第9話 出撃へ
覇山が搬送されていくのを見届け、そして、視線を赤い円に戻す。
赤い円は、覇山とブライアンの脱出のために拘束用の魔力供給を切ったため、いびつな形で拡大している。
現在は、そこを再び抑え込んだため、さらに歪に歪んで、円形から紡錘形になっている。
赤い円、というよりも、赤い裂け目、と言った方がいいだろうか。
周囲を囲んでいる機械は、その形状変化に合わせてフレキシブルに動き、対応できている。
急増品とはいえ、形状の不安定なものを相手にするため、移動できるようにできているようだ。
その赤い裂けを見つめたまま、鈴が問うてくる。
「行けますか?」
その声色は、硬い。
鈴の言葉に、自身の体調を考える。
決して万全ではない。
ナターリアと戦ってから、あまり時間が経っていないのだ。
あの戦いは、最終的に一撃で終わらせたとはいえ、決してノーダメージで済む戦いではなかった。
まだダメージは残っている。
だが、四肢に異常はない。
指先まで力は入るし、関節の動きもスムーズだ。
十分に、戦える。
「ああ、行けるよ。」
俺は、鈴の問いかけに、少し考えてから答える。
「・・・申し訳ありません。」
少し間を置き、鈴が言う。
回答に間をおいてしまったため、体調を悟られてしまったようだ。
ちょっと、よくないな。
気を使わせてしまった。
そんなことを考えていると、意外な者が、声を上げた。
「私も、行ける。」
静かだがよく通る、美しく可愛らしい声。
エミーリアだ。
その目には、強い意思が、宿っている。
その場の多くの者の目が、エミーリアに向く。
急に多くの視線に晒され、エミーリアが一瞬たじろぐ。
たじろいだエミーリアに代わり、ナターリアが言葉を引き継ぐ。
「そのとおり。この個体は、この宇宙に対抗する力がある。」
この個体?
ナターリアの言い方には物申したいこともあるが、今は言っている場合でもない。
皆、エミーリアからナターリアに視線を移し、言葉の続きを待つ。
注目を集めているナターリアは、しかし、灰神楽自治区のトップという、多数の前で話すことも多い立場にいたため、気圧されることはないようだ。
ナターリアは淀みなく言葉を続ける。
「元々、この宇宙に対抗しようとして集めていた私の力を、こいつは全て得ているのだ。」
エミーリアは、ナターリアの言葉に、頷く。
ナターリアは、元々、この浸食してくる宇宙に対抗するために力を集めていた。
その過程で、ナターリアはレギオンであることを活かし、ナターリア自身を無数に作り出していた。
その際に出来上がった失敗作、特異個体がエミーリアなのである。
ナターリアの言葉に、エミーリアが続けて言う。
「私の出力は、もう大丈夫。」
相変わらず、言葉が足りない。
言葉が足りない上に、俺の知らない話だ。
よくわからない。
おそらく、俺がエミーリアを助けに現れる前に、ナターリアと話したことなのだろう。
「ああ、大丈夫だ。私が力を渡したときに、身体構造が最適化され、出力の問題は解決しているはずだ。」
ナターリアの話を聴いてもよくわからないが、エミーリアは力を受け取った分よりも、さらに強くなっている、ということなのだろう。
エミーリアは、今、Sランクだったナターリアの力を、ほぼすべて継承している。
加えて、A-10ランクの強さであるメーアからも力を得ている。
さらに、今の会話からすれば、なにかしら出力に問題があったようだが、それも解決しているのだろう。
実際、エミーリアから感じる力は、ナターリアの力を受け取っただけでは説明がつかないほど、大きくなっている。
その力は、Sランクの中でも、それなりの位置まで向上していると言えるだろう。
そんなことを考えていると、ナターリアはさらに言葉を続ける。
「空間を扱うのならば、レギオンに勝る生物はそう居ない。」
レギオンは、体内に特異的な空間を持ち、無数にいる自分自身たちを格納している。
常に強大な空間魔法を発動しているようなものだ。
本能的に空間を操作することに長けているのだ。
宇宙は、空間である。
今回のように宇宙を相手にするのならば、空間操作に長けているその資質は、大いに活きてくるだろう。
「元々、私と同一の個体なのだ。私の力を慣らす必要も、あるまい。」
エミーリアは、メーアから力を受け取った時、その力の大きさから、慣らしに10日ほどかかった。
だが、今回は、本来ならば同一個体だったナターリアから力を受け取っているのだ。
ナターリア曰く、慣らしは必要なく、本能で力を理解できているはずだという。
「今のエミーリアならば、問題なく戦うことができるだろうよ。」
ナターリアはそう言い、締めくくる。
なるほど。
言い分は分かった。
エミーリアを見れば、覚悟を決めた目をしている。
戦う覚悟を決めた目だ。
エミーリアは表情に乏しいが、今回の覚悟は、誰が見てもわかるほどの目をしている。
だが、戦う覚悟の裏に、何かがある。
これまで長く生きてきて、悲劇の前に見ることが多かったものだ。
その目に宿っているのは、戦う覚悟、だけではない。
相打つ覚悟も、宿っている。
確かに、エミーリアの体内には、物凄い力が渦巻いている。
その力には、少なくない割合でこの宇宙を相手にするために作られた力も混じっている。
そして、その力は決して小さくはない。
相性も悪くないだろう。
だが、足りない。
その力の総量は、俺どころか、覇山にも及ばない。
いくら相性が良くとも、勝ち切ることはできない。
赤い裂け目から感じられる力と比較すれば、自身の命まで燃やし尽くすことで、やっと相打ちといったところだろう。
そして、エミーリアの、目を見れば、わかる。
エミーリアは、自身を犠牲に、赤い宇宙を止める気だ。
「エミーリア、死ぬ気だね?」
そう問う。
よく見れば、エミーリアは、本当によく見なければわからないくらいだが、震えている。
俺の問いに、エミーリアは、かすかに震えている唇を、きゅっと、真一文字に結ぶ。
そして、首を横に振る。
「死ぬ気は、ない。」
・・・その表情で言われても、説得力はない。
俺が、何も言わずにエミーリアを見つめていると、エミーリアは、諦めたように口を開く。
「これは、私の造られた理由。メタルが背負う必要は、ない。」
そう言うエミーリアの声は、震えている。
エミーリアは、自身の存在価値はこの宇宙と戦うためにあり、俺はこの戦いには関係ないと言っている。
本心だとは、思えない。
そもそも、この宇宙と戦うことを考えていたのは、ナターリアのはず。
エミーリアとナターリアは、別個体ということで決別したはずだ。
エミーリアは、この宇宙と戦うことが自身の存在理由だとは、思っていないはずである。
「本当に?」
俺は、エミーリアの目を見つめて問いかける。
少しの時間見つめていると、エミーリアは、震える唇を開き、答える。
「・・・・・・。メタルに、生きていてほしい。」
・・・そうか。
エミーリアなりの、不器用な優しさか。
俺は、エミーリアの肩に手を置き、言う。
「大丈夫だ。俺は、負けない。」
そして、さらに言葉を続ける。
「俺が返ってこなかったら、後を、頼む。」
俺がそう言うと、エミーリアが、泣きそうな顔で、俺を見る。
これは、エミーリアでは断ることができない、卑怯なお願いだ。
だが、俺が負けたら最後の砦がエミーリアなのは、そのとおりでもある。
「・・・・・・・・・・・・わかった。」
絞り出すような声で、言う。
その目には、今にも零れそうなほどの涙が溜まっている。
そのエミーリアから離れ、蒼硬を抜く。
蒼硬は、今回の戦いでは、置いていった方がいいだろう。
流石に、宇宙を相手にしたら、蒼硬も侵食され、消えてしまう可能性が高い。
エミーリアの近くの床に、突き立てる。
「蒼硬、エミーリアを頼む。」
すると、蒼硬は、ヒト型形態の蒼子に変わる。
そして、少し、寂しそうに言う。
「・・・わかった。任されたよ。」
そう言ってから、涙を堪えて震えているエミーリアに、寄り添う。
蒼子は、人格はあるが剣としての、道具としての意識が強い。
ここぞというときに使われないのは、剣として寂しいことなのだろう。
「貴様、ヒーロー気取りか?」
ナターリアが、嫌みっぽく言う。
俺は、それに簡単に返す。
「ああ、そうさ。かっこつけたいだろ?」
俺の言葉を聞き、ナターリアは肩をすくめる。
何も言い返さないということは、諦めたか、呆れたか。
「悪い、待たせたな。」
鈴に言う。
「いえ、大丈夫です。」
淡々と、鈴は言葉を返す。
だが、その表情には、若干悲壮感が漂っている。
確かに、先のわからない、危険な戦いだ。
「突入は、こちらからです。」
鈴が、手で示す。
そこには、機械を乗り越えるための簡易な階段が付いている。
階段に、脚をかける。
階段を昇りつつ、肩を回す。
身体のどこにも、異常はない。
ナターリア戦のダメージこそ抜けきってはいないが、決して、体調は悪くない。
体内のエネルギー残量は、まだまだ満タンと言えるくらいは、ある。
戦える。
身体は、問題ない。
精神を、顧みる。
未知で強大な敵への恐れは、無い。
深淵かつ巨大であろう敵宇宙への畏れも、無い。
戦いを前に、怯む要素は、一切ない。
大丈夫だ。
戦える。
階段を昇り切る。
そして、赤い、紡錘形の裂け目を見る。
その瞬間、ぎょろり、と、黒い球体が赤い裂け目を横切った。
「な・・・!」
「なん、だ・・・?」
「ひっ!」
周囲の人々が、騒然となる。
その声色から察するに、感情は恐怖が大半だろう。
確かに、紡錘形の裂け目の形と相まって、赤い目の中を黒い瞳が動いたようにも見え、とても不気味であった。
「・・・流石に、少し怖いですね。」
鈴ですら、そう言う。
だが、俺の心の奥底からは、激しい感情が、ぐらぐらと沸き上がってきた。
極めて、暴力的な衝動。
戦意と、敵意だ。
この、赤い空間の主は。
俺の生きる、この世界を。
俺が守ってきた、この星を。
そして何より。
俺の愛した、エミーリアを。
喰らおうというのだ。
消し去ろうと、いうのだ。
許せるか?
許せるはずがない。
宇宙だ?
強大だ?
そんなことは、知らん。
敵は敵でしかない。
宇宙に感情があるかは、知らない。
だが、例え感情がなくとも。
俺の敵になったことを、後悔させてやらねばならない。




