第1話 覇山の強さ
現歴2265年7月2日 午前6時
「メタルさんとエミーリアさんも、同行してもらえますか?場合によっては、お二人にも、協力していただくことになります。」
そう言う懸木 鈴 技術作戦軍元帥の表情は、硬い。
俺の頭の中では、赤い宇宙に関することで、今この段階で特に協力できるものは無いと思っている。
現在、赤い宇宙の内部には、威力偵察として覇山が入り込んでいるとのこと。
えらく豪華な威力偵察だ。
覇山 健仁 戦略作戦軍元帥は、碧玉連邦が誇る、Sランクの超人である。
覇山は、碧玉連邦軍所属の超人の中では、最も戦闘力が高い。
それのみでも十分にSランクだと言える、極めて高い身体能力。
多くの超人の特殊能力を上書きして巻き戻し、無かったことにできる、尋常じゃないほど強力な魔眼の力。
たゆまぬ鍛錬と豊富な実戦経験により、研ぎ澄まされ、磨き上げられた戦闘技能。
どこをとっても、死角の無い強さを持っている。
その強さは折り紙付きで、複数の星系を支配するような超大国の超人部隊からも恐れられているほどだ。
勢力圏が星系一つ分のみである碧玉連邦は、しかし、超大国ですら戦争を仕掛けることを躊躇うほどの力がある国だと見られている。
その理由の一つが、覇山の存在だと言われるほどの力を持っているのだ。。
一応、超人部隊としてみれば、碧玉連邦軍最強はブライアンだが、軍全体で見た場合、最強は覇山なのである。
覇山は元帥という地位のため、書類上は超人部隊に所属していない。
本来ならば、軍の元帥というものは、軍全体の指揮を執ることが役割であるため、別に最強の軍人である必要はない。
しかし、碧玉連邦では話が違う。
碧玉連邦の各国は、歴史上、国が村落規模だった時代から、常に強大な原生生物に脅かされ続けてきた。
そういった時代において、人々の生存のために最も大きな力を発揮したのは、原生生物と戦う戦士たちだった。
命を懸けて人々の生活を守る戦士たちの地位は次第に高くなっていき、多くの国において、その国で最強の戦士が最高の地位を持つ者になっていった。
しかし、強い者が指揮能力が高いとは限らない。
多くの村が、街が、国が、戦闘力こそ高いが指揮能力の低い者に指揮権を持たせたことが原因で滅んでいった。
その結果、最強の戦士は最高の地位こそ持つものの、事実上の指揮権は持たない、という形態に落ち着いていった。
実際の指揮権を持つのは、多くの国で2番手の階級になっていたのである。
現代の碧玉連邦にもその文化は残っており、軍の最高の地位をである元帥は最強の軍人が担うことになっており、実際に軍の指揮を執るのは上級大将になっている。
閑話休題
「覇山が出ているなら、俺はいらないんじゃない?」
俺が鈴にそう言えば、鈴は、険しい表情をして、俺を見る。
そして、口を開く。
「確かに、そうかもしれません。」
そう言った鈴に、鈴に連れられているナターリアが、疑問を呈する。
「その、覇山とかいう奴は、そんなにも強いのか?」
鈴は、ナターリアの言葉に頷き、答える。
「強いですね。少なくとも、ナターリアさん、あなたを一方的に倒せる程度には。」
その言葉を聴き、ナターリアは、顔を顰める。
一方的に倒せる、などと言われて嬉しい者は、少なくとも戦いを生業にする者にはいないだろう。
ナターリアの表情にも納得だ。
ナターリアは、少し落ち込んだ声で言う。
「・・・私はSランクに届いたと思っていたが、そうでもなかったのか。」
その言葉を聴いた鈴は、淡々と事実を答える。
「いえ。ナターリアさん。貴方は確かにSランクと言える強さを持っていました。」
鈴の言葉に、ナターリアはきょとんとした顔をする。
そのナターリアには反応せず、鈴は言葉を続ける。
「しかし、簡易解析の結果ですが、ナターリアさんの強さはS-10からS-9程度。覇山元帥はS-2ですので、実力差は大きいかと。」
鈴の言葉に、ナターリアの表情は、驚愕に染まる。
「そ・・・そうか。メタルといい、覇山といい、Sランクはこんなにもいるものなのか・・・。」
鈴は、その言葉に、呆れるように答える。
「いや、その二人が強すぎるだけで、Sランクなんてそうそういませんよ?」
その言葉を聴いたナターリアは、驚愕の表情から少し落ち着いて言葉を返す。
「それを聴いて、少し安心した。」
鈴は、落ち着いたナターリアから視線を動かし、俺を見て、言う。
「・・・メタルさん、本当にメタルさんが必要ないと、そう思えていますか?」
覇山が威力偵察に出ているのならば、そのまま赤い宇宙を撃破する可能性すらある。
むしろ、その可能性は、とても高い。
それほどに、強い。
だが・・・。
確かに、覇山は強い。
その実力に疑いはないし、信頼もしている。
しかし、俺の勘が告げている。
俺が戦うことになる、と。
俺の勘は、いつもはあまり当たらない。
日常での俺の勘の精度は、勘や予知に関して特殊な能力を持たない者と大差ない。
だが、戦いの最中や戦闘に関することになると、勘の精度は大きく高まる。
鈴からは、勘があまりにも当たるため、特殊能力だと疑われたことがあるほどだ。
その勘が告げているのだ。
赤い宇宙とは、俺が戦うことになる、と。
「いや・・・まあ。」
勘が頭の片隅にあるせいで、答えの歯切れが、悪くなってしまう。
そんな俺を見た鈴は、少し睨みながら言う。
「わかっているじゃないですか。では、協力をお願いします。」
まあ、仕方がない。
「わかった、わかったよ。わかったから、そんなに睨むな。」
睨まれると、少し、怖い。
睨まれたことで少し縮こまった俺を見ながら、鈴は、ため息をつく。
そして、口を開く。
「はぁ。S-1ランクの戦士が、なんでBランクの私に睨まれて縮こまっているのですか・・・。」
鈴が俺のことをS-1ランクと言った瞬間、ナターリアが、ぎょっとした表情で俺を見たのだった。




