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青い星にて戦士は往く  作者: Agaric
第6章
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第63話 ナターリアの計画


「いろいろ、教えてくれますね?」


 そう言い、鈴は、にっこりと、底冷えのするような笑みを浮かべる。

 しかし、ナターリアに動じた様子はない。

 鈴の戦闘ランクはBランク中位。

 Sランクのナターリアとしては、凄まれても怖くはないのかもしれない。

「ああ、私は敗者だ。答えるとも。」

 だが、動じていないとはいえ敗北した身である。

 抵抗の意思はないようで、思いのほか素直だ。


 実際に、聞き取りにおいても、ナターリアは、素直に答えていった。

 多くの策を弄したようだが、その全てが破られたのだ。

 今更抵抗しても仕方がないと思ったのかもしれない。

 ナターリアから聴取をするとともに、特殊部隊員からも聴取を行った。

 こちらの聴取は、ナターリアからの聴取よりも、よほど時間がかかった。

 最後まで離反しなかったリンガー達からの聴取は、特に問題なく終わった。

 問題は、ヴィール達、途中で離反した特殊部隊員からの聴取だった。

 ナターリアの計画に心酔しているのか、裏切ったことが気まずいのかはわからないが口が重く、聴取は上手くいかなかった。

 結局、大局には関わらないということで、その聴取は後に回すことになってしまった。


 

 ナターリアへの聴取の結果、レピスタ改めナターリアは、この宇宙を侵食してきている赤い宇宙から逃げることを目的に行動していることが、改めて確認された。

 西方の辺境で起こした騒動は、この宇宙から逃げ出すための術式を起動する際のカモフラージュだったとのことである。

 西方の辺境での騒動は解決まで1か月程度かかることを計算しており、その間に脱出船の完成と脱出術式の軌道を同時並行で行う予定だったそうだ。

 碧玉連邦では、一定以上の出力の大魔術や大呪術は、行う際に国への届け出と審査が必要になる。

 宇宙を超えるための術式だ。

 当然、国の基準を超える、凄まじい魔力や呪力の動きになる。

 そうなれば、届け出無しの大魔術行使として、国からストップが入ると考えたのだという。

 エミーリアについては、戻ってくる確率は30%程度だと思っていたのだそうだ。

 戻ってくるように深層心理には刻み込んでいたが、それがあったとしても、戻ってくるのが間に合わない確率の方が高いと考えていたらしい。


 さらに、過去の事件についても、真相が明らかになった。

 俺たちが首都で捜査した失踪事件。

 その時、空間魔術で失踪した人々がいた。

 その時の空間魔術は、鈴の事前調査のとおり、ナターリアによるものだった。

 ナターリアの作戦に賛同し、かつ、力になるだけの能力を持つ人物を召喚し、組織を強化するのが目的だったとのことである。

 ダエダレアの中で覇山と戦ったギノーサも、空間魔術で攫われた一人だそうだ。

 犯罪組織アルバトレルスの失踪事件と時期が被ったのは、アルバトレルスの動きを知ったナターリアが、カモフラージュのためにタイミングを被せたからだそうだ。


 空間魔術で技術者や力のあるものを収集して組織の力をつけ、自身は種族がレギオンであることを利用して無理やり自分自身を強化する。

 そうやって、赤い宇宙からの逃亡計画を実行しようとしていたのだという。


 根底にあるのはこの世界の人々を少しでも助けたいという、高尚な思考。

 だが、その手段が良くない。

 

 今回の西方の騒動では、ダエダレアの暗雲に追い立てられていた原生生物の群れの、本隊にあたる集団は要塞まで到達しなかった。

 それでも、ロンギストリアータ要塞での戦闘では、数百人の死者と、数千人の傷病者が出た。

 軍が複数の戦略超人を投入しても尚、それだけの被害が出るほどの大きな戦いだったのだ。

 本隊にあたる群れまで要塞に到達していれば、万を超える被害が出たことは、容易に想像ができる。


「この犠牲については、考えていなかったのですか?」

 そう、鈴が淡々とした口調で問うと、ナターリアは、諦めの漂う笑い声をあげ、言う。

「はは、犠牲だと?」

 ナターリアの反応に、鈴が、少し、眉を顰める。

「逃げる方法は、既に失われた。赤き宇宙の浸食は、もはや止めようがない場所まで来ている。」

 ナターリアは、感情を爆発させ、叫ぶ。


「貴様ら。正義面しているが、何をやらかしたか、分かっているのか!」

 その言葉に、鈴の表情は動かない。

「貴様らのせいで、逃げられるハズの者達も、逃げられなくなった!」

 感情に任せるように、ナターリアは、続ける。

 その剣幕に、鈴は、目を瞑る。

「綺麗ごとだけで、最低限生き残る可能性すら潰した気分は、どうだ!気持ちがいいか!」

 ナターリアは叫びきり、肩で息を切らしている。


 ナターリアが叫び終わった時、鈴は、くわっと、目を見開いた。

 そして、鈴も、感情を乗せ、叫ぶ。


「黙れ!馬鹿者!」


 叫ぶ鈴を、ナターリアは、しかし、一切引かずに睨み返している。

「あの程度の脱出船で、逃げ出せる、だと?」

 感情が高ぶり、鈴の口調が変わっている。

 ナターリアの表情は、脱出船について触れられた瞬間、歪む。

「貴様の用意した術式は、見た。」

 鈴は、言葉を続ける。

「脱出船、術式、どちらも甚だ不完全だ。あんなもの、他の宇宙に渡る途中で、自壊する。」

 そう吐き捨てた鈴は、少し落ち着いた声色で、言う。

「あの船で、あなたが言う赤い宇宙から逃げきることができる可能性は、0.1%程度にしかなりません。」

 

 鈴のその言葉を聞いた瞬間、ナターリアは苦々し気な表情を浮かべる。

 どうやら、逃亡の成功率が低いことは、自覚があったようだ。

「・・・私の力を、加味しても、か?」

 ナターリアの声は、少し、震えている。

 鈴は、その問いに、表情を変える。

「そこを加味すれば、0.5%程度。」

 ナターリアは、さらに問う。

「私が、エミーリアの力を統合すれば?」

 鈴は、その問いに、端的に答える。

「それで、1%程度。」

 諦めきれないのか、現実を見たくないのか。

 ナターリアは、まだ問いを投げかける。

「貴様らの妨害が入らなければ?」

 鈴が答える。

「私たちの妨害は、元より加味していない数値です。全てがうまくいったとしても、あなただけの力では、他の宇宙へ逃げられる確率は1%が限界でしょう。」

 ナターリアが何かを言う前に、鈴が、さらに続ける。

「もし、貴方が赤い宇宙からの侵略に気が付いたその時点で、私達に相談していれば、確率は遥かに上がったでしょうに・・・。」

 鈴が言う言葉に、ナターリアが、再び問う。

「・・・っは。それで一体、どれだけ上がるとでも?」

 馬鹿にしたような声色だ。

 だが、鈴は、淡々と答える。

「10%。」

 10%か。

 思ったよりも上がらないな。

 俺がそんなことを思っていると、ナターリアが驚きを含んだ声で、言う。

「・・・そんなに、上がるのか?」

 鈴が頷く。

「ええ。国という組織の大きさによる計画の速度低下を加味して尚、これだけの確率は確保できたでしょう。」

 愕然とした表情のナターリアを気にせず、さらに、鈴は言葉を続ける。

「そして、ざっと見た感じ、貴方が用意した脱出船の基礎設計自体は優れています。」

 何かのタブレットを出し、データをさらさらといじりながら、鈴は言う。

「貴方の設計や計画を流用できれば、脱出確率は最低でも15%程度、さらに、脱出人数も10万人ほどまでは向上させることができたでしょう。」


 鈴がそう言うと、ナターリアは、がっくりと肩を落とす。

 そして、ナターリアの頬を、一筋、涙が伝う。

「ああ・・・私は、愚かだったのだな・・・。」

 そんなナターリアに、鈴は、言い放つ。

「ええ。愚かだったのです。」

 鈴が言葉を続ける。

「現在、貴方が作成した脱出船は、わが技術作戦軍が制圧し、完成に向けて動いています。」

 鈴の言葉に、ナターリアが、ハッと、顔を上げる。

「今からでも、脱出確率は、5%くらいは目指すことができます。」

 ん?

 鈴も、脱出を考えているのだろうか?

「どうして脱出船を?」

 俺がそう問えば、鈴は、軽い感じで答える。

「現在、赤い宇宙には、覇山元帥が潜り、偵察を行っています。」

 なんと!

 覇山がここに来ていないのは、そういうことだったのか。

「ブライアン中将がサポートに当たっており、二人がここに来ていないのはそのためです。」

 覇山が向かったならば、そのまま倒してしまいそうな気もするが・・・。

「もし、偵察の結果、倒すことができないとなった場合に備え、脱出手段を確保しておくことは必要です。」

 それもそうだ。

 納得した俺から目線を外し、鈴は、ナターリアの方を見て、言う。

「脱出船は、利用させていただきますよ。」

 ナターリアの表情は、急な展開についていけず、呆けている。


 ナターリアは、呆けた表情のまま、その言葉に頷くのだった。


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