第66話 次なる戦いへ
治安作戦軍の佐藤=柴雄元帥が到着したので、状況を説明しようとする。
すると、ナターリアが、頬を押さえながら上体を起こし、言う。
「く・・・くそ、しっかり殴りおって・・・。」
そんなナターリアの頬は、俺の打擲により、大きく腫れている。
俺は、そんなナターリアに、言う。
「くそとはなんだ、くそとは。殴るだけで済ませてやったんだぞ。」
戦いに負けたにもかかわらず、エミーリアの自我を乗っ取ろうとしたのだ。
殴るだけで終えたことを、感謝すらしてほしいものだ。
そのやり取りを見て、柴雄は再び疑問を浮かべる。
「・・・どういう状況かね?」
ああ、そうだ。
説明しなければ。
俺は、柴雄に説明をする。
ナターリアと戦うまでの経緯。
ナターリアが起こした騒乱と、その背景。
エミーリアの因縁。
俺の説明では不足するところは、作太郎が注釈を入れてくれた。
正直、助かる。
俺は、説明はそこまで上手くない。
話を聴いていた柴雄の、内部に浮かぶ核のようなものが、ぐるぐると動く。
不定形人種の表情は、慣れていないと読み取りづらい。
まあ、慣れていなくとも、普段あまり動かない核のようなものがこれだけ動けば、なんとなく感情が動いているのだということは、わかる。
一通り説明を終える。
説明を終えても少しの間、内容を考えているのか、柴雄の核のようなものは動き続けた。
10秒ほどで、核のようなものの動きが止まる。
「ふーむ・・・。状況は、わかった。」
そして、柴雄はナターリアの方を向く。
「さて、ナターリアとやら。今のメタルの説明に、相違はないか?」
ナターリア側の言い分もちゃんと聞こうというスタンスは、中立さを感じさせる。
治安作戦軍と言う、警察機構を統括するからこそのスタンスだろうか?
ナターリアは、訊かれたこと自体に少し驚きつつも、答える。
「あ、ああ。大まかには違わん。」
その言葉を聞き、柴雄は、悩むような姿勢になる。
「さて。そうなると、自治区間紛争の責任者として事情聴取すべきか、国家転覆を企てたとして逮捕するか、それとも、騒乱を起こしたことを理由とするか・・・。」
この国は連邦制国家であるため、紛争や騒乱を起こしたとしても、自治区間紛争を起こしたのか、国家転覆を狙ったのかなど、その扱いに幅があるのだ。
今回のナターリアが起こした騒乱は、一応、人々を赤い宇宙から逃がすためのものだ。
柴雄曰く、こういった不特定多数の人々を救うために騒乱を起こすケースは珍しいそうで、どういった名目で捕縛するべきなのかが難しいらしい。
「まあ、理由は後で整理するか。起こした事案の内容は重い。少なくとも、捕縛はさせてもらおう。」
柴雄は、ナターリアに言う。
「立つんだ。抵抗はしないように。」
ナターリアは、立ち上がろうとするが、上手く立ちあがることができない。
膝ががくがくと震えている。
「・・・ぐ、た、立てん。」
打擲したダメージと戦いのダメージが合わさり、立てないようだ。
その様を見た柴雄が、呆れたように言う。
「メタルよ。だいぶ強く殴ったな?」
柴雄は、そう言いつつ、ナターリアを担ぎ上げる。
はて、そんなに強く殴っただろうか?
力を失っていたところを殴ったから、ダメージが大きいのだろうか。
「往生際が悪いナターリアが悪い。」
エミーリアに手を出したのだ。
仕方がないだろう。
俺がそう言えば、柴雄は軽く笑い、何も言わなかった。
そんなやり取りをしつつ、柴雄がナターリアを連行しようとしたとき、鈴が戻ってきた。
そして、ナターリアを担ぎ上げている柴雄を見て、言う。
「よかった、まだいましたね。ちょっと、連行は待ってもらえますか?」
鈴がそう言うと、柴雄が鈴の方に頭を向け、言う。
「ふむ。まだ何か聞き取りでも?」
鈴が答える。
「少し、状況が変わりました。ナターリア氏には、協力してもらうことがあります。」
それを聞いた柴雄は、ナターリアを床に降ろす。
すると、ゆっくり降ろしたにもかかわらず、ナターリアが呻く。
「ぐぅ・・・。なにか、冷やすものとかは、ないか・・・?」
頬を押さえながら上体を起こしたナターリアが、言う。
そんなナターリアの頬の腫れはさらに大きくなっており、紫色になっている。
・・・強くやりすぎたか?
思ったよりも、ナターリアは力を失っていたようだ。
膝は未だ力が無く、まだ立ち上がることは難しいようである。
「こちらをどうぞ。罪人、もしくは捕虜を治療しないのは、虐待になってしまいますからね。」
鈴はそう言い、どこからともなく取り出した氷枕を、ナターリアに手渡す。
「すまない・・・。」
ナターリアは、氷枕を受け取ると、晴れた頬に当て、患部を冷やす。
「一応、衛生兵を手配しておきますね。」
そう言い、鈴はタブレットを操作する。
タブレットを操作して衛生兵を手配する鈴に、柴雄が問う。
「ナターリアに、協力を求めるのだな?」
柴雄の問いに、鈴が頷く。
「ええ。よいですか?」
鈴の言葉に、柴雄は口を開く。
「・・・今回の件は、国の存亡に関わるのだろう?」
柴雄の問いに、鈴は頷き、答える。
「ええ。国どころか、宇宙の存亡に関わります。」
その言葉に、柴雄の内部に浮かぶ核のようなものが、ぐるぐると動く。
やはり、不定形人種の表情は、よくわからない。
だが、さきほどよりも核のようなものの動きが激しい。
色々考えているのだろうか。
「宇宙か・・・。宇宙の存亡に関わることを、我が国の法解釈云々で止めるのは、流石に愚かだな。」
ぐるぐる動いていた核のようなものが、ぴたりと止まる。
考えがまとまったようだ。
「ナターリアは、罪状どころか、捕縛理由も確定しておらん。だが、法解釈や後処理は、私の方でいくらでもどうにかなる。殺す以外なら、好きなようにして大丈夫だ。」
それで、いいのか・・・?
まあ、犯罪やその関連法の専門家である柴雄がそう言うのならば、いいのだろう。
柴雄がそう言うと、鈴は、とてもいい笑顔で、礼を言う。
「ありがとうございます!」
鈴の礼を聞いた柴雄は、軽く頷き、言葉を返す。
「私は、後処理のために動きはじめる。何かあったら、連絡をくれ。」
柴雄はそう言うと、どろり、と崩れるようにいなくなってしまった。
関係部署へ根回ししたり、法解釈を整理したりするのだろうか?
柴雄が去るのを見届けた鈴は、ナターリアの方を見て、言う。
「ということですので、協力してもらいます。」
鈴は、そう言うと、ナターリアを雑に担ぎ上げる。
「まて、私はまだ協力するなど・・・。」
この期に及んで喚くナターリアに、俺は、言う。
「まだ、戦い足りないか?」
俺がそう言えば、ナターリアはびくりと体を震わせる。
そのナターリアの様子に、鈴が言う。
「メタルさん、そこまで脅さなくとも、協力させますので、大丈夫ですよ。」
そう言う鈴の表情は、妙に冷たい笑顔だ。
・・・ちょっと怖い。
ナターリアも、その笑顔に戦慄している。
少しナターリアにその笑顔を向けた後、鈴は、冷たくない笑顔を顔に宿すと、俺とエミーリアの方を見て、言う。
「メタルさんとエミーリアさんも、同行してもらえますか?」
俺とエミーリアもか。
何か協力できることがあるのだろうか。
「場合によっては、お二人にも、協力していただくことになります。」
俺の頭では、赤い宇宙に関することで、今この段階で特に協力できるものは無いと思っている。
だが、俺の、戦闘に関してだけは鋭い勘は、別のことを言っている。
大きな戦いが目の前に迫っている、と。




