第7話 76番要塞
76番要塞のマッピングを引き受けると受付に言うと、軍の担当官が来るので、しばらく待ってほしいとのことだった。
その言葉に従い、しばらく待つ。
エミーリアと雑談しながら待つこと10分。
軍の担当官らしき人物が現れた。
若い男性だ。
軍の担当官らしき人物は受付と少し話すと、こちらに向かってくる。
「あなたが、今回、任務を受注された旅客ですか?」
軍の担当官らしき人物が話しかけてくる。
その眼は瞳孔が縦長で、頬のあたりなどに乾いた鱗が見える。爬虫類系の人種だ。
原始率は低めなようで、外見は鱗が若干くっついているヒトである。
「ええ。青鉄旅客のメタルです。よろしく。」
「緑旅客の、エミーリア。よろしく。」
エミーリアが緑旅客と言うと、軍の担当者は顔をしかめる。
「この任務は、硬銀クラス向けでありますが・・・」
そう思うのも、当然だろう。
だが、エミーリアの強さは、最低でも硬銀クラスくらいはある。
「ああ、すいません。エミーリアは、まだ昇級試験を受けていないだけで、硬銀クラスくらいの実力はあるんですよ。」
そう、フォローする。
すると、軍の担当官も納得したような表情になる。
「なるほど、そうでありましたか。青鉄旅客の貴方が言うのでしたら、そうなのでしょうな。ならば、問題ありません。」
納得したようで何よりである。青鉄クラスの旅客は、青鉄クラスというだけで信用されることも多いのだ。
そのまま、軍の担当官から仕事の説明を受ける。
マッピング依頼は、最新の地図が30年以上前の物になった際に発注される仕事だそうだ。
最新の地図と同等の範囲全てをマッピングして初めて全額報酬がもらえるとのこと。
探索範囲が狭まった場合は、その原因をしっかりと調査して報告し、崩落や指定難易度よりもはるかに格上の生物がいたなどの場合によるマッピング中断は、よほど探索範囲が狭くならない限り全額報酬になるとのこと。
報酬が減るのは、指定難易度より少し強い程度の生物によりマッピングを諦めた場合や、故意、過失によるマッピングの範囲縮小の場合らしい。
続いて、ダンジョンの説明に移る。
今回の要塞は、要塞本体の前に、外壁によって隔離された広場があるそうだ。
実は、まともな探索は40年前だが、3か月前に一回、旅客が探索に入っているらしい。
突入した緑クラス旅客3人と青クラス旅客一人。十分一流と言えるパーティだったが、青クラス旅客のみを残して壊滅したとのことだ。
その旅客達は、要塞に入って10mくらいのところで迎撃され、緑クラス旅客3名が命を落とした。
砲艇がまだ近くにいたため、逃げ出してきたボロボロの青旅客を回収すること成功したそうだ。
証言では、地中から何かに襲われたとのこと。
青クラスの旅客のみが直感で初撃の回避に成功。その時点では、緑クラスの旅客達もダメージは大きいもののまだ立っていたそうだ。
しかし、次々と地中から繰り出される攻撃にろくな抵抗もできず、緑クラス旅客達はたった10mの距離を逃げ切れずに命を落とし、青クラス旅客だけが満身創痍になりながらも10mの距離の脱出に成功したそうだ。
すぐに軍の偵察機による航空偵察が行われたが、判ったのは外壁を超えてすぐのところに3人分の血痕があることのみだった。
軍は一流の戦闘旅客である青クラスが全く通用しなかったことから依頼難度を9から14に引き上げたとのことである。
「以上が概要であります。詳細は移動しながら説明したいのですが、もう出撃はできますかな?」
なかなか不気味な話である。
「エミーリア、行けそう?」
そう声をかけると、エミーリアは頷く。
今の話への恐怖はなさそうだ。
「じゃあ、出撃できます。」
そう答えると、旅客情報局前の車に案内される。
難易度11以上の仕事を受注できる鉄クラス以上の旅客は貴重なのだ。軍もそれなりの対応をする。
車に乗ると、そのまま、車は要塞の市街地を走る。
何度か道を曲がると、大きな道路に出た。要塞市街地の環状道路である。
環状道路を少し走ると、大きな通りに向けて曲がる。
そのまままっすぐ進み、市街地外周の壁に入る。
周囲に一般の車も走っているので、ここは軍用区画ではないのだろう。
壁面に避難口のみが存在する単純なトンネルである。
トンネルはけっこう長く、1分以上走っていただろうか。
壁を抜けると、そこは海だった。
大盾要塞の白いコンクリートと、海と空の青の対比が美しい。
大型の漁船がたくさん並んでいる。
少し沖では、大型の漁船数隻に軍用船2隻が護衛について湾から出ていくのが見える。
遠洋漁業だろう。
大型の危険生物が多いこの星では、遠洋漁船自体にも自営用の戦闘力が付与されている。さらに、より沖合に行く際は、軍艦が護衛に同行するのも珍しくないのだ。
あの船たちも、これからかなり沖合まで行くのだろう。
そんな船を横目に、車は進み、海に沿って配置された長さ100mほどのコンクリートのトンネルをくぐる。
すると、港の様子は一変し、漁船がいなくなり、そのかわり、数多の軍用船が停泊している。
軍用区画に来たのだ。
海上の船の動きを見れば、どうやら海上も軍用区と民間区が厳密に分けられているらしく、船は規則正しく動いている。
車は、トンネルの出口から200m程のところで止まった。
「では、こちらの船で島に向かいます。」
そう言われて、船を見る。
沿岸警備用の小型の砲艇だ。GB-04沿岸砲艇である。
LT-54軽主力戦車の半球型砲塔を改造した砲塔を前方に背負式で2基、操舵室を挟んで後方にはAA-54対空戦車の砲塔を1基搭載した、重武装の砲艇である。
排水量は95t。10名程度の人員輸送も可能で、汎用性の高い便利な船のようである。
今回乗る砲艇は、高位の戦闘旅客を危険な島に輸送する際に使用する専用の物のようだ。
担当官に促され、船に跳び乗る。
すると、エミーリアが、なかなか来ない。
エミーリアの方を見ると、エミーリアは蒼い顔をして、震えている。
「船・・・。」
どうやら、船に乗るのが初めてで、怖いようだ。
「大丈夫。怖いことは無いから。」
そう言い、宥める。
そして、エミーリアが安心するように手を差し出し、船に乗るように促す。
エミーリアは、数秒悩んだようだが、俺の手を取り、意を決したように船に向けて跳ぶ。
こちらが乗ったことを確認すると、船が動き出す。
甲板に立ち、周囲を眺める。
蒼い海には、クレーター内部だというのに、小島が点在している。
その一つ一つには小さな管制塔が見える。クレーター内部の船の航行を管理しているようだ。
そして、水平線近くに目をやると、クレーターリムの島々が並び、数多の小要塞が見える。
二つの島を繋ぐような巨大な物や、島の地形そのままでトンネルの入り口が見えるだけのものなど、その様子は様々だ。
あの島々うち一つが、今回のダンジョンなのだろう。
船が加速し、風が頬を撫でる。
船の設計は優秀なようで、水しぶきはほとんどかかってこない。
気持ちがいい。
波をかき分けたのか、船がぐっと揺れる。
その瞬間、腕にぎゅうっと力がかかる。
腕の方を見ると、エミーリアが、ガタガタ震えながらしがみついている。
エミーリアが、揺れる船が怖いようで、先ほどから俺の腕にしがみついているのだ。
最初は船室にいるように言ったのだが、一人で外が見えない船室にいると、なんだか怖いとのことである。
そして、一番手近な動かない物である俺にしがみついているらしい。
・・・まあ、エミーリアがそれでいいのなら、いいのだが。
15分ほどで島が見えてくる。
・・・なかなか、雰囲気がある島だ。
砂色のレンガで造られている要塞で、年代的に数百年前の物だろう。
とりあえず見える位置には、小さな港から谷を登った先に上部に狭間の設けられた胸壁がある円形の塔が二本立っており、その間に谷を塞ぐように外壁がある。
3か月前に突入した旅客達は、あの外壁を超えたところで迎撃されたのだろう。
その奥には円形の塔を4本擁する要塞本体が見え、その塔の上部には錆びついた前装砲が数基見える。
陸地に比較的近い島なので、昔は海運の安全を守る重要な要塞だったのだろう。
島に建っている要塞とは思えないほど、しっかりと建造された恒久要塞のようである。
エミーリアと俺、そして探査機材を島に降ろし、砲艇は去っていく。
先の事件があったからか、砲艇はこの島に砲の照準を合わせながら、少し離れた場所に浮かんでいる。
砲艇は、内部にこちらが入ってから30分したら戻るらしい。その後は、探査機材から連絡を入れると、回収に来てくれるそうだ。
島という揺れない場所に立ったことで、エミーリアの調子も戻ったようである。
エミーリアの耳が赤い。どうやら、恥ずかしかったらしい。
そんなエミーリアを見て向ぬふりをしつつ、島の様子を伺う。
外壁の向こうは、ここからではよく見えない。いい構造の要塞だ。
支給された機材を見ると、幅1m、高さ70㎝、厚さ15cmくらいの分厚い金属の鞄だ。
その表面には、使い方が記載されている。
えーと、なになに・・・?
『鞄を水平な地面に寝かせて置き、起動ボタンを押す。そのとき、裏表を間違わないこと。』
なるほど。この説明が書いてある面が、上らしい。
裏面を見れば、なんだか複雑な形のハッチがいくつもついている。
説明に従い、鞄を地面に置く。
下はコンクリートの船着き場である。十分平らだろう。
そして、ボタンを押す。
すると、鞄の底面から折り畳み式の脚部が現れ、鞄を腰くらいの高さまで持ち上げる。
そして、鞄は自動で開き、鞄の中から星型アンテナが伸びる。
「・・・軌道を確認しました。位置情報を取得します。しばらくお待ちください・・・。」
音声が流れる。
開いた鞄の中を見ると、縦20㎝、横30cm程度のサイズのポータブル端末が一つとティッシュ箱サイズの信号中継器が一つ、信号弾拳銃が1丁入っている。
「位置情報の設定を完了しました。端末と信号中継器を持って、探索を開始してください。信号弾拳銃は緊急時にご利用ください。」
なるほど。
ポータブル端末を手に取る。
すると、端末から音声で操作ガイドが流れる。
この端末には小型の地形レーダーが入っているので、この端末を持って歩き回ると、それだけで最低限のマッピングは行われるそうだ。
記録した地図は、リアルタイムで軍のデータに反映していくらしい。
俺たちの仕事は、この端末で地図データを作ることと、地形レーダーでは把握できない注釈を加えることになるようだ。
現代はハイテクである。
エミーリアにマッピングを教えようとしたが、これでは旧来のマッピングは教えられないだろう。
まあ、便利な道具があるなら、それを使うに越したことはないのだ。
相談の結果、エミーリアがマッピングの端末を持つこととなった。
戦闘に邪魔じゃないかと訊いたら、大丈夫とのことである。
そう言うエミーリアの手はいつの間にか4本に増えており、武器を持つ手とは別の手で端末を操作している。
・・・エミーリアのレギオンっぽいところを、初めて見た気がする。
便利そうだ。
「・・・気持ち悪く、ない?」
エミーリアが恐る恐る訊いてくる。
「・・・?いや、別に。」
そう答えると、エミーリアはそこはかとなくうれしそうである。
エミーリアはレギオンなのだ。腕の数本くらい生えてくるだろう。何が気持ち悪いのだろうか。
そんなことは置いておいて、さっそくダンジョンに挑もう。
テンションが上がってきた。
エミーリアを先導するように前を歩く俺は、俺の言葉で赤くなったエミーリアに、気づくことはなかったのだ。




