第5話 元帥たち
部屋の中央にある、真っ赤な円。
その円の周囲を囲むように、配線や術式が剥き出しの、いかにも即席で作ったような機械が展開されている。
「接続部、再安定始めます。」
「03セクションの様子は。」
「安定。」
「よし。そっちはそのまま維持しろ。」
「08セクション、揺らぎが来ています。」
「方向は?」
「拡大です。」
「魔力供給を25%増やせ。抑え込め。」
「了解。」
飛び交う言葉。
技術作戦軍の技術者や魔術師、呪術師たちが、せわしなく動き回り、常に機械を調整している。
その様子からすると、決して余裕があるような状態ではなさそうだ。
だが、そんな状況でも、緊張感こそあるが叫んだりしていない感じが、なんだかプロフェッショナル感を感じさせる。
とはいえ、聴いていても、専門用語が多く、その意味はなんとなくしか分からない。
機械には円形メーターだったり、ばね測りみたいなアナログメーターだったり、魔術式計測陣だったりの無数の測定計器が付いており、それぞれが回ったり、増減したりと忙しい。
いくつかのメーターを見てみたが、それが何を示しているのかは、さっぱりわからない。
その機械の一部には、円形の手すり付きパッドが2か所に設置されており、その上にはそれぞれ一人ずつ、軍人が立っている。
一人は、身長170cmくらいの、黒い髪を床につくほどに伸ばした女性。
たれ気味で半開きの目をした、おっとりというか若干眠そうな目つきの女性だ。
170cmくらいの身長で、細身だが凹凸のはっきりとした、グラマラスな体つきをしている。
その女性からは、大気を震わせる程の魔力が溢れ出しており、機械に吸い込まれている。
もう一人は、身長が2mを超えていそうな、筋骨隆々とした体形の老婆。
腰くらいまでの長さがありそうな白髪を、首の後ろあたりから三つ編みにしている。
毛量が多いのか、三つ編みはかなり太い。
筋骨隆々な体形からは年齢を読み取れないが、意思の強さを感じさせるその顔には、悠久の時を物語る深いしわが刻まれている。
こちらの女性からは、空間が歪んで見えるほどの呪力が溢れ、機械に送り込まれている。
機械は送り込まれる凄まじい量の力を変換したり操作したりして、この赤い円を安定させているようだ。
女性のうち、大柄な女性が、我々に気が付いたようで顔をこちらに向ける。
「お、来たね!」
筋骨隆々の老婆の豪快な声色が部屋に響く。
響いた声に反応し、技師や魔術師たちが、一気にこちらを向く。
「鈴ちゃん!」
そう叫ぶのは、機械の全体が見渡せる場所に立っていた、メカメカしいごっついゴーグルをつけている女性軍人。
ツンツンと跳ねたオレンジ色の髪を肩口まで伸ばし、若干ヤンキー感が漂っている。
技術作戦軍のNo.3、ラピーラ=カルヴァン大将だ。
「お!メタルにエミーリア!剣が峰ぶりだな!」
ラピーラは気さくに声を掛けてくる。
「元気そうで何よりだ!」
見かけ通り、ラピーラは明るくさっぱりとした人物だ。
そんなラピーラに、鈴が近寄り、言う。
「鈴ちゃんって、呼ばないでください。で、状況に問題は?」
鈴がそう言えば、ラピーラは言葉を返す。
「今は無ぇ。だが、いつまで持つかは、わからねぇな。」
ラピーラは答えつつも、手を動かし機械を操作している。
「ブライアン中将はどこに?」
そういえば、部屋の中にブライアンが見当たらない。
「ああ、覇山元帥と一緒に、潜ってる。ブライアン中将の能力がないと、深く潜っていけなくてな。」
なるほど。
話を聴くに、どうやら、ブライアンは赤い宇宙の浅いところで、覇山が深く潜るためのサポートをしているようだ。
そのまま、鈴とラピーラは話し込み始める。
その間も、周囲の技術者や魔術師、呪術師は、ラピーラに何かを報告している。
ラピーラは、鈴と話しながらも、報告される言葉にすべて反応し、指示を飛ばしている。
そのチンピラじみた見た目からは想像しづらいが、ラピーラも非常に有能な指揮官なのだ。
鈴は、ラピーラと話しながらも、こちらを見て、言う。
「メタルさん。メタルさんは、エメリア元帥と大鏡元帥から、状況を確認しておいてください。」
碧玉連邦軍には、3つの軍がある。
戦略作戦軍、技術作戦軍、治安作戦軍の3つだ。
そして、それらの軍には、それぞれの分野で最強・最高峰の軍人である元帥がいるのだ。
現在の元帥は、戦略作戦軍には覇山=健仁 元帥を始めとする6名。
治安作戦軍には、佐藤=柴雄 元帥を始めとする2名。
技術作戦軍には、懸木=鈴 元帥を始めとする3名。
兼任の元帥が一名いるため、現在は10名の元帥がいることになる。
今回来ている元帥2名は、エメリア元帥と大鏡元帥の2名。
身長170cmくらいの、黒い髪を床につくほどに伸ばした女性がエメリア元帥。
本名、覇山=エメリア=ロフォス。
元々の名前はロフォス=エメリア=フォメウスだったが、覇山元帥と結婚し、今の名前を名乗っているのだという。
エメリアの文化圏では、前後に苗字が付くのだ。
結婚すると、元の前の苗字を名の後ろに移し、新しい苗字を前につけて名乗るのだという。
覇山元帥の妻で、戦略作戦軍の最強の魔導師である元帥だ。
大鏡元帥は、身長2mを超えていそうな筋骨隆々とした体形の老婆で、技術作戦軍の元帥を兼任している、呪術師として最強の元帥である。
本名は、大鏡=時子。
実は地球の日本出身で、この星出身ではない。
辺境と文明圏の境の大規模呪術的監視システムを構築したりなど、戦略作戦軍の任務以外に呪術技術面も超越的であるため、兼任という扱いになっている。
過去、元帥を兼任した者は数人しかいないため、凄まじい経歴の元帥だと言える。
この二人の元帥に加え、現在は覇山元帥が赤い宇宙の内部に偵察に潜っている。
さらに、技術面の統括に、懸木元帥。
4人もの元帥が同じ場所で同じ相手に対して動くなど、ほとんど見ることはできない。
今回は、宇宙を相手にするということで、この星最高峰の戦士たちが、集結して戦っているのだ。




