第6話 ダンジョン
その後、武器の予約の手続きなどを行い、ボリス武具工房から出た時点で、時間は20時になっていた。
いまから動くには、少し遅い。金稼ぎは、明日からだろう。
屋上市場は、先ほどからさらに食事屋台が増え、完全に飲み屋街の様相になっている。
屋台からは湯気が立ち昇り、おいしそうなにおいが漂ってくる。
そして、どの屋台からも、陽気な笑い声が漏れている。
う~ん、腹が減った。軽く一杯飲みたい気分だ。
そう思い、エミーリアを見ると、エミーリアの目線は、屋台に釘付けである。
エミーリアも、おなかが空いているらしい。
「寄っていく?」
エミーリアに訊く。
「・・・・・・・・・・・・寄らない。」
たっぷり10秒ほど悩んで、エミーリアは答えた。
・・・なに!?
寄らない!?
まさか、エミーリアが、寄らないと言うとは・・・。
「私も、剣を予約した。お金が必要。節約する。」
な・・・なるほど。そういうことか。
エミーリアがそう言うなら、俺だけが飲み食いするのも、気が引ける。
今日は、飲まずに宿に向かうことにしよう。
*****
朝になった。
エミーリアは先に起きていたらしく、準備は整っている。
俺も、準備をしよう。
大盾旅客情報局の宿は、コンクリむき出しの簡素な宿で、ベッドは軍の兵舎に使われている一番グレードが低いものと同じであった。
だが、最低グレードとはいえ、軍用品。案外、寝心地はよかった。
この国は、兵士の待遇がいいのだ。
身支度を整え、宿泊エリアから、フードコートエリアに向かう。
フードコートエリアで、簡単に朝食を済ませる。
旅客情報局だけあり、旅客向けの朝食メニューは豊富だ。
朝食向きの塩味ヌードルを食べる。まあまあ旨い。
朝食を終え、仕事探しの端末へと向かう。
「仕事の、当てはある?」
エミーリアが訊いてくる。
当ては、ある。
「ああ。ダンジョンに行くよ。」
俺は、そう言いながら、大盾旅客要塞のダンジョン依頼一覧を印刷する。
ダンジョン。
正式名称は『特定変異領域』。
何かしらの原因により、通常状態とは異なる様相を呈している領域のことだ。
その昔、古城の地下に造られていた『ダンジョン』がこの領域に変異することが多く、通称となっている。地球でも似たような語源であるようだ。
ただ、実際は迷宮や地下牢などの人為的に制作されたものから、洞窟や森などが変化してできたものなど、そのバリエーションは多様である。
基本的に、魔力や呪力などのエネルギーを異常に蓄積した物質や生物を核として発生する。珍しい場合には、ダンジョン全体が核となっていることもある。
内部は様々なエネルギーの異常対流が起きており、周囲の自然環境や、物理法則などを無視した特殊な空間が形成されている。
その特殊な環境故にダンジョン内のみでしか見られない生物もおり、ダンジョンでしか発生しない物質も多数存在する。
ダンジョンは往々にして危険地帯だが、珍しい生物の素材や、魔力・呪力の異常対流によって変質した珍しい鉱物など、高価で魅力的な物が多くあることも事実である。
そのため、日々、ダンジョンに潜って一獲千金を狙っている者も多い。大きなダンジョンがある場所では、その攻略のための街ができるほどである。
ダンジョンは、核の破壊などでその領域が保てなくなると、長い時間をかけて崩落するなどして従来空間へと移行していく。
しかし、大きなダンジョンは崩落する中で新たに核が生まれ、消滅しきらないことも多い。逆に、小さいダンジョンは、外部からの影響がなくとも自然消滅することもある。
発生に規則性は無いものの、文明圏全体でいえば、3~10/日のペースで大体1つ発生しており、それとほぼ同量が自然消滅していると言われている。
国では、報告されたダンジョンを『D-○○』と番号を割り当てて管理している。DはダンジョンのDだ。
そんなダンジョンが、ここ、大盾要塞近傍にも存在する。
そのダンジョンは『D-163 大盾要塞群島部』。
大盾要塞は海に面した沿岸要塞である。
大盾要塞は、クレーターによってできた湾に造られた要塞であり、その海側には、クレーターリムの先端が突き出した島が数百存在する。
その島々は、歴史上、海洋要塞として利用され、多くの島に小型の要塞が建設されている。
しかし、小島の要塞群は、時代を負うことで不要になったり、戦いの舞台になって荒廃したまま復興されていなかったりなどで、多くが放棄されてきた。
その要塞群が、気が付いた時にはダンジョンと化していたのだ。
そのことに気が付いた軍が大慌てで解析した結果、大盾要塞のクレーターに付随する群島全てが特定変異領域と化していることが判明した。
現在は、一部の戦略上重要な島は軍により制圧され、大盾要塞の一部として使用されているが、それ以外の島は放棄されたままになっている。
軍としては、面目を保つためにも全ての島を制圧したいが、一度制圧した島でも、人がいなくなれば、1~2週間程度で再び魔法生物が湧いてくることが確認されている。
質の悪いことに、群島は全てが集まって一つのダンジョンになっているのだ。
そのため、現在使用している島も、ダンジョンとしての特性は無くなっておらず、時折発生する魔法生物への対応部隊が常駐している。
過去に、膨大なコストをかけ、軍が全ての島を制圧したこともあるのだが、群島がダンジョンであることは変わらなかった。核は発見されていないが、どうやら、ダンジョン全体が核であるパターンでもないようである。
そのような状況で、数百ある島の全てに兵を配置し続けることは、コスト的に現実的ではない。
そのため、現在は戦略的に重要な島以外は、放置されているのである。
しかし、軍としても何も対応をしていないのは、あまりよろしくない。
そこで、軍から戦闘旅客に対して、ダンジョン攻略依頼を出しているのだ。
今、俺たちの目の前には、軍から出された『大盾要塞群島部』ダンジョンの探索や解放の依頼がずらりと並んでいる。
「どれを受注する?」
エミーリアが、訊いてくる。
群島のそれぞれが独立している関係上、島によって難易度が大きく異なるようだ。
陸に近く、それでいて小さな島は、定期的な魔法生物駆除のみが募集されているだけであり、その魔法生物も、たいして強いモノではない。
しかし、大型で難易度の高い島のマッピングなどは、緑透金以上の旅客のみ受注可能となっており、報酬金は数千万印、さらに、ダンジョン内で採れたものも自由にしてよいという破格なものまである。
俺だけだったら、一番難易度が高いものを受注するが、今回はエミーリアもいる。
最高難易度帯のものは、あまりよくないだろう。
そうなると、ワンランク下の高難易度帯の仕事になる。
どれがいいだろうか・・・。
「これは?」
悩んでいると、エミーリアが、依頼の一つを指さす。
対応旅客:戦闘旅客
種別:討伐
目標:23番要塞の害獣駆除
報酬:討伐数に応じて
難易度:6
発注者:碧玉連邦軍 第2要塞師団
注意事項:討伐照明個所の提出が必要
詳細等:23番要塞 925年建造 1232年放棄 最終探索2261年6月10日
ふむ。悪くは無い。
難易度6は、たしかに緑クラス旅客向けの難易度だ。
しかし、エミーリアは実際は硬銀クラスの強さがある。
硬銀クラスの適正難易度である15~16は流石にまだ早いが、12~13くらいがちょうどいいだろう。
「じゃあ、これは?」
エミーリアが、別の仕事を指さす。
対応旅客:戦闘旅客
種別:調査
目標:76番要塞のマッピング
報酬:基本報酬 10,000,000印
難易度:14
発注者:碧玉連邦軍 第2要塞師団
注意事項:作成地図および状況写真の提出が必要
調査内容によって、追加報酬あり
詳細等:76番要塞 1623年建造 1829年放棄 最終探索2225年3月25日
おお。難易度はちょうどいい。
内容は・・・マッピングか。それについても、勉強しておいて損は無いだろう。
最終探索年は、40年前か。そうなると、内部の様子も現在の地図と相当に変わっているかもしれない。
情報の無い怖さとかを、学ぶいい機会だ。
「よし、これにするか。」
俺の言葉にエミーリアが頷き、この仕事を受注することが決まった。
さて、40年人の立ち入っていない要塞には、何があるのだろうか?




