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青い星にて戦士は往く  作者: Agaric
第6章
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第64話 ナターリアの力


「脱出船は、利用させていただきますよ。」


 ナターリアは、怒涛の展開についていけていないのか、呆けた表情のまま、その言葉に頷いた。

 その頷きを見た鈴は、どこからともなく無線機を取り出し、言う。

「こちら、懸木。所有者からの許可は得た。工事を開始せよ。以上。」

 どうやら、簡易ながら脱出船の所有者への許諾が取れたということにするようである。

「なに?完成に向けて準備とか言っていたが、まだ工事に手を付けていなかったのか?」

 我に返ったナターリアが、訝しげに言う。

 確かに、先ほどまでの話し方ならば、既に工事が始まっていると思うだろう。

「ええ。まだ正式に接収はしていませんでしたし。完成に向けて、資材の運搬などの「準備」はしていましたが。」

 そう言われ、ナターリアは渋い表情をする。

 ナターリアとしては、普段の精神状態ならば絶対に騙されない雑な話術に翻弄されたので、納得がいかないのかもしれない。

「最悪、強制的に没収することも考えたましたが、協力的で助かりました。」

 そう言われてしまえば、ナターリアも、渋々ながら納得するしかない。


 そこまで話した鈴は、俺とエミーリアの方を向く。

 そして、口を開く。

「さて。私のやらねばならぬことは、終わりました。」

 鈴は、わざとらしく荷物を纏めながら、口を開く。

「今後のナターリア氏の身柄は、これから来る治安作戦軍の佐藤元帥に引き渡します。」

 佐藤か。

 アルバトレルスの件のとき、裏紅傘の面々と一緒に首都で会って以来か。

「佐藤元帥が到着するまで、あと1時間ほどかかります。」

 荷物を纏め終えた鈴が、こちらを見ずに、言う。

「エミーリア旅客中尉。メタル=クリスタル客員大将と共に、佐藤元帥が来るまでナターリアを監視していてください。」

 鈴の姿が、足元からゆっくりと消えていく。

 自分をどこかへ転送しているのだろう。

「決して、自死など、させぬよう。」

 最後にそれだけ言い残し、鈴は、消えてしまった。



 鈴は、エミーリアに時間をくれたのだ。

 そして、自死させるなと言い残した。

 要するに、たとえ殺したとしても、ナターリアの自死として処理すると言っているのだ。

 まあ、因縁の決着は当事者同士でつけろということだろう。

 それを踏まえ、俺は、エミーリアに話しかける。

「エミーリア、鈴の言っていた意味は、分かる?」

 俺の言葉に、エミーリアは頷く。

 そして、エミーリアは、ナターリアに歩み寄る。

 ナターリアは、近寄ってくるエミーリアに、言う。

「なんだ?あの女が言っていたように、殺すか?」

 ナターリアの言葉に、エミーリアは、しかし、反応はしない。

「そうか、そうだな。お前では、私は殺しきれないからな。そこの、メタルとやらに、殺させるのか?」

 反応のないエミーリアに、ナターリアはさらに言う。

 今度は、エミーリアが反応した。

 首を横に振ったのだ。

 その反応を見て、ナターリアが疑問を口にする。

「では、どうする?」

 ナターリアは、その問いに、口を開く。


「力を。」

 

 なに?

 力を欲しがるのか?

 エミーリアの本来望んでいた形ではないとはいえ、目標であるレピスタは撃破されている。

 これ以上力を求める理由はないはずだ。

「どうしてだい?」

 思わず、エミーリアに訊ねる。

 すると、エミーリアは、いつものように言葉少なく答える。

「・・・ナターリアが、二度と、変な気を起こさないように。」

 なるほど。

 ナターリアの力を失わせることで、今後、ナターリアが変なことを企てないようにするつもりなのだろう。

 それだけでは陰謀を企てることを完全に防ぐことは難しいだろうが、少なくとも、陰謀を企てる際の労力や難易度は大きく上昇するだろう。


 エミーリアに力を求められたナターリアが、軽蔑したような口調で、エミーリアに言う。

「なんだ。己の弱さを悔いたか?」

 ナターリアの言葉に、エミーリアが頷く。

 そんなエミーリアに、ナターリアが蔑むように、言う。

「はっ。他人の力を得て、労せず強くなることで、満足か?」

 エミーリアは、ナターリアの言葉に、首を傾げる。

「・・・?私が弱いことを悔いたのは、そう。でも、ナターリアが力を渡すのは、私じゃない。」

 エミーリアの言葉に、ナターリアが訝しげな表情をする。

 その表情を気にすることなく、エミーリアは、言葉を続ける。

「力は、メタルに、渡す。」

 

 ・・・なに?俺?


 唐突に自分の名前が出て、びっくりする。

「勝ったのは、メタル。」

 ああ、そういうことか。

 あくまで、勝ったのは俺で、ナターリアの力をどうにかする権利があるのは、俺だと言いたいのか。

「メタルが、力を得るべき。」

 やはり、そのようだ。


 だが、残念ながら、俺は、ナターリアの力を受け取ることはできない。

 力の質が違いすぎる。

 そして、エミーリアがメーアの力を受け取った時のように力を受け入れられるほど、俺の力の器に余裕はない。

 器自体は鍛錬で大きくなるが、Sランク超人の力の量は、あまりにも膨大だ。

 今すぐに受け入れるのは、流石に無理である。

「いや、俺はいいから、エミーリアが力をもらいな。」

 俺がそう言うと、エミーリアは、不服そうな表情をする。

「じゃあ、私も、いらない。」

 エミーリアがそう言うと、大きな溜息が聞こえた。

 ナターリアが、呆れた表情になっている。

「・・・なんだ。ならば、何もしないとでも、言うのか?」

 ナターリアがそう言えば、エミーリアは、少し考えてから、口を開く。

「・・・そうなる。」

 エミーリアがそう言った途端、ナターリアが噴き出す。

「ぶふっ、はっはっはっは!なんだそれは!何もしない?」

 ナターリアはしばらく笑った。

 そして、笑いが落ち着いてから、言う。

「まさか、何もしないと言われるとは思わなかった。」

 そして、俺とエミーリアを見て、言葉を続ける。

「いいさ。私の力は、エミーリアに渡そう。」

 それを聞いて、今度はエミーリアが訝し気な雰囲気を纏う。

「・・・何故?」

 すると、ナターリアは簡単に答えた。

「なに。エミーリアよ。貴様は元々、私なのだ。力を渡すのに、これ以上相性のいい相手はいない。」

 そして、自嘲気味の表情を浮かべ、続ける。

「内面世界が破壊された今、放っておけば、私の力は霧散して消える。それは、今まで力のために犠牲にした私達が無駄になる。」

 ナターリアは群体レギオン。

 無数にいるナターリア達の全てが、独自の人格を持っている。

 目的のためとはいえ、その人格のある個人を”消費”してきたことに、罪悪感があるのかもしれない。

「それに、私の計画は、終わった。もう、力はいらぬからな。」

 そう言うナターリアの姿は、どこか、小さくなって見える。

 燃え尽きた、というやつなのだろう。

 エミーリアが、納得いかないような表情をしているのを見て、ナターリアは、言う。

「私の力の質は、そこのメタルとは違いすぎる。ここで私の力を受け取ることができるのは、エミーリア、貴様しかいないのだ。」

 そう言いながら、右手を振り上げる。

「大人しく、力を受け取るがいい。」

 ナターリアは、そう言うと同時に右手を振り下ろす。


 すると、周囲に倒れていたナターリア達が、ゆらり、と、立ち上がった。


 思わす、蒼硬を構える。

 そんな俺を見て、ナターリアが言う。

「ああ、そんな身構えんでもいい。よく見ろ。」

 そう言われ、周囲のナターリア達を見る。

 ・・・ナターリア?

 いや、エミーリア?

 周囲に立っているのは、エミーリア・・・?

 いや、しかし、倒れていたのは、先ほどまで戦っていた、ナターリア達だった筈・・・? 

「エミーリアよ。お前は元々、私。」

 ナターリアの言葉に、エミーリアは、何かを悟ったようだ。

 覚悟を決めた表情になった。

 ナターリアは、自嘲気味に言う。

「実はな、度重なる無理な強化で、私以外の私達の人格は、既に、崩壊しかけていたのだ。」

 なるほど。

「あの者達を繋ぎ止め、命と人格を支えてきた私の内面世界は、崩壊した。」

 既に人格が崩壊しそうだからこそ、ナターリアの内面世界にあった無数のナターリアの顔は、どこか、何かを堪えているような表情だったのか。

 自我の崩壊に、必死に抗っていたのだ。

「もはや、そこの私達の人格は、白紙になっている。そこにいるのは、私でも、エミーリアでもない、白紙のレギオンたちだ。」

 白紙のレギオンたち。

 ナターリアでも、エミーリアでもない存在。

 だから、俺には、ナターリアにも、エミーリアにも見えたのだ。

 ナターリアは、自嘲気味だが、どこか、吹っ切れたような表情をしている。

「エミーリアよ。お前が受け入れなければ、あのレギオンたちは、死ぬ。」

 

 ナターリアのその言葉を受け、エミーリアは、しばらく、無言で動かなかった。

 いろいろ、考えているのだろう。

 たっぷり10分ほど考え、エミーリアは、口を開く。


「・・・わかった。受け入れる。」


 エミーリアがそう言った瞬間、周囲の無数の元ナターリア達は、エミーリアに向かって、歩き出した。

 その姿を見て、エミーリアは、自分たちを展開。

 背中の、腹の、肩の、腕の。

 エミーリアの全身にある縫い目から、エミーリア達がどんどん出てくる。


 そして、出てきたエミーリア達は、元ナターリア達の白紙のレギオンを受け入れていく。

 エミーリア達の全身の縫い目に、白紙のレギオン達が、次々と入っていく。

 数分と経たず、元ナターリア達は、全員、エミーリアに受け入れられた。

 あとは、展開しているエミーリアたちが、いつもの通り、元のエミーリアに戻っていくだけである。


 そして、10分とかからず、全ての白紙のレギオンは、エミーリアに受け入れられた。


 エミーリアからは、エミーリアの元々の力と、それとは混じっていない無色の力の二つを感じる。

 白紙のレギオン達を受け入れ切ったエミーリアは、言う。

「・・・メタル、私は、少し、眠る。」

 力を体に馴染ませるためだろう。

 俺は、それに頷き、鈴の残していったアウトドアマットを、広げる。

「分かった。ゆっくりお休み。」

 エミーリアは、そのアウトドアマットの上に、小さく、横になる。

「・・・おや、す、み。」

 エミーリアは、すぐに寝息を立て始めた。



 寝息を立てるエミーリアの周囲では、凄まじいまでのエネルギーが、渦を巻いているのだった。



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