余力はある。
だが、本能が告げている。
ここで退けば、勝てなくなる。
戦っている最中も、赤い宇宙は、その力を増している。
喰らいついている俺たちの宇宙から、力を奪っているのだろうか。
その力の増加速度は、それなりに速い。
ここで、勝たなければ、強大になっていく力に追いつけなくなる。
ここで、勝負を決めなければいけないのだ。
*****
エミーリア視点。
赤い亀裂を、見つめる。
メタルが入って、数分。
赤い亀裂の鳴動は、止まった。
一瞬、黒いラインが赤い亀裂内に走ったが、それ以降、外見に変化はない。
「こっちの宇宙にかかってる圧力が、減ってるぜ。」
ラピーラが鈴に報告しているのが聞こえる。
その報告に、鈴が答える。
「メタルさんが中で戦っている影響の可能性が高いですね。何か計測はできていますか?」
計測?
確かに、赤い亀裂を囲んでいる機械には、無数のセンサーのようなものやメーターが取り付けられている。
これらの計器で赤い亀裂を観測しているのだろうか。
「いや、何も。むしろ、さっきよりもだいぶ静かになってるぜ。」
ラピーラの答えに、鈴元帥が、諦めの混じった表情をする。
「ふむ、そうですか。やはり、どうにかして赤い亀裂の内部を直接観測したいところですね・・・。」
どうも、内部が観測できていないようだ。
どういうことだろうか?
「ああ。とはいえ、何回かセンサーを投入してはいるが、すぐにバラバラにされちまうからな・・・。」
「ふ~む・・・。装甲を施してみても、意味は無かったですからね・・・。」
鈴は、顎に手を当て、悩んでいる。
どうやったら赤い亀裂の中を計測できるか、考えているのだろう。
どうも赤い亀裂の中に物を投下しても、すぐに分解され、計測できないようだ。
確かに、それでは赤い亀裂の内部を観測することはできず、外部に漏れてくる情報だけで推測するしかなくなる。
だが、皆は感じていないのだろうか?
メタルが入ってから、赤い亀裂内部のエネルギーの動きが、大きく変わったことに。




