第4話 転移先
緑色の光が、消える。
視界に入ってくるのは、先ほどとは明らかに違う景色。
転移は成功したようだ。
果たして、ここはどこだろうか?
周囲を見ると、どこか見慣れた、質素かつ頑丈そうなコンクリート壁と、錆びた鋼鉄製の扉が目に入る。
部屋は円筒形で、複数の小さな窓がある。
窓の形状からすると、窓というよりも、機銃用の銃眼だろうか?
碧玉連邦軍の要塞によくある造りだ。
銃眼の形や崩れ方を見るに、かなり古い造りである。
部屋の中を見れば、部屋の端に、朽ちた木箱や錆びた古い形式の弾薬箱が乱雑に纏められている。
銃眼の状態や放置された箱類を見ると、しばらく使っていないような雰囲気だ。
その銃眼から外を見れば、視界に入るのは、砂浜と海。
砂浜には仮設の桟橋が設置されており、小型の輸送船が数隻停泊している。
この部屋は、上陸部隊迎撃用のトーチカのようだ。
沿岸要塞の一部だろうか?
海の色はそれなりに鮮やかで、南国ではないだろうが、北方でもなさそうだ。
だが、海と砂浜、輸送船しか見えないので、正確な場所はわからない。
詳しい人ならば輸送船の番号からなんとなく場所が判るかもしれないが、俺はそこまで部隊配置には詳しくはない。
同じような環境の要塞は、この星には無数にあるのだ。
「ここは?」
あまりに場所の検討ができないので、鈴に訊いてみる。
すると、鈴は何事もないように答える。
「ああ、ここは大盾要塞です。ダンジョン『D-163 大盾要塞群島部』の一部、一番端にある島の一つですね。」
大盾要塞か。
旅に出て、剣が峰の次に訪れた場所だ。
3か月ほど前にエミーリアと来たことが、なんだか懐かしく感じる。
端にある島に建造された要塞ということは、比較的小規模なものだろう。
とはいえ、端の島を足掛かりに攻略される危険もあるため、下手に制圧されないよう、小規模だが強固な要塞のはずだ。
「でも、なんでそんなところに?」
鈴は、俺の質問に答える。
「海の上で、何か不測の事態が起きても、一般人の多い場所への影響が少ないからですね。」
なるほど。
鈴の言葉から察するに、覇山はこの要塞内で赤い宇宙に向けて威力偵察に出ているのだろう。
相手は、宇宙だ。
宇宙という規模のものを相手にしているので、不測の事態の際は、この星どころか星系、なんならこの宇宙ごと危ない気もする。
とはいえ、そこまで規模が大きくない何かが起こる可能性もある。
エネルギーが漏れ出たことによる爆発などは、そう言った『何か』の代表的なモノだろう。
そういったことが起きても、ここは陸地から離れた島の上。
少なくとも、街の真ん中や軍事基地の中で何かがあるよりは、被害を小さく済ませることができる可能性は高くなる。
さらに、大盾要塞は重厚で防御力に優れた要塞だ。
民間施設も全て要塞の中にあるため、他の都市よりも何か起きた際に被害が及びづらい。
妥当な判断だろう。
「加えて、大盾要塞という大きな基地が近くにあるので、物資等の融通が楽なんですよ。」
なるほど。
大盾要塞は、いくつかの艦隊の母港にもなっており、航空部隊も多い。
その中には、輸送部隊もあるため、融通を利かせやすいのだろう。
実際、先ほど外を見たときに停泊していた輸送船は、大盾要塞から来たモノだったそうだ。
そうなれば、被害局限の意味でも、補給面でも、この場所は最適なのである。
俺が納得していると、鈴が、部屋の出口の扉に、歩を進める。
「では、こちらに。」
鈴が、扉を開く。
扉の先にはすぐに壁があり、廊下が左右に続いている。
廊下は緩く湾曲しており、先は見通せない。
廊下の幅は広く、壁際には何か大きな機械が設置されていたような跡がある。
この造りと構造は、なんとなく覚えがある。
予想が正しければ、この廊下は円形で、進んでいけば一周して戻ってくることになるだろう。
この廊下が円形だとすると、俺たちが転移してきた部屋は、円の外側に位置するように作られていたことになる。
円の内側は、おそらく、大きな円筒形の部屋になっているはずだ。
廊下を進み、さらに、円の内側に向けて作られた扉に向かう。
その扉からは、暗くおどろおどろしいような、それでいて限りなく雄大で壮大なような、なんだか形容し難い、凄まじく強い気配が漂っている。
「・・・なかなかの気配だな?」
思わず、鈴に言う。
「これを、なかなか、で済ませますか・・・。」
鈴が、呆れたような、驚いたような、どっちともつかない声色で言う。
だが、そう言う鈴の表情は、強張っている。
「私は、何回もここには来ていますが、慣れることは無いですよ。」
あまりの気配に、既にこの気配を経験済みのはずの鈴の手は、小さく震えている。
エミーリアとナターリアも凄まじい気配を感じており、その表情は目に見えて強張っている。
ナターリアはまだしも、表情の薄いエミーリアですら、明確に表情が強張っているのは、この気配がそれだけ凄まじいということだろう。
「ここにいても、何も始まりません。行きますよ。」
鈴が、己に言い聞かせるように、言う。
だが、手が震えている鈴に扉を開けさせるのも、なんだか悪い。
鈴より先に、扉に手をかける。
「あ・・・。あ、ありがとうございます。」
鈴が、どこかほっとしたような声色で、言う。
だが、その声は少し震えている。
いくら軍人とはいえ、怖いものは怖いのだろう。
訓練により、心も十分に鍛えられているとはいえ、鈴の根底は、外見通りの幼い少女なのだ。
手をかけた扉は、厚く重い。
何か大きな爆発がある可能性を想定したような造りだ。
扉の先は、大きな円形の空間だった。
直径は30mほどだろうか。
天井だけ、造りが新しく、明らかに即席で取り付けた感じがある。
予想通りだ。
円筒形の部屋の構造や床の跡を見るに、この部屋は、元々は砲塔が設置されていた、その基部、軍艦でいうバーベットにあたる部分だ。
廊下にあった機械の設置跡は、砲弾運搬用の何かが設置されていたのかもしれない。
扉が爆発を想定したような分厚いモノだったのは、被弾時の弾薬への引火を考慮したものなのだろう。
平時ならば、見学してみて回りたいような場所である。
だが、今は、そんな部屋の中で、何よりも目を引くのが、ある。
部屋の中央にある、真っ赤な円。
いや、穴、もしくは門と言った方が、正しいだろうか。
これこそが、 今回の旅の中で幾度となく遭遇した、謎の赤い空間の大本。
多くのモノを侵食する、赤色の空間の元凶。
他の宇宙を捕食する赤い宇宙、そして、その宇宙への入り口、なのだろう。




