第54話 Sランク
「愚かさを後悔しながら、死ぬがよい。」
そう言い、50人ほどに増えたナターリア達は、剣を構える。
(開放、20万。)
50人のナターリアの様子を窺いつつ、開放。
開放の強さは、メーアの全力を受け止めたときの倍、20万。
ナターリアは、メーアの力を得たエミーリアを易々と倒しているのだ。
倍の力で相対しても、少ないということはないだろう。
下手に力を悟られるのもよくないので、威嚇のために力を漏らすようなことはしない。
一切の無駄なく、全身に力を巡らせる。
幸い、ナターリア達は全て玉座とその周辺にいる。
両足の幅を広めにとり、どの角度から攻撃を受けてもよいようにしつつも、まずは正面に気を配ればよい。
蒼硬を構えつ、およそ50人ほどのナターリア達をそれぞれ見る。
正確には、56人。
装備は、均一ではない。
ざっと見ると、近接戦仕様と魔術戦仕様、軽戦士仕様がいるようだ。
最も多く25人いるのが、近接戦仕様の剣と盾を持っているタイプ。
剣は、それなりに高級な素材を使っているようで、薄い赤色。
あの輝きは緋鉄だろうか?
先程から話している、リーダー格らしきナターリアも近接戦仕様だ。
リーダー格が持っている剣の材質はほかのナターリア達と異なるようで、他のナターリアよりも濃い赤色をしている。
次に多いのが、魔術戦仕様らしき杖と短剣を持っている者で、それが15人。
杖は宝石が付いたタイプで、宝石は刺々しい形状をしており、メイスとしても使ってきそうだ。
短剣は色合いからすると青銅かそれに類する素材。
青銅の剣は魔術と相性が良いため、じつは魔術の触媒は青銅の剣の方かもしれない。
軽戦士タイプもおり、近接戦仕様よりも小振りな剣のみを持っている。
軽戦士仕様は、魔術戦仕様と同じく15人。
剣の色はほんのり黒く、近接戦仕様のナターリアが持っているモノとも異なる剣だ。
材質は灰鉄に見えるが、灰鉄はいい素材だが、剣としては中程度の素材になる。
ナターリアほどの地位で灰鉄を使うことはないと思うので、刀身を黒く塗っているだけかもしれない。
そして、最も目立ちづらい場所にいる一人。
明らかに他と異なる、呪術的な処置が施された剣を持っている。
一瞬見えた術式からすると、エネルギー吸収系の術式を改変したもののようだ。
・・・このナターリアの動きは、気を付けておいた方がいいかもしれない。
ナターリアの観察をしつつも、動きに対応できるように気は張っている。
睨み合うこと数秒。
先に動いたのは、ナターリア達だった。
50対1。
普通に考えれば、ナターリアの圧倒的優位である。
駆け引きなどしても仕方がないと思ったのかもしれない。
ナターリアのうち、軽戦士タイプが3人が、同時に、跳ぶ。
レギオンの特性を活かした、全く同時の突撃。
その3人は、ベイパーコーン纏いつつ、俺に向かって最短距離で突撃してくる。
・・・遅い。
ベイパーコーンは発生しているものの、音速は超えていない。
この速度ならば、エミーリアや作太郎も対処できるだろう。
流石に舐めすぎだ。
一人の剣は、右手で持った蒼硬で弾き。
一人の剣は、一歩横に動いて躱し。
一人の剣は、剣の腹を左手で叩いて逸らす。
そして、反撃。
蒼硬で弾いた相手には、そのまま蒼硬を翻して、峰で側頭部を打つ。
一歩動いて躱した相手には、膝を腹に叩きつける。
剣の腹を左手で叩いて逸らした相手には、左拳を顎に喰らわせる。
「あぐっ!」
「ぐぅっ!」
「がっ!」
俺の反撃を受けた3人は呻き声をあげるが、すぐに体勢を立て直し、俺から距離を取る。
おや?
気絶させるつもりで攻撃したが、思ったよりもダメージが通っていない。
そんなことを考えていると、3人の背後から、紫の魔力で構成された棘が10本ほど襲い掛かってきた。
どうやら、こちらが本命だったようだ。
遅い突撃は、魔術発動の時間を稼ぐ目的もあったのかもしれない。
避けようかとも思ったが、俺が避ければ、背後のエミーリアが危ない。
全ての棘を、蒼硬で粉砕。
だが、粉砕した瞬間、棘から電流が迸る。
電流は、蒼硬を伝い、俺を直撃。
だが、一瞬痺れたが、ダメージはない。
どうも、ナターリアは俺を甘く見ているようだ。
攻撃の第一波が終わったので、ナターリア達の様子を窺う。
他のナターリア達は、動いていないようだ。
呪剣を持ったナターリアも確認する。
こちらも、いまのところ、動いていないようだ。
ナターリア達を確認していると、リーダー格のナターリアが、口を開く。
「思ったよりも動けるようだな。」
感心しているような声色だ。
そして、次の瞬間、ナターリア達から感じられるエネルギーが、一気に巨大化した。
思ったよりも巨大な力に、思わず、少し息を呑む。
すると、俺の様子を見たナターリアが言う。
「ほう?わかるか。先ほどの動きといい、無計画に感情で私に反抗しているわけではないようだな。」
そして、自信ありげに、自慢げに、言葉を続ける。
「貴様、戦闘ランクは知っておるよな?」
戦闘ランク?
当然、知っている。
戦闘ランクは、対象の戦闘力の目安を示すものだ。
ランクはS,A,B,C,D,E,Fの7段階で表され、さらに、その中でも10段階に分けられている。
C-1やC-6のように表現し、数値が小さいほど格上である。
戦闘旅客が敵と戦う前に参考にすることも多い指標だ。
戦闘力の例を挙げれば、ヒトの成人男性はF-6、地球のT-55戦車はE-5、F-22戦闘機はE-1、といった具合である。
今までの冒険で会って来た者で挙げるならば、ヴァシリーサはE-3、懸木 鈴元帥がB-6、メーアの全力時でA-10といったところか。
S-1は宇宙全軍の合計値を基準としているが、基本的にSランクは物理法則を超越した存在に与えられるランクとなる。
その戦闘ランクがどうしたのかと思っていると、ナターリアは自信を隠そうともせずに、言う。
「私の力は、Sランクに届いている。」
ほう!
それは凄い!
Sランク超人といえば、一人いれば超大国と言われるほどの影響力を持つ、最上級の超人だ。
そもそも、Aランク超人ですら、銀河の数割を支配するような超大国でも数人しか擁していないことが普通だ。
我らが碧玉連邦が、居住可能惑星が1星しかない1星系を統治しているだけにもかかわらず超大国から一目置かれているのも、軍属のAランク以上の超人の人数が多いからである。
ナターリアは、そのSランク超人なのだという。
ナターリア達は、今見えるだけでも50人はいる。
そのエネルギー量から察するに、実際はもっと人数がいるのかもしれない。
「この数のSランク相手に敵う思うほど、貴様も愚かではあるまい?」
ナターリアは、自信満々に言う。
まあ、その自信は、よくわかる。
これだけの人数、全員がSランクの強さがあるのだ。
その総戦力は、凄まじいものだ。
ナターリアの力があれば、1から数個の星を支配する中小国どころか、複数星系を支配しているような地域大国クラスの国ですら、滅ぼすことができるだろう。
自信満々になるのも、当然かもしれない。
「先ほどは死ねと言ったが、気が変わった。今、投降すれば命は奪わないでやる。」
だが、Sの何ランクと言ったか?
Sランクと言っておけば、怖気づくとでも、思ったのだろうか。
思わず、口角が上がってしまう。
「・・・・・・貴様、なぜ、笑う?」
余程、予想外だったのだろう。
ナターリアの声には、訝しげな雰囲気が漂っている。
ああ。
いろいろな感情が混ざって、思わず、口角が上がってしまった。
全力で戦うことができそうな相手が現れたことへの、嬉しさ。
Sランクの相手に力を隠し通せていることへの、優越感。
こんな状況でも戦いに楽しさを見出している自分、相手の実力を見誤るだけの良くない優越感を感じている自分への、自嘲。
そして、Sランクもの力を持ちながら、侵食的な宇宙から逃げ、他者を巻き込み、エミーリアを狙ったナターリアへの、怒り。
それらすべての感情が、俺の口角を上げさせたのだ。
表情を戻し、ナターリアに、言葉を返す。
「いや、すまんな。敵を前にする表情じゃなかった。」
心にもない謝罪をナターリアにして、表情を引き締める。
ここからの戦いでは、俺も最大まで開放すべきだろう。
俺の言葉に、ナターリアは、訝しげな表情のまま、再び言葉を投げかけてくる。
「Sランク相手に笑うなど。気が狂ったか。それとも、度し難いほどの愚者であったか。」
俺は、言葉は返さない。
言葉を返さずに、開放。
万。
億。
兆。
それすらも超え、身体の奥底に分割し、格納している力を、全て、引き出す。
全身に力が溢れ出し、荒れ狂う。
それを制御し、身体の隅々に行き渡らせる。
体の奥底から、体幹に、胴に、四肢に。
指先に、筋繊維に、髪の毛の先までに。
筋肉が、隆起する。
感覚が、研ぎ澄まされる。
世界は全て、停止したように見える。
ああ、この感覚。
実戦でこの感覚になるのは、久しぶりだ。
ここは一度、ナターリアにこちらの力の大きさを示した方が、いいだろう。
精神的な揺さぶりをかけることができる。
体を巡る力を、あえて、ナターリアにぶつけるように、噴出させる。
噴出させた力で、周囲を傷つけたり、気絶している特殊部隊員が吹き飛ぶようなことはしない。
あくまで、ナターリアだけにぶつける。
「っな!?」
ナターリアは、唐突にぶつけられた力に半歩ほど引くと同時に、驚愕の声を上げる。
「なんだ!?その力は!!?」
俺は、蒼硬を構えてから、答えにならない言葉を返す。
「さあ、始めようか。」
俺の言葉に、ナターリアは壮絶な表情をする。
俺は、蒼硬を構え、口角を少し上げながら、ナターリアを睨みつけた。




