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青い星にて戦士は往く  作者: Agaric
第6章
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第52話 決意と恐怖


「私は、戦う!」


 ナターリアは、私の声を聴き、忌々しそうな表情を浮かべる。

 言葉に込められている感情に、気が付いた様だ。 

「・・・そうか。ならば、戦いに行くがよい。」

 ナターリアがそう言うと、私の手足の拘束が解かれる。

 そして、私の眼前に、円形の立体魔法陣が出現する。

 円の中央には、明らかに別空間へのゲートになっている術式が展開されている。

 ・・・早速、囮になって来いということだろう。

「その陣をくぐれば、侵食的宇宙の内部だ。行ってこい。」

 私は、拘束が解けたので立ち上がり、その魔法陣を見つめる。

 周囲で気絶していた私たちも、だんだんと目覚めて、私の中に戻っていく。

 近くに落ちていた、私の剣を拾う。

 ・・・先ほどの戦いで斬り飛ばされ、切っ先が、ない。

「装備が欲しい。」

 私がそう言うと、ナターリアは、面倒そうな表情で答える。

「侵食的宇宙の内部では、装備など影響はしない。」

 ・・・?

 装備が影響しない?

「装備など、一瞬で侵食されて消え去る。身一つで、戦うのだ。」

 その言葉を聴き、手の中の、切っ先の無い剣を見つめる。

 この剣は、大盾市で、作ってもらったものだ。

 ボリス武具工房にいた、ポーラという職人の作である。

 あまり喋らない私にも、良くしてくれたのを覚えている。

 ポーラは、元気だろうか。

 そう、考えた瞬間、脳裏に、色々な人の顔が浮かんでくる。


 メタル。

 言わずもがな。

 事情を知らずとも、私に良くしてくれた。

 一緒に旅をして、私を強くしてくれた。

 もう会えない、愛しい人。


 作太郎。

 最後まで、私の面倒を見てくれた。

 私のために、怒ってくれた。

 私が死んでも、作太郎は助かってほしい。


 ヴァシリーサ。

 一緒に冒険するのは、楽しかった。

 彼女は今、妹に再会できただろうか。


 私に力をくれた、メーア。

 裏紅傘の、リコラ、ビッキー、クロア。

 鈴ちゃん。

 チーム「青い戦士を仰いで」のメンバー。

 たくさんの人たちと、出会い、冒険した。

 たくさんの楽しいことがあった。

 たくさんの美味しいものを食べた。

 たくさんの絶景を、綺麗なものを、見た。

 この世界は、輝き、美しさに満ちていた。

 

 

 この思い出を胸に。

 この世界を守るために、私は、戦う。


「なんだ。さっきの威勢はどこへ行った。」

 物思いに耽っていると、ナターリアの、蔑みが滲む声がする。

「大丈夫。精神統一していた。」

 私は、ナターリアに言葉を返す。

「ふん。ならいいのだがな。」

 ナターリアの声から、蔑みは消えない。



 私は、戦う。

 私が戦わなければ、私ではない誰かが、同じ恐怖を味わうのだ。

 それは、ナターリアかもしれない。

 もしくは、別の誰かかもしれない。

 だが、今、戦うことができるのは、私だけなのだ。 

 私が戦い、勝利しなければ、皆、消える。

 作太郎も。

 ヴァシリーサも、

 リコラも、ビッキーも、クロアも。

 それ以外にも、会ってきた者達は皆、消えるのだ。

 ナターリアの脱出船に乗れる者は、既に決まっているのだろう。

 私の縁者を乗せることは、あるまい。


 ならば、私が戦うしかない。

 戦って、勝つしかないのだ。

 この美しい世界を守るため。

 今まで会ってきた、皆の未来を守るため。

 

 切っ先の無い剣を、握る。

 意味がないとわかっていても、剣を握ることで、気持ちを強く持てる気がする。

 


 魔法陣を見据える。

 魔法陣によって形成された門は、私が踏み込むのを、今か今かと、待っている。

 

 一歩、踏み出す。

 二歩・・・・・。













 足が、前に、出ない。


 戦わなければ。

 戦わなければいけない。


 だが、心の奥底で、分かっている。

 これは、死にに行くのだ。 


 戦うとは言うが、これは、実質、死にに行くようなものだ。

 宇宙を相手に戦うのだ。

 ここで勝てると信じられるほど、私は現実が見えていないわけではない。


 これからも、楽しいことが、あるはずだった。

 これかも、未来は、明るいはずだった。

 ああ、死にたくない。

 ああ、生きていたい。

 覚悟を決めたつもりだが、だが・・・。



 足が、動かない。

 私は、戦わなければいけないのに。



 そんな私を見かねたのか、ナターリアが、再度、口を開く。

「いまさら、迷うな。戦うのだろう?」

 ナターリアがそう言うと、魔法陣が、私に向かって動き始める。

 思わず魔法陣から離れようとしたが、なぜか、身体が動かない。

 手足を見れば、拘束術式が展開されている。

 時間をかければ破ることは難しくない術式だが、魔法陣が私を飲み込むまでに破るのは不可能だ。

 

 目の前には、魔法陣が迫ってくる。

 

 ・・・怖い。

 死にに行く戦いが、怖くないわけがないだろう。

 

 私は、死にに行く。

 あの魔法陣の向こう。

 誰も、看取る者のいない場所。

 そこで、私は死ぬ。

 旅で知り合った皆を助けることもできず。

 誰に思い出されることもなく。

 ただ、侵食的な宇宙に飲み込まれ、死ぬのだ。



「私、死にたくない・・・。」

 思わず、言葉が口からこぼれた。

 

 一度、意識してしまえば、ダメだった。

 がちがち、という、硬いモノをぶつける音がする。

 私の口からだ。

 恐怖に、歯の根が合っていない。

 死への恐怖。

 この世界から切り離されることへの恐怖。

 恐怖で、心が塗り潰されていく。


 しかし、私に迫ってくる魔法陣は、止まらない。

 身体は魔術で拘束されており、動くこともできない。

 


 恐怖に、思わず、目を瞑る。

 この後の戦いに、備えることすら、できない。

 ただ、恐怖に震えるだけだ。

 これから感じるであろう、体の痛み、心の痛みへの、恐怖に。


「・・・誰か、助けて。」


 思わず、助けを求める。

 しかし、助けは、来ない。

 来るはずがない。

 それが分かっていても、求めてしまった。


 魔法陣が、私に迫っているはずだ。

 その魔法陣は、今に私を飲み込み、私は、死地に送り込まれるのである。


 今か。

 ・・・今か。

 ・・・・・・まだか。

 ・・・・・・・・・まだなのか。


 だが、いくら待てども、魔法陣が私に到達することは、無かった。





「待たせて、ごめんな。」





 声が、した。

 一番聞きたい、声が、した。

 目を開ける。

 

 大きく、広い、背中。

 短めに切られた黒髪。

 青い戦闘服。

 堂々とした、立ち姿。

 その人物の目の前には、私に向かってきていたはずの魔法陣が、横に真二つになり、崩壊している。

 こちらに背を向けているため、顔は見えない。

 だが、それが誰か、分からないわけがない。 

 

 メタル。

 メタルだ。

 


 私の目の前には、メタルが、立っている。


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