第55話 多対一
蒼硬を構え、ナターリア達と睨みあう。
強気な発言はしたが、決して、舐めていい相手ではない。
とにかく、数が脅威だ。
今見えているだけでも56人。
最初から手の内全てを明かすとは思えないため、確実に見えている以上の数がいるだろう。
にらみ合う。
俺から動きたいが、流石に、人数差がありすぎる。
こちらから動けば、それによって生じた隙にナターリア達が殺到するだろう。
ナターリア達は、広く展開しようと動き始める。
それと同時に、近接戦仕様ナターリア3人が飛び出してくる。
3人の突撃速度は、まだ目で追えるので、光速は越えていない。
だが、亜光速くらいは出ていそうだ。
その速度は、Sランクと言うにふさわしいものだ。
超人、それもSランクに到達した者達は、光速を超える者もいる。
大気圏内で光速を超えようものならば、本来、周囲への影響は凄まじいことになるはずである。
本来ならば、超人の前面が圧縮され、超高圧高温になり、半径数キロの範囲は吹き飛ぶほどの爆発が起きるはずである。
しかし、超人達の戦いでは、そのようなことは、基本的に起こらない。
個人の内部は、各個人固有の世界になっている。
その個人がもつ固有の世界は、その個人の力の強さに比例してこの宇宙から独立していく。
ほとんどの者は、この宇宙からの独立の度合いが高くなるほどの力を持たないため、この宇宙の中に生きていると言える。
超人達は、個人固有の世界の強度が上昇し、場合によってはこの宇宙の法則ではなく、個人固有の世界の法則で動くことができるようになるため、この宇宙の物理法則を無視したことができるようになってくるのだ。
とはいえ、ほとんどの超人は、筋肉の強度をその種の限界を超えさせるなど、ごく一部の物理法則を無視することしかできない。
だが、Sランクに到達するような超人は、違う。
個人固有の世界の強度が極めて高くなり、もはやこの宇宙とは別宇宙と言っていいほどになるのだ。
そうなると、かなり話は変わってくる。
Sランク以上にもなる超人達は、超高速で動く際、自身の固有宇宙の一部を、体の周囲に無意識に纏う。
それにより、この宇宙の一部物理法則から独立し、周囲に大きな影響をもたらすことなく物理法則を無視した動きが可能になるのだ。
閑話休題。
突撃してきた3人の近接戦仕様ナターリアの突撃をずらすため、戦闘服に隠したAPFSDSを2本投げる。
レギオン故の全くずれの無い同時突撃は、対処しづらいのだ。
投げる際、自身のエネルギーを籠めることは忘れない。
APFSDSは、青いエネルギーを纏い、こちらも亜音速に達し、瞬きほどの時間も要さずに着弾する。
しかし、ナターリア達は、それを盾で弾く。
弾かれたAPFSDSは、その瞬間に、籠めたエネルギーが解放される。
APFSDSは青い閃光と共に爆ぜ、床と壁の一部を吹き飛ばす。
爆風がナターリア達を襲うが、しかし、3人のナターリアは、爆風よりも早く突撃してくる。
狙い通り!
うまく、タイミングがずれてくれた。
手始めに、突撃してきていた3人うち、先頭のナターリアの盾を蹴りつける。
硬く、それなりに反発のある感触。
非常に品質のいい盾だ。
蹴りを受けたナターリアは、衝撃に耐え、踏ん張ろうとする。
その踏ん張ろうとした力を利用して、跳ぶ。
突撃してきた3人を超え、跳ぶ先はナターリア達の中心。
狙うは、呪剣を持ったナターリア。
一人だけ違う装備を持っており、さらに、集団の中で隠れるように動いているのだ。
重要だと言っているようなものである。
ナターリア達は、俺の動きに、即座に対応する。
呪剣を持ったナターリアを守るように、盾で壁を作る。
さらに、盾で防いだ俺を迎撃する気か、軽戦士仕様のナターリアが展開し、待ち構えている。
盾の壁を利用させてもらおう。
盾の壁に攻撃せず着地し、最も遠くの軽戦士仕様ナターリアに向かって盾の壁を蹴り、跳ぶ。
最も遠かった軽戦士仕様ナターリアは、急に移動方向を変えて接近してきた俺に一瞬反応が遅れる。
どうにか反応し、黒い剣を振るうが、その一瞬は致命的な隙だ。
振るわれた剣をくぐり、顎に向けて、カウンター気味に拳を叩き込む。
理想的な一撃。
何かが砕けるような感触。
拳を受けた軽戦士仕様ナターリアが、顎から血を引きつつ、傾き、倒れる。
顎は砕いた。
しばらくは立てないだろう。
1人倒されたことに動じることなく、2人の軽戦士仕様ナターリアと、1人の近接戦仕様ナターリアが、同時に襲い掛かってくる。
軽戦士仕様2人から繰り出される斬撃を、スライディングでくぐることで躱す。
躱した先に、俺を押しつぶすようにシールドバッシュが放たれてくる。
その盾を、ハンドスプリングの要領で跳び上がりつつ、蹴り上げる。
俺の力に負けたナターリアは、大きく打ち上げられる。
だが、打ち上げられたナターリアが、何故か、剣を掲げ、振り下ろした。
「ぐぅっ!!」
全身に強い衝撃。
思わず、声が出た。
剣から、無色の衝撃波を飛ばしたようだ。
何気ない攻撃だが、俺にダメージを通すだけの威力がある。
どうにか、着地。
威力はあったが、体勢は崩さずに済んだ。
攻撃を受けて動きを止めた俺を好機と見たのか、近接戦仕様ナターリア達と軽戦士仕様ナターリア達が俺に向かって殺到してくる。
そのうちの一人、盾を構えたナターリアの盾の中心部に蒼硬を水平に寝かせて突き立てる。
貫通。
いくら質のいい盾とはいえ、蒼硬ほどいい素材は使っていない。
易々と貫通することができる。
残念ながら、盾の裏のナターリアは、突きを躱したようだ。
盾を貫通されたナターリアは、蒼硬の突き刺さった盾を振り回し、俺から蒼硬を奪おうとする。
さらに、蒼硬を押さえられた俺に向かって、他のナターリア達が迫る。
蒼硬からあえて手を離すと、盾を振り回していたナターリアは、勢い余って体勢を崩す。
そのナターリアが体勢を崩している間に、迫ってきていた軽戦士仕様ナターリア3人の斬撃を躱す。
躱しつつ、体勢を崩してから立て直しきれていないナターリアの側頭部に、右ストレート。
クリーンヒット。
右ストレートを受けたナターリアは、そのダメージでよろめく。
よろめいているナターリアの盾から、蒼硬を回収。
よろめいたナターリアに追撃しようとすれば、そのナターリアを庇うように、別の近接戦仕様のナターリアが間に割って入ろうとしてくる。
間に入ろうとしてきたナターリアに向けて蒼硬を振るい、その盾を両断する。
盾を両断されたナターリアは、一瞬、動きが止まる。
その隙に、よろめいた後、未だふらついているナターリアの側頭部に右フックを叩き込む。
ふらついていたナターリアは、跳んで衝撃を逃がそうとする。
この状況でそこまで反応できるのは、流石だ。
だが、許さない。
右フックの勢いに任せて、巻き込むように、そのナターリアを床に叩きつける。
轟音と共に、そのナターリアの上半身は床に埋まる。
衝撃で、部屋全体に大きな亀裂が走る。
2人目を倒した。
だが、ここまでだ。
このままでは包囲される。
一度戦闘を止め、退く。
そして、拘束されて動けないエミーリアの元に移動する。
「・・・ふう!」
一息つく。
「・・・やりおる。」
ナターリアから、忌々しげな声がする。
「だろ?諦めたらどうだ?」
軽口で返す。
しかし、ナターリア達も、強い。
今の戦い。
呪剣を持ったナターリアを狙ったが、到達することができなかった。
今回倒せたのは、たったの2人。
もう少し倒せると思ったが、2人どまりだった。
奇をてらった動きで翻弄はできたものの、動きに反応自体はされている。
自身をSランクと言うのは、伊達ではない。
改めてナターリアと対峙していると、壁が、ミシミシと音を上げ、亀裂が大きくなる。
さらに、天井から、パラパラと細かい破片が落ちてくる。
戦闘の余波で、部屋が、建物が限界を迎えているのだ。
その事実に、ナターリアが、忌々しそうな表情をする。
「・・・設備の損傷は、大きいな。仕方がない。不完全だが、出すか。」
ナターリアはそう言うと、玉座の裏で、何かを操作する。
次の瞬間、広間に並んだ柱が崩壊する。
崩れた柱からは、薄い緑色をした液体が飛び散る。
「!?」
思わず、息を飲む。
崩壊した柱の内側は、ガラス質。
柱があった場所には薄い緑色の液体の水たまりができている。
その水たまりの中央には、長い紫の髪の、ほんのり緑色の肌をした、小柄な女が倒れている。
「培養は不十分だが、ある程度は動けるだろう。」
ナターリアの言葉に、小柄な女たちは立ち上がる。
その数、16。
柱は多かったので、倒れている女たちはもっといるが、動くことができるのは、16人だけのようだ。
動かない女は、身体の形が、少し未熟に見える。
ナターリアの言うように、培養不十分なのだろう。
「行け、新たなる私達よ。そして、奴らを喰らえ。力を得るのだ。」
ナターリアの号令で、女達、新たなナターリア達は、顔を上げる。
その顔立ちは、ナターリアと瓜二つ。
だが、表情はなく、口は耳元まで裂けている。
新たなナターリア達は、表情一つ変えず、動き出した。




