第65話 完全撃破
エミーリアは、力を体に馴染ませるために、アウトドアマットの上に横になる。
「・・・おや、す、み。」
エミーリアは、すぐに寝息を立て始めた。
寝息を立てるエミーリアの周囲には、その愛らしい姿に似合わない、物凄い強さの力が渦巻いている。
エミーリアの体に馴染んでいない力が、エミーリアの力と混ざり合っている過程で発生する余波だろう。
その力の強さたるや、周囲の空間が歪んで見える瞬間すらあるほどで、ナターリアから受け取った力の強さがよくわかる。
本来ならば、ここまで大きなエネルギーを受け取ると、体に馴染ませるどころの話ではない。
受け止めきれない力が漏洩して霧散するくらいならいい方で、最悪、エネルギー量に耐えられずに身体が崩壊することすらあり得る。
だが、エミーリアに関しては、元々エミーリア自身がナターリアのうちの一人、本来ならば同一人物なので、エネルギーを受け取る際の負荷が小さい。
さらに、過去にメーアという、これまたSランクに迫る強さの者からエネルギーを受け取っている。
そのため、エミーリアは、強いエネルギーを受け入れるのに慣れているのだ。
故に、ただ眠って力を馴染ませるだけで、ナターリアの強大な力を受け入れることができているのだろう。
そんなことを考えながらエミーリアを見つめていると、ナターリアが、俺に声を掛けてくる。
「・・・貴様、名はメタルといったな。」
俺は、その問いに、ナターリアの方を見て、頷く。
俺が頷いたのを見て、ナターリアは、言葉を続ける。
「ならば、貴様は、伝承に謳われる、あの『青の戦士』そのものなのか?」
その言葉に、俺は頷かない。
「そうだとしたら?」
質問に、質問を返す。
すると、ナターリアは、何か口を開きかけた後、思い直したかのように、首を振る。
「・・・いや、いい。エミーリアも、良き伴侶を見つけたものだ。」
何を言おうとしていたのかは、わからない。
だが、ナターリアの中で、何かの葛藤はあったようだ。
「どうした?」
俺がそう問えば、ナターリアは、すこし渋い表情をしつつ、先ほど言い淀んだことを、口にした。
「お前なら、赤い宇宙を、倒すことはできるか?」
おや。
もう少しオブラートに包むように訊いてくるかと思ったが、そうでもなかった。
赤い宇宙への対応は、それほど、ナターリアの心の中を占めるモノなのかもしれない。
赤い宇宙、か。
今、思い返してみれば、旅に出てから、赤い宇宙と相対したことは、何度もあった。
1回目は、剣が峰の麓で戦った、異様に硬いツルギガミネセンジュ。
あのツルギガミネセンジュが放った赤い光線は、俺のエネルギーを奪っていくような、なんだか恐ろしい感覚があった。
今思えば、あのツルギガミネセンジュは、赤い宇宙の力を宿していたのだろう。
2回目は、大盾要塞の76番要塞で遭遇した、最終的に覇山に倒された戦闘旅客、レオン。
周囲に展開していた赤い沼のような領域は、周囲の土ごと俺を飲み込もうとしてきた。
最終的に覇山に処断されたが、そうでなかった場合、あのレオンという旅客は、赤い力を制御できていたのだろうか。
3回目は、首都、アルバトレルスの科学者の男である。
攻撃する度に、赤い光を迸らせ、損傷を回復していた。
周囲のエネルギーを奪うようなことはなかったが、感覚からして、あれも赤い宇宙が元になっている力だったのだろう。
4回目に遭遇したのは、ノノと遭遇した時だ。
ノノが、赤い空間を研究しており、『赤色侵略空間』と呼んでいた。
その認識は、殆ど間違っていなかった。
赤い宇宙は『赤色侵略空間』と呼ぶにふさわしい、この宇宙を喰らう、とんでもない存在だったのだ。
宇宙。
宇宙を相手にするのか。
流石に、これまで億単位の年月を生きてきたが、その経験は、無い。
宇宙と戦うには、どうしたらいいのだろうか?
攻撃はどう当てる?
エネルギー量はどれほどなのか?
何も、分からない。
「わからん。」
相手について何もわからない以上、そうとしか言えない。
俺の回答を聴き、ナターリアは、若干の失望が滲む表情をする。
「・・・そうか。いや、それが正しい答えだな。」
何か、諦めを纏った声色だ。
まあ、そういう反応になるだろう。
だが、4回の遭遇を思い起こし、考えてみる。
少なくとも、全ての戦いにおいて、赤い空間のエネルギードレインのような攻撃には、耐えることができた。
そう考えれば、決して一方的にやられることはないかもしれない。
「だけど、タダで負けるつもりはないよ。」
一方的はやられない、そういう意味を込めて俺が言うと、ナターリアは、驚いたような表情をする。
そして、感心したような口調で言う。
「ほう。思ったよりも強気だな。」
とはいえ、何か策があるわけではないのだが・・・。
そんな話をしていると、何故か、ナターリアの顔色がどんどん悪くなっていく。
・・・?
固有の世界が破壊された影響が、今になって出てきたのだろうか?
いや、一度回復してから再発することは、あまり考えられない。
「どうした?顔色が・・・。」
俺がナターリアに訊こうとしたその時、エミーリアが身じろぎする。
「ん・・・んぅ・・・。」
小さく声を上げ、エミーリアが目を覚ました。
気が付けば、エミーリアの周囲を渦巻いていた力は、無くなっている。
数分。
たった数分で、エミーリアはナターリアの力をすべて馴染ませたようだ。
「・・・おはよう、メタル。」
「ああ、おはよう。」
俺とエミーリアで、そんな会話をする。
その会話を見たナターリアが、真っ青な顔色で、苦々しい表情をしている。
「・・・攻撃された。」
エミーリアが、とても不穏なことを言う。
「なに?どういうことだ?」
俺がそう問うと、エミーリアは、ナターリアを指さす。
「私の精神を、乗っ取ろうとした。」
エミーリアの言葉に驚き、ナターリアを見る。
ナターリアは、企みがばれた者が良くする、苦々し気で気まずそうな表情をしている。
・・・なるほど。
ナターリアは、エミーリアに力を明け渡すふりをして、エミーリアを乗っ取り、再起を図ろうとしたのだろう。
俺に話を振っていたのは、どうやら、エミーリアから気をそらす意味もあったようだ。
なんとも、往生際が悪い。
そして、胸糞悪い。
ナターリアを睨みつける。
すると、ナターリアは先ほどからの悪い顔色のまま、汗をだらだらと流し始める。
「あ・・・。そ、そんな、怖い顔をするな。」
その反応からして、エミーリアの言っていることは、本当なのだろう。
俺は、ナターリアに何かする前に、エミーリアに問う。
「エミーリア、ナターリアからの乗っ取りの悪影響は無い?」
エミーリアは、頷く。
「うん。全部、私にした。」
なるほど。
だが、内部で乗っ取ったナターリアが、演技している可能性もある。
ちょっと失礼にはなるが、探らせてもらおう。
「エミーリア、ちょっといい?」
エミーリアが、頷く。
頷いたエミーリアの頭に、手を置く。
そして、エミーリア内部の力を、感じ取る。
・・・。
・・・・・・。
・・・・・・・・・うん。
全て、無事にエミーリアになっているようだ。
ナターリアの気配は、無い。
ナターリアのエミーリア乗っ取りは、完全に失敗したようだ。
先ほどからナターリアの顔色が悪くなっていたのは、ナターリア達がどんどんエミーリアに取り込まれていることに、ナターリアが戦慄していたのだろう。
「け、結局、残る私達は、私だけになってしまったのだ。ゆ、許せ。」
それは、レギオン、特に群体レギオンにとっては、凄まじい一大事なのかもしれない。
だが、そんなことは関係ない。
「私は大丈夫。殺しちゃだめ。」
エミーリアが、言う。
その言葉には、殺さない程度に何かしてやれ、という響きが籠められている。
わかった。
一発。
一発で済ませてやろう。
「よし。一発だけ、殴らせろ。」
俺がそう言えば、ナターリアの表情は、さらに青くなる。
そして、必死な声で叫ぶ。
「貴様、心が無いのか!?」
その言葉に、俺の怒りは、ますます高まる。
「それはこっちのセリフだ、バカヤロー!!!」
感情のままに叫び、ナターリアの頬を打擲する。
「ぐぇーっ!」
ナターリアは、衝撃に叫びをあげ、口から血を引きながら、床に転げる。
「ふん、これで許してやろう。」
まだ溜飲が下がったわけではないが、これ以上は過剰だ。
この辺でやめておこう。
ナターリアは、ほぼすべての力をエミーリアに吸収された。
さらに、レギオンの力の源と言える、無数の自分達もいなくなり、現在のナターリア一人だけになった。
加えて、自身の固有の世界も破壊され、その復旧には長い時間が必要になるだろう。
今この瞬間において、ナターリアは、完全に撃破されたのだ。
あまり過剰に追撃を咥えれば、それは報復ではなく、ただの虐待である。
そんなやりとりをしていると、地面から、透明な水のような、ゼリーのような何かが、盛り上がってくる。
その何かは、数秒で人と同じくらいの体積まで溜まる。
そして、その透明な何かはどこからともなく軍服を取り出すと、その首部分から、流れるように収まっていく。
そして、服に詰まった身体から、核のようなものが二つ。目があるならここであろう位置に移動してくる。
数秒で、そこには、軍服を纏った(?)不定形生物が、立っていた。
碧玉連邦の憲兵、正式名称は碧玉連邦軍治安作戦軍。
そのトップである治安作戦軍元帥、佐藤=柴雄(サトウ=シバオ)である。
佐藤は、立っている俺とエミーリア、口から血を流して倒れているナターリアを見て、首を傾げる。
そして、心底不思議そうな口調で、言う。
「さて。呼ばれたから来たが、これは、どういう状況かね?」




