第39話 レピスタの計画
エミーリア視点
私は、リンガーの方を見て、問いかける。
「何があったか、教えて。」
「勿論です。」
リンガーは、私の言葉に頷き、口を開く。
灰神楽自治区に侵入した特殊部隊の前に、私と瓜二つな人物が現れたのだという。
その時、リンガー達は、作戦の中では合流する予定はなかったため、何かトラブルが起きたのかと思ったのだそうだ。
そのため、特に警戒はせず、話しかけた。
だが、それがいけなかった。
話しかけられた私と瓜二つな人物は、攻撃魔術によって瞬く間に特殊部隊の半分を制圧。
私と瓜二つな人物のあまりの強さに、リンガー達は作戦の失敗を悟ったのだという。
無線で作戦の失敗を伝達しつつ、残ったメンバーで離脱を試みたが、私と瓜二つな人物の攻撃はあまりに苛烈だった。
次々に放たれる高威力な魔法攻撃に、あえなく離脱は失敗。
通信機を切る余裕すらなく、最後の悪あがきの如く悪態をつきながら捕縛されたのだそうだ。
リンガーの意識は一度そこで途絶え、目を覚ました時は牢の中にいたらしい。
部隊員はそれぞれ独立した牢に入れられたそうだ。
目を覚ますとほぼ同時に、リンガーの元にレピスタが現れたらしい。
レピスタは、リンガー達に言ったのだそうだ。
「この宇宙は、狙われている。」
その言葉を聞いたリンガーは、最初、何もわからなかった。
疑問に思うリンガーを前に、説明を続けるレピスタ。
レピスタは、この宇宙は別の宇宙に捕食される運命にあり、その運命から逃れるために準備を行っている、と語ったそうだ。
さらに、超人たるリンガーたちにも協力を要請したらしい。
リンガーは、最初、何も信じなかった。
まあ、いきなり宇宙が滅びの危機にある、と言われて信じる者の方が少ないだろう。
そんなリンガーだったが、レピスタが、掌の上に、紡錘形の赤い『何か』を発生させて見せたとき、考えが変わった。
その赤い『何か』は、空間の亀裂であった。
それを見たとき、リンガーは言いようのない不安に襲われ、宇宙の危機は、あながち嘘ではないと考えるようになったのだという。
リンガーがその亀裂から目を離せないでいると、亀裂の奥に、黒い球体のようなものが横切った。
紡錘形の赤い亀裂の中に、黒い球体。
リンガーには、それが、捕食者の眼に見えた。
リンガーの表情を見たレピスタはすぐに赤い亀裂を隠し、再び、リンガーの説得を行ったそうだ。
この、赤い捕食者から文明を逃がすために、協力してほしい、と。
だが、リンガーには、その説得の中で、納得できないモノがあった。
赤い『何か』から逃げることができるのは、逃亡用の脱出船に乗ることができる、およそ1~2万人。
「我が国の人口は、100億人を超えています。脱出船に乗ることができない人々は、どうなるのですか?」
リンガーは、感じていた疑問を、レピスタに問いかけた。
「・・・心苦しいのだが。」
レピスタはそう言い、首を横に振ったという。
脱出船に乗り込むことができるのは、およそ1万人。
それ以外の人々は、赤い『何か』の犠牲になるというのだ。
「その赤い空間の主と戦い退け、全ての人々を守ることは、できないのですか?」
リンガーは、問いをつづけた。
だが、レピスタは首を振る。
「宇宙を喰らうような怪物だ。勝ち目はない。」
宇宙規模の脅威に、抗うことを考えるのは無駄だと、レピスタは言った。
続いて、リンガーは問いかけた。
「ここで小さく作るより、軍に、国にその事実を言い、協力した方が、逃げられる人々は多くなるはずでは。」
こんな小さな自治区で脱出船を作るより、国の総力を挙げて脱出船を作った方が、逃げ出せる人数は増えるに違いない。
だが、レピスタは、ここでも首を振った。
「国に協力を仰げば、それだけで時間を取られるだろう。全てが間に合わなくなる。」
リンガーには、疑問が多くあった。
さらに、問いかけは続く。
「なぜ、要塞に原生生物を嗾けたのです?」
脱出船を作るだけならば、ロンギストリアータ第6要塞に原生生物を嗾ける意味はないはずだ。
レピスタは、悪びれもせず答える。
「我らの計画から目を反らすため。既に目を付けられ、妨害されているのだ。助からぬ者達に、これ以上邪魔をされてはかなわぬ。」
リンガーは、レピスタの言葉に、唖然とする。
そのリンガーを差し置いて、レピスタは言葉を続ける。
「そもそも、宇宙ごと喰われて消え去るのだ。今死んでも、変わらぬ。」
リンガーの心に、カッと、怒りが沸き上がる。
宇宙を喰らうという事象への恐れから、相手の戦力をまともに測らずに、戦うことを捨て。
国は動きが遅い、ただそれだけの印象で、国への協力を仰がず、より多く逃がす努力をせず。
極めつけは、自分たちが助かるために、他の者がどうなってもいいという姿勢。
その二つの怠慢と、あまりにも傲慢な姿勢により、99億9999万人は、死ぬのだ。
このレピスタという男に、独断と偏見で選ばれた者以外、助からないのだ。
1万人を超える人々を救おうとする精神は、たしかに、気高いものかもしれない。
だが、それ以外の99億9999万人を見捨てるその選択は、リンガーは支持できなかった。
そんなバカなことがあってたまるか。
リンガーは、戦わずに逃げる、その性根が気に食わなかった。
リンガーは、勝手な推測で、より多く逃がす努力をしないその姿勢が、気に食わなかった。
そして、逃げるために、それ以外の人々がどうなってもいいという考えが、気に食わなかった。
「戦わず、妄信的に、他の者を虐げて逃げ出す、これのどこが正しいというのだ!」
エミーリアと作太郎が見ている前で、リンガーが叫ぶ。
これまで起きたことの解説は、途中から、リンガーの心の叫びになりつつあった。
叫んだことで少し冷静になったリンガーが、少し、落ち込んだような声で言う。
「俺のこの考えは。間違っているのかもしれません。」
リンガーはそう言い、両手で顔を覆う。
「でも、今この船にいる者達以外が助からないのは、俺には、容認できないんです。」
リンガーは、顔を覆っていた手を下ろす。
その表情は、叫んだためか、少し、すっきりしていた。
「ですが・・・。」
リンガーは、最初、協力を断わろうと思ったのだという。
最初、レピスタへの協力を拒否しようと考えたリンガーだったが、冷静になって考えると、協力すると偽れば、牢からの脱出につながるかもしれない。
兎にも角にも、牢から脱出しなければ何もできない。
リンガーは、レピスタの思想は気に食わなかったが、脱出のために、協力することを装うことにした。
すると、あっさりと解放され、治安維持部隊に編入されたのだという。
そして、治安維持部隊の控室に案内され、他の特殊部隊員と合流することができたそうだ。
部隊員8人で合流し、情報を共有する。
すると、8人のうち、レピスタの考えに賛同できない者が、リンガーを含めて4人、レピスタに賛同する者が4人と、意見が割れたのだそうだ。
レピスタに賛同する者達の筆頭はヴィールであり、その考えは、文明を守り、人々の想いを後世に繋ぐには、レピスタの計画によって脱出・逃亡するべきであるというものだった。
リンガーを始めとするレピスタに賛同できない者達の考えは、より多くの人々を逃がすべく動くべきというものであった。
レピスタに賛同できない者達は、リンガーと同じく、脱出するためにレピスタを欺いて牢から解放されたのだという。
情報共有するうちに、部隊の意見が二つに割れていることに気が付いた部隊員たちは、当然の如く対立した。
本来、正規の軍人、特に特殊部隊員であるならば、任務達成に向け、懐柔策への対策も行っている。
だが、リンガー達は、通常の特殊部隊のような特別な訓練は受けていない。
超人として、あくまで個人の強さ、能力を元に集められている者達なのだ。
そのため、レピスタの説得に乗ってしまう者が出てきたのだろう。
対立した特殊部隊は、しばらく互いの意見を戦わせていたが、ついに、レピスタに賛同する者達が、痺れを切らした。
リンガー達をこの宇宙からの脱出の障害になると判断し、排除しようと攻撃したらしい。
ヴィールが魔法攻撃を放ったが、そこは、お互いに超人である。
リンガー達はその攻撃を受け流し、ダメージを受けることはなかった。
しかし、その余波で治安維持部隊の控室は滅茶苦茶になったのだという。
そこに、私と作太郎が現れたのだそうだ。
最初、リンガーが私に当たりが強かったのは、私のことを裏切った者だと思っていたためだという。
逆に、私に好意的だったヴィール達は、私がレピスタに賛同して活動し始めているのだと思ったのだろう。
なるほど。
状況は分かった。
状況が判ったので、改めてリンガーに協力を依頼しようと、口を開く。
しかし、私が話す前に、それを遮るように、男の声が響いた。
「説明ありがとう、リンガー君。君の考えも、よくわかった。」
急に聞こえた男の声に、皆、部屋の一角に目を向ける。
先ほどまで誰もいなかったはずの場所に、いつの間にか、レピスタが立っていた。




