第45話 阻害術式
エミーリア視点
自身のエネルギーを籠めたことで紫色の光を纏った剣が、白銀色の壁を斬り裂く。
壁の厚さは50㎜から100㎜ほど。
手応えから察するに、ただの防弾鋼板ではない。
防弾鋼板を空間魔術により強化した複合装甲のようだ。
防弾鋼板の品質はそこまで良いものではないようだが、魔術による強化によって、強度が大幅に向上している。
空間魔術と相性がいい私だからこそ簡単に斬り裂くことができているが、適性がない者が破壊しようと思えば、相当な力が必要だろう。
この要塞の正体は、宇宙を喰らう宇宙から逃げるための脱出船。
どこに脱出するのかはわからないが、宇宙から逃げるのならば、特殊な構造材が必要だったのかもしれない。
リンガーの指し示す方向に、壁を破壊しながら進むこと数分。
何枚目かの床を破り、その下の部屋に降りたとき、今まで破壊してきた床や壁とは明らかに違う材質の構造物が現れた。
到達した部屋の床に設置されている、水平方向に延びた、四角い棒状の構造物だ。
色は黒で、金属光沢を放っている。
そして、その表面には、非常に緻密な紋様が、びっしりと刻まれている。
その紋様は暗い紫色に輝いており、レピスタと関係があるモノだとわかる。
「・・・これは?」
リンガーに訊く。
リンガーは、四角い棒状の構造物が伸びている方向を確認し、少し、考える。
そして、口を開く。
「おそらく、竜骨、でしょうな。」
竜骨。
船の構造によっては、船の強度の中核をなす重要な構造材だ。
刻まれている紋様は魔術と呪術を発動させるための回路だろうか。
宇宙を喰らう宇宙から逃げるため、船の中心となる竜骨に魔術と呪術を刻み、逃げるための原動力にしているのかもしれない。
「私を阻害する術式の方向は?」
この竜骨は気になるが、今は、私の展開を阻止している術式の破壊が先決だ。
私の言いたいことはリンガーにも伝わったようで、リンガーも竜骨から目を話し、周囲を探る。
「・・・こちらですね。」
リンガーが指さした方向は、竜骨のさらに下。
よく見れば、床のそのあたりだけ、溶接跡がある。
溶接跡を思い切り踏み抜き、破壊する。
すると、明らかに即席で作ったような雑な造りの、地下へ続く階段が現れた。
私とリンガーは、その階段を駆け下りる。
10mほど進んだところで、部屋に出た。
幅5m、奥行き10mくらいの部屋だ。
壁は魔術で雑に補強されており、長い期間使用する気は無いような構造をしている。
この部屋は、船の外に位置している。
船が完成したとしても、この部屋を組み込むつもりはないのだろう。
部屋の奥を見れば、部屋の奥半分を埋めるように、5m四方ほどの大きさの立体魔法陣が構築されている。
立体魔法陣を見た瞬間、分かった。
この魔法陣こそが、私の展開を阻止している術式である、と。
立体魔法陣は、様々な色の光を放つ無数のラインで構築されている。
ラインの一本一本は半透明だが、ラインの密度がありすぎて、立体魔法陣の中心部を見ることはできない。
凄まじい複雑さだ。
ここまで複雑な術式ならば、当然、反撃術式も組み込まれているだろう。
「リンガー、船の中まで戻っていて。」
私は、リンガーを下がらせる。
リンガーが反撃術式に巻き込まれるのはよくない。
反撃の内容にもよるが、戦略超人の私は耐えられる可能性は高い。
しかし、戦術超人のリンガーが耐えられる保証はないからだ。
とはいえ、船の中まで戻ってもらえれば、大丈夫だろう。
反撃が立体魔法陣に組み込んであったとしても、大切な脱出船に被害が及ぶような反撃は仕込んでいないはずだ。
私は、左手に握る剣に、改めて力を流し込む。
そして、術式に向けて、その剣を突き出す。
魔力と呪力というエネルギーのみで構築されているはずの立体魔法陣だが、剣に加わってくる手応えは、重い。
私を阻害するような内容が組み込まれているからだろうか。
立体魔法陣を斬り進めていく。
斬り裂かれたラインは、効力を失った部分から霧散し、消えてゆく。
意外なことに、反撃がない。
普通、反撃が仕込まれていた場合、魔法陣に手を出した瞬間、反撃がなくとも魔力や呪力が動くはずだ。
だが、この立体魔法陣からは、その魔力や呪力の動きが感じられない。
さらに、斬り裂いてみてわかった。
ラインの構築は、密度こそ濃いが、雑だ。
そして、魔法陣の摩耗具合から察するに、どうやら、私たちの侵入を察知してから、即席で無理やり設置されたもののようだ。
さらに、霧散していく魔力から、構築したのはレピスタであることが判る。
・・・レピスタ、やっていることが多すぎる気がする。
私が灰神楽自治区から旅立って、およそ3か月。
たった3か月で、戦艦どころか要塞に見えるほどの船を作ったこと自体、異常である。
普通、大型船というものは、建造に数か月から数年かかるものである。
しかし、この船は、未だ完成していないとはいえ、たった3か月で、要塞もかくやというサイズのモノをある程度作り上げている。
灰神楽自治区の全人口を動員しても、本来ならば不可能なはずだ。
さらに、この船の元になった物資も、どこから持ってきたものかわからない。
船の物資を集めつつ、船を造る指揮を執りながら、私の侵入を感知して、この巨大な魔法陣を作ったのだ。
いくら構築が雑とはいえ、このサイズの魔法陣は、普通、十数人で1か月以上かけて造り上げるクラスだ。
だが、レピスタは、私の侵入を感知してから、恐らく1日とかからずに一人でこの魔法陣を造ったのだろう。
レピスタは、いったい、どういう手段でこれらのことを可能にしているのだろうか?
明らかに一人でできる作業量ではない。
なんだか、レピスタが恐ろしくなってきた。
感じた恐怖で術式を破壊する手が鈍るが、いくら恐ろしくとも、レピスタとは、戦わなければいけない。
気合を入れなおし、破壊する手を動かす。
術式を斬り裂くこと、数分。
唐突に、術式が一気に崩壊した。
どうやら、中核部分を破壊できたようだ。
その瞬間、私の身体から強大な重圧が取り除かれたような感覚を感じた。
今まで気づいていなかったが、相当な魔術的な圧がかかっていたようだ。
ここまで強力な魔術的な圧力を気づかせない術式とは、恐ろしい。
そう思い安堵したのも束の間、いきなり、視界の上から、何かが落ちてきた。
落ちてきたものの大きさは人間大。
人間大というか、人間そのものだ。
その落ちてきた人物は、力なく床に転がる。
思わず、その人物を助け起こす。
助け起こした人物を見て、固まる。
腰まで伸びた、薄紫色の髪。
その薄紫色は、しかし、どこか私の濃紫色の髪色に通じるものがある。
体格は、小柄。
私と身長も体格もほぼ同じ。
目を閉じているその顔つきも、どこか自分に似ている。
ナターリア。
レピスタに捕らえられているはずの母、ナターリアが、術式を破壊したら現れたのだ。




