第4話 旅客情報局の使い方
旅客情報局の扉は、重厚な鉄扉だが、そこまで重くなく開いた。
ただ、引き戸だったのは、ちょっと驚いた。
大盾旅客情報局は、剣ヶ峰旅客情報局の倍くらいの大きさだ。
都市の規模の割に小さいのは、大盾市周辺が比較的平和な証拠だろう。
旅客情報局の中は、剣ヶ峰情報局と同じく賑わっている。
ここはフードコート形式であり、広いホールにたくさんの机といすが並んでいる。ホールの一番奥にカウンターがあり、両サイドの壁面には様々な店舗のカウンターが配置されている。
壁面の店は、3分の1くらいが食品、もう3分の1が旅客用グッズ店、残る3分の1が貸会議室のようだ。
「何をする?」
エミーリアが、そう声をかけてくる。
「旅客情報局での情報収集の方法は、知ってる?」
そう問いかけてみれば、エミーリアは首を横に振る。
そうか。旅客登録したばかりということは、そのあたりも知らないのか。
「じゃあ、基本的な情報収集の方法を教えよう。」
旅客情報局は、旅客に対して、周辺地域の情報を周知することを目的とした施設である。
そのため、周辺の危険な物の情報は基本的に無料で手に入る。
カウンターの前まで行く。
カウンターの向かって右手には、剣ヶ峰の情報局にあったものと同じ掲示板型の仕事受注システムがある。
そして、向かって左側には、巨大な機械がある。
これこそが、旅客情報局の情報提供端末である、『旅客情報提供装置18号3型』である。
18号3型は中型の物で、これ以外には巨大な18号1型、大型の18号2型、小型の18号4型、カウンター受付対応用の18号5型がある。
旅客情報局の規模によってどれか一つが配備されているのだ。
剣ヶ峰の旅客情報局では見当たらなかったが、あの情報局は15号5型が配備されていたのだろう。
旅客情報提供装置18号3型は、壁と一体化しており、色は薄緑色だ。一定間隔でタッチパネルが取り付けられており、タッチパネルの横には、受け皿のようなものが飛び出している。
「こっちの端末を使うよ。」
エミーリアに声をかけ、端末の前に向かう
その機械は、巨大な印刷機なのだ。
タッチパネルを操作すると、元気な感じのキャラクターがモニターに現れる。
『こんにちは!タッチパネルを操作してください!音声入力も可能です!』
茶色いショートカットの、革でできたスカウト系の装備を纏ったデザインの少女だ。
旅客情報提供装置18号の全型共通のガイドキャラクターである『ハチ』である。
このキャラクターにちなんでこの旅客情報提供装置18号3型は『ハチ3型』と呼ばれることが多い。
「じゃあ、音声入力で。この辺の基本情報を一式お願い。」
『かしこまりました!』
ハチは元気よく答えると、画面外から何かを引っ張り出すようなモーションで、別ウインドウを提示する。
そのウインドウには『域内危機流動図』と『近隣地図』、『近隣最新危機情報』の3つが書かれている。
『これでよろしいですか?』
域内危機流動図は、大盾旅客情報局の管轄内の広い範囲において影響のある危険な事柄を示した図である。
近隣地図は、この大盾市周辺の詳細地図。
最新危機情報は、大盾市近隣の危険な物の情報が書かれた地図で、領域危機流動図、近隣地図と併せて見ることで、この近辺の危険そうなものを大体知ることができる。
「ああ。よろしく。最新危険情報は、透明な用紙に印刷してね。」
そう言うと、ハチは守備っと敬礼する。
『わかりました!では、透明用紙代だけいただきますね!料金は50印になります!』
『域内危機流動図』と『近隣地図』、『近隣最新危機情報』の3つはは基本無料だが、特殊な用紙に印刷するには料金がかかるのだ。
50印硬貨を機械に投入する。
『入金を確認しました!ありがとうございます!』
ハチがそう言うと、印刷が始まったようだ。
タッチパネル横の受け皿に、A3サイズの紙が3枚印刷されてくる。
『ご利用、ありがとうございました!またどうぞ!』
ハチは、最後まで元気よく挨拶をする。
「ああ、こちらこそありがとう。」
そう言うと、ハチはにこにことしながら手を振っていた。尻尾があればぶんぶん振っていそうである。
印刷されて出てきた紙を手に取り、エミーリアに見せる。
「ここで、こうやって周辺情報を入手できるんだ。」
「わかった・・・。」
エミーリアは、返事もそこそこに地図を手に取り、神妙な表情で眺めている。
とりあえず、印刷が終わってもハチ3型の前にいるのは邪魔になる。
エミーリアを連れて、手近な席に腰を下ろす。
「さて、この地図の見方を説明しようか。」
席の机に、3枚の地図を並べる。
そして、近隣地図の上に、透明な用紙に印刷した近隣最新危機情報を重ねる。
「こうすれば、この近辺の危険な物とかがわかるわけだ。」
近隣の危機情報には、どこにどういう危険があり、どれくらいの戦闘ランクや能力が生き延びるためには必要かがわかりやすく書いてある。
域内危機流動図については、例えば大型動物の群れの移動などの広域を移動する脅威があれば、その予測進路などが書いてあるものだ。
エミーリアは、一つ一つの情報を指でなぞりつつ、地図を読み解いている。
流石に緑旅客として登録されただけあり、基本的な地図の読解などはできるようだ。
そして、しばらく地図を眺めた後、ぽつりと、呟く。
「・・・あまり、危なくない?」
「そうだね。そのとおり。それが読み取れれば、オッケーだよ。」
エミーリアの言う通り、この近辺には現在、危険なものは多くない。
領域危機流動図を見れば、所々に青クラス以上推奨の危険な領域もあるが、それらは動くことがほぼ無いとも書いてある。
「まあ、今回はこんな感じで危険はないけど、文明圏の端の都市とかに行ったら、この地図をしっかりと確認しないと、かなり危ないから気を付けてね。」
そう言うと、エミーリアは頷く。
どんな分野の旅客でも、情報は命である。情報を軽視した旅客から死んでいくのだ。
腕時計を確認すれば、18時。
今から首都に発つよりは、今日は大盾市に泊まったほうが良いだろう。
1人部屋で分けようとしたら、エミーリアが二人部屋でいいと言う。
「安いから。」
とのことだ。
2人部屋は食事なし1泊2人で4,000印。一人部屋は3,000印なので、たしかに少し安い。
しかし、男と同じ部屋でいいのだろうか・・・。
まあ、エミーリアがいいというのだから、いいのだろう。
旅客情報局に確認すれば、2人部屋の空きはまだあるという。
風呂は別料金で大浴場500印とのことだ。
宿の確保も済ませ、外に出たときには、既に路地は薄暗くなっていた。
まだ日が落ちるには早いが、要塞と建物の関係で、暗く感じるのだろう。
「武器屋に行っても、いいかい?」
エミーリアにそう訊くと、頷く。
「私も、見たい。」
どうやら、エミーリアも武器を見たいようだ。
店の店主に印をつけてもらった地図を見れば、店はそれなりに近い。
移動のために、屋上に再び出る。
下層都市部は入り組んでいるため、屋上を通ったほうが移動が速いのだ。
屋上市場は、夕方になり、その様相を一変させていた。
明るいうちは青果や軽食、雑貨の屋台が目立ったのだが、今は小さな食事処のような屋台が大量に現れている。
食事処屋台は5、6人が入れば一杯になるくらいのカウンターしかない小さなものから、2,30人は入れそうなテントのような形のものまで様々だ。
どの屋台も大いに賑わっており、昼間とはまた違った活気がある。
そして、エミーリアが露骨に挙動不審である。
その視線は食事の屋台に向いており、いかにも食べたそうだ。
「・・・食べていくかい?」
あまりにも食べたそうな顔をしていたので、訊いてみる。
すると、意外なことにエミーリアは首を横に振った。
「武器屋に行く。」
どういう心境の変化かはわからないが、エミーリアがそう言うのならば、それでいいのだろう。
「じゃあ、武器屋から戻るときに、どこかで食べようか。」
そう言うと、エミーリアの表情は変わらないが、目がきらきらと輝く。
表情は薄いが、感情は豊かな娘である。
武器屋までは、徒歩15分。
2人で、のんびりと屋台街を歩いていく。




