第50話 ナターリアとの戦い
「その名がエミーリア。お前のことだ」
ナターリアが、語り終える。
私は。
エミーリアは。
ナターリアによって作られた、ナターリアの失敗作だったのだ。
「お前は、こちらの想定よりも、遥かに大きな力を得て、戻ってきた。」
ナターリアは、玉座の上から私を見下し、言う。
「その力、こちらに渡してもらおうか。」
ああ。
そういうことだったのか。
それならば『よく戻った』と、言いたくなるのも、納得だ。
部屋の端にいるナターリアが、再び、剣を構えている。
その剣には、よく見れば、無数の紋様が刻まれており、強い魔力と呪力を纏っているのがわかる。
あの剣は、私の力をナターリアに還元するための剣なのだろう。
「先ほどは阻まれたが、次は、無い。」
短剣を阻んだ者。
メタル。
恋人の姿が、脳裏に浮かぶ。
正直、自分がナターリアだという感覚は、無い。
長い間独立して活動していたため、もともと希薄だったナターリアとの、レギオンとしての『繋がり』は、もはや完全に消滅している。
私は、エミーリアだ。
今まで生きてきて。
メタルたちと、冒険してきて。
ナターリアとは全く別個の自分自身が形成されている。
・・・だが。
果たして、この世界で、生きる意味は、あるのだろうか。
ナターリアの言葉を信じるのならば、この世界は、侵食的な宇宙に、飲み込まれる運命にある。
私がここで生き残ったとしても、どうせ、その宇宙に喰われ、消えてしまう。
たとえ、私がナターリアに吸収されずに、かつ、侵食的な宇宙をどうにかできたとしよう。
それでも、メタルのいない世界で生きるのは、辛い。
ならば、私の、メタルの生きたこの世界を、少しでも生かす方が、いいのではないか。
私の命は、ナターリアに渡してしまった方が、いいのではないだろうか。
「エミーリアよ。抵抗せず、己の役割を、運命を受け入れよ。」
死ねば、その先で、メタルに会えるかもしれない。
受け入れようか・・・。
「何を、勝手なことを、抜かしよる。」
私が、諦めたかけたとき。
怒りに満ちた、作太郎の声がした。
「己の都合で生み出し、消費する。」
作太郎は、先の戦いの傷が癒えていない。
しかし、ゆらりと立ち上がる。
「命を、魂を弄ぶその所業、悪逆非道である。」
抜刀。
傷が癒えていないとは思えないほどの迫力がある。
「エミーリアの命、如何な事情があろうと、貴様如きの好きにできるモノでは無いと知れ。」
作太郎の言葉に、ほろり、と、涙がこぼれる。
メタルだけではない。
作太郎も、私のことを考えてくれている。
ナターリアの言葉を受け入れようと思った、自分が、情けない。
涙が、止まらない。
作太郎が、踏み出す。
その作太郎に向かって、部屋の端で控えていたナターリアが、襲い掛かる。
さらに、一緒に転移してきていた特殊部隊員の、ヴィール派の者たちも、一斉に襲い掛かる。
作太郎は、満身創痍に近い状態で、ナターリアの攻撃を躱し、特殊部隊員たちを次々と薙ぎ倒していく。
無数の傷を負っているとは思えないほど、その動きは鮮烈で、それでいて、苛烈であった。
一閃。
特殊部隊員が一人、地に伏せる。
一閃。
特殊部隊員がまた一人、崩れ落ちる。
「ふむ。思ったよりやるな。」
玉座のナターリアが、呟く。
呟くと同時に、ナターリアの周囲に、たくさんのナターリア達が現れていた。
ナターリアは、群体レギオンである。
複数で襲い掛かるのが、本来の戦い方なのだ。
50人にもなるナターリアが、一気に作太郎に向かって襲い掛かる。
作太郎一人では、流石に多勢に無勢だ。
私も、戦う。
作太郎が、私のために怒り、戦っているのだ。
当の本人の私が、戦わなくて、なんとする。
私も、一気に50人展開。
作太郎に向かって進んでいるナターリア達に襲い掛かる。
乱戦だ。
私自身も、目の前のナターリアに襲い掛かる。
今までの戦い方から察するに、ナターリアは魔術師だ。
近接戦闘ならば、こちらに分があるはず。
目の前のナターリアに向けて、剣を袈裟懸けに振るう。
だが、その剣は、ナターリアの持つ剣によって、受け流された。
私の剣撃を受け流したナターリアは、こちらが体勢を整える前に、手首を翻して剣を振るってくる。
それを、自身の力を纏わせた盾で防ごうとする。
嫌な予感がして、防ぐのではなく、バックステップで飛び退く。
「ほう。お前は、察するか。」
ナターリアが、言う。
次の瞬間、私達のうち、20人分ほど意識を失ったのを感じた。
「!?」
驚いて、周囲を確認する。
確かに、私達50人のうち、20人程が地に伏している。
「そら、驚いている暇はないぞ。」
ナターリアが、斬りかかってくる。
その動きは、レピスタの殻を纏っていたころとは比較にならないほど鋭く、的確だ。
ナターリアの袈裟懸け斬りを、盾で受け流す。
あまりの威力に、盾が歪む。
反撃に転じれば、私が振るった剣は、なんと、切っ先を斬り飛ばされてしまった。
反撃される前に、距離を取る。
すると、ナターリアは、倒れている私達の一人から盾を拾い上げ、盾を前面に出して間合いを詰めてくる。
私も、構える。
私とナターリアの構えは、鏡で映したかのようにそっくりだ。
・・・そうか。
私の戦い方は、ナターリアのモノだったのか。
「魔術師だとでも思っていたか?」
そう言うナターリアの構えは、堂に入っている。
「元々は、近接戦闘の方が得意なのだ。」
今まで、魔術しか使用してこなかったため魔術師だと思っていた。
ナターリアは、私と同じく、近接戦闘がメインだったのだ。
ナターリアが距離を詰めてくる。
それに対し、盾を突き出し、牽制。
ナターリアは、私の盾を弾くようにシールドバッシュを繰り出す。
シールドバッシュによって空いた防御の間隙に、剣を振るう。
本来ならば突きを放ちたいところだが、切っ先がなくなっているので突きでは威力不足。
だが、突きでないと、隙が大きい。
そのせいで、ナターリアの対処が間に合い、受け流される。
反撃に、ナターリアも剣を振るう。
私は、それを受け流し、こちらも反撃。
そのまま、切り結ぶこと、十数合。
・・・強い。
メーアの力を得たというのに、力も速度も、ナターリアの方が上回っている。
メタルとの訓練で身に着けた、ナターリアのモノではない戦い方や技でどうにか凌いでいるが、こちらから反撃に出れない。
なかなか攻められずに歯噛みしていると、ナターリアが、すっと、引いた。
「私のモノではない技を使うか。ふむ、良い師がいたようだな。」
ナターリアが引いたことで、周囲の状況を見ることができた。
「だが、終わりだ。」
・・・残っているのは、私だけ。
私以外の私達と作太郎は、皆、地に伏せている。
「作太郎っ!」
思わず、叫ぶ。
私達に関しては、意識を失っているだけで殺されてはいない感覚がある。
しかし、作太郎は、殺されているかもしれない。
「・・・死んでは、おりませぬ。」
作太郎から、返事がある。
「殺してはおらんよ。」
ナターリアも、言う。
「ああ、ああ、情けなし。」
心の底から悔しそうに、作太郎が、嘆く。
その嘆く作太郎を無視し、ナターリアが、呟く。
「これ以上手間がかかるのは、面倒だな。」
ナターリアがそう言った途端、急に、四肢が動かなくなる。
手足に目をやれば、リング状の魔法陣で、拘束されている。
私が抵抗しないように、だろう。
「うっ。」
衝撃に、思わず声を漏らす。
手足を拘束されたことで、床に倒れたのだ。
「しかし、先ほどの作太郎の言葉は、尤もだな。」
先ほどの言葉?
「お前は、既に独立した一つの命だ。」
ナターリアは、地に伏した私を睥睨し、言う。
「選ばせてやろう。お前の力の使い道を。」




