第46話 術式破壊
メタル視点
暗雲を展開している術式を納めていると思われる立方体が、ブライアンの能力により開いていく。
そして、ある程度開いたときに見えたものに、俺は、一瞬、目を疑った。
少女が、いる。
その少女は、全身に術式を書き込まれ、術式が光ることで、全身が淡く光っているように見える。
意識はないのか、目を閉じて微動だにしない。
だが、目を疑ったのは、少女がいたことではない。
その少女が、エミーリアだったのだ。
灰色の立方体の術式は、立方体が展開されても動作している。
どうやら、立方体の壁面に刻まれている紋様はあくまで術式補助であり、術式の中核ではないらしい。
灰色の立方体の内部だった場所には、半透明な術式のラインが張り巡らされており、立体魔法陣を形成している。
そして、その中央に、エミーリア。
どうやら、エミーリアを核にして、術式を構築しているようだ。
その事実に気が付いたとき、カッと、頭に血が上る。
エミーリアは、群体レギオンだ。
数十人いるエミーリアだが、その人格は同一でありながら個々で独立しており、その権利、意思は、一人ずつ別個に尊重されるべきである。
果たして、この、意識を失っているエミーリアの人格は、権利は、意思は、尊重されているだろうか?
否。
意識を奪い、術式の核にする。
個人を意思のない一部品として扱うその所業は、あまりにも、惨い。
好いている相手がそんな扱いを受けているのである。
黙って見ていることができるだろうか?
否。
開放数を一気に高める。
その数、1000万。
高まった力の多くを、両腕に回す。
本来、立体魔法陣を構築しているラインには、触れることはできない。
なので、両腕にエネルギーを纏わせ、術式のラインに干渉できるようにするのだ。
そして、術式に掴みかかる。
視界の端には、ブライアンと覇山が、ギノーサを連れて俺から離れている。
これで、3人は反撃に巻き込まれても大丈夫だ。
覇山とブライアンが何とかする。
気にすることは無くなった。
術式に掴みかかり、ラインを複数まとめて引きちぎる。
すると、引きちぎった術式が俺の腕に纏わりつき、さらに周囲に蜘蛛の巣のように展開し、動きを阻害してくる。
一瞬動きを止められるが、そこまでの強度ではない。
この程度の阻害術式では、俺は止められない。
阻害術式を無視して術式に掴みかかれば、無理な力がかかった阻害術式は崩壊した。
だが、阻害術式が崩壊したその瞬間、反撃術式が起動し、俺に向かって衝撃波が撃ち出されてくる。
衝撃波は頭に直撃する。
それなりの威力だ。
だが、手を止めるほどの威力ではない。
さらに術式を破壊すれば、術式の中央で未だ眠るエミーリアに向かって、残された術式ライン上を魔力が動いていくのが感じ取れた。
核であるエミーリアを崩壊させるか、それとも、エミーリアを傀儡として動かすのか。
どちらにしろ、碌なものではないだろう。
魔力がエミーリアに達する前に、その術式ラインを掴み、引きちぎる。
エミーリアに向かっていくはずの魔力が俺の身体へと流れ込み、体内を暴れまわる。
だが、どうした。
ダメージは大したことはない。
体は動く。
どの反撃も、エミーリアを助ける障害足りえない。
目の前のラインに掴みかかり引き千切り。
太いラインは踏み潰し。
エミーリアに魔力を送り込もうとするラインは、優先で破壊し。
俺は、ついに、エミーリアまでたどり着いた。
エミーリアの周囲に張り巡らされている術式を、エミーリアを傷つけないように丁寧に破壊する。
「覇山、魔力と呪力の供給を!ブライアン、術式の解析を頼む!」
エミーリアに展開された術式を破壊しつつ、このエミーリアの生命が魔術や呪術によって保たれている可能性を考慮し、覇山に魔力と呪力の供給を頼む。
覇山とブライアンは、俺の只ならぬ雰囲気を察したのか、すぐに動いてくれた。
ちぎれた一部の術式を利用し、覇山がエミーリアに生命維持魔術を展開する。
そして、ブライアンは、エミーリア自身に刻まれた魔術を解析する。
俺は、エミーリアに接続されている術式を、引き剝がしていく。
数十秒で、全ての術式は剥がれ、エミーリアが術式から分離された。
術式から切り離されたエミーリアを横抱きにし、灰色の立方体の残骸から離れる。
近くにいると、術式の自動修復機能に巻き込まれて、エミーリアが再び取り込まれかねない。
術式から離れようとしたとき、気が付く。
周囲の空間が、さらに広くなっている。
さらに、壁には無数の焦げ跡やクレーターができており、なにか、大きな戦闘が再び起きたような雰囲気だ。
「凄まじい反撃を受けていたが、問題はないか?」
覇山が訊いてくる。
「ああ。全く問題はない。ところで、周りがすごいことになってるけど・・・?」
俺がそう言うと、覇山もブライアンも呆れたような顔をした。
「なんだメタル、気付いていなかったのか。」
覇山が呆れた声色で言った言葉を引き継ぐように、エミーリアに刻まれた術式を解析しているブライアンも口を開く。
「焦げ跡とクレーターは、メタル殿に向けて発動した反撃術式の余波ですぞ。」
なんと。
エミーリアを術式から切り離すのに必死で、全く気が付かなかった。
術式から20m程離れ、エミーリアを床に寝かせる。
エミーリアは術式が刻まれているだけで一糸纏わぬ姿だ。
そのままなのはよくないので、戦闘服を脱ぎ、横たわるエミーリアの上に優しく掛ける。
「エミーリアの術式は、どう?」
横になっているエミーリアを見つめつつ、解析を続けているブライアンに問う。
「問題はないですな。現在、術式は完全に停止しております。」
ブライアンが言った答えは、俺の意図した答えではなかった。
「そうじゃなくて、エミーリアの命に別状は?」
俺が再び問えば、ブライアンは淀みなく答える。
「幸い、この少女の命にかかわるような術式は刻まれておりませぬ。無論、体への負担は大きいので、目覚めるまではしばらくかかるでしょうが。元帥も、魔力の提供を止めて大丈夫です。」
ブライアンがそう言うと、覇山が魔力の供給を止める。
とりあえず、よかった。
エミーリアに命の別状はないと聞き、安心できた。
安心したことで、疑問が生まれる。
ギノーサは、エミーリアが核になっていることを、知っていたのだろうか?
生体、特に高度知的生命体を核とした術式構築は、法で強く規制されている。
術者自身が自分に対して術を施すか、複雑な手順を経て術式を施される者の同意を得ている場合のみ、行っていい術式構築である。
術者自身が自分に対して術を施す場合を除いて、核になる者の意識がない術式は、基本的に禁じられている。
一緒に冒険してきた中でわかっているが、エミーリアの魔術知識は、そこまで高度なものではない。
群体レギオンは、個々の人格が独立しているとはいえ、知識や記憶は共有される。
エミーリアの魔術知識では、術式の中心にいたエミーリア自身で、巨大な立体魔法陣の構築ができるとは考えづらい。
となると、今回、エミーリアは完全に非合法に核にされていたことになる。
俺は、ギノーサに近寄る。
そして、問いかける。
「エミーリアが術式の核になることは、わかっていたのか?」
俺の問いかける雰囲気が恐ろしかったのだろう。
ギノーサは怯えながら、震える声で答えた。
「え・・・エミーリア?私は、ジェーン自身が核になるのを補助しただけよ。」
なるほど。
エミーリアとジェーンは、雰囲気こそ全く違うが、外見は瓜二つである。
意識さえなければ、雰囲気の違いも分かりづらい。
ジェーンは、ギノーサを騙し、エミーリアを核とした術式の構築を手伝わせていたのだ。
俺とギノーサの会話に、ブライアンが入ってくる。
「メタル殿。その、エミーリアというのは、どなたで?」
ああ、そうか。
そういえば、ブライアンにはエミーリアについて話していなかった。
覇山も、さらに会話に加わってくる。
「確かに、以前大盾要塞で会ったエミーリア殿と、ジェーンは似ているな。メタルは、なぜこの少女がエミーリアだと?」
覇山の疑問も最もだ。
エミーリアと覇山が会ったのは、旅に出た最初のころ、大盾要塞で会ったきりである。
その時もそこまで交流はなかったので、エミーリアの印象はあまり覚えていないのだろう。
「わかった。説明するよ。」
俺は、ブライアンとギノーサに、エミーリアについて説明するために口を開いたのだった。




