第36話 呪い
メタル視点
爬虫類人の女から情報収集をしながら、歩く。
とはいえ、情報収集は、上手く進まない。
とりあえず、爬虫類人の女の名前がギノーサであることはわかった。
偽名かもしれないが、ギノーサの様子から、偽名である可能性は低そう、というのが覇山とブライアンの見立てであった。
だが、それ以上の情報収集はあまり進まなかった。
なぜなら、爬虫類人の女、ギノーサは、重要なことを言えないように呪われていることが分かったからだ。
ギノーサが呪われている事実は、早い段階で判明した。
首謀者や組織、目的について詰問したところ、ギノーサは、申し訳なさそうに言った。
「話したら、私の命は無くなるの。勘弁してね。」
とのことである。
その言葉に違和感を感じた覇山が、ギノーサに感づかれないように魔眼で『診た』ところ、ギノーサの体内に異常な呪力の流れが見えたのだという。
そのころをブライアンに伝え、ブライアンが簡易診断したところ、ギノーサはほぼ確実に呪いをかけられているとのことであった。
その後のギノーサとの会話から、ギノーサも呪われていることを自覚していることが判明している。
その呪いの内容は、恐らく、いくつかの情報を話すことを禁じるもの。
そして、禁を破った場合、その代償はギノーサの命。
ギノーサの言葉を聞いたブライアンが説明してくれた。
ギノーサは、命が「無くなる」と言った。
覇山曰く、ギノーサの戦い方からして、ギノーサ自身、それなりに呪術知識があると考えられるそうだ。
魔法陣を素早く展開しそこから槍を突き出してきたとのことだが、魔法陣を素早く展開するために、一般的には呪術は使用するのだ。
そのため、魔術師はある程度呪術を学んでいるのが普通である。
呪術知識がある者が、命が「無くなる」と言った。
知識がある者は、用語も正しく使っていると考えられる。
となると、ギノーサにかかっている呪いは、命に直接干渉して、命自体を失わせるモノだと考えられるそうだ。
命への直接干渉。
かなり悪質だが、物凄く高度な呪いだ。
命への直接干渉、特に、代償に命を直接失わせる呪いは、創作物にはよく登場し、そのため、存在自体は非常に有名である。
だが、有名ではあるものの、実際に目にする機会は非常に少ない。
数百年の寿命を持つ長命種ですら、一度も接する機会なく一生を終えることが普通だ。
なぜなら、難易度が尋常ではなく高いからだ。
個人の命というのは、呪術的に見た場合、個々に強く独立しており、干渉することは非常に難しい。
その独立性の強い命を直接失わせる呪術を行使するのは、並みの呪術師どころか、呪術の探求を数十年続けた歴史の深い大呪術師ですら普通は不可能だ。
そもそも、対象の命を失わせるだけならば、相手が超人でない限り、銃で撃ち抜くなりして肉体を大きく損傷させた方がよほど手っ取り早い。
まあ、厳密には肉体の損傷で命を奪うことと呪術で命を失わせることは意味が違うのだが・・・。
とにかく、今回の相手には、命を直接失わせるという超高難易度の呪術を行使できる相手がいることが予測される。
「ブライアン、解呪できるか?」
俺が、ギノーサに聞こえないように小声でブライアンに訊けば、ブライアンは首を振る。
「無理ですな。おそらく、術者は専業の、それも、歴史が相当深い超級の呪術師でしょうな。」
ブライアンは、専業の呪術師ではないが、専業としてやっていけるだけの呪術の知識と技術がある。
そのブライアンでも、命に干渉はできないのだ。
相手にいるであろう呪術師の力量は相当なものなのだろう。
注意しなければいけない。
周辺を警戒しつつ、ギノーサに続いて、洞窟の奥へと進む。
どうやら、ギノーサが制限されているのは、口頭で重要な情報を話すことであり、物理的に案内したりすることは制限されていないらしい。
洞窟の奥に進むこと20分。
何度目かの洞窟の分かれ道。
二手に分かれた道の片方の先に、明らかに最近取り付けられたであろう、新品の金属製の扉が設置されている。
「ここよ。この先に、街に住んでいた人たちがいるわ。」
その扉を指し、ギノーサが言う。
その言葉を聞いた覇山が、指示を出す。
「ブライアンはギノーサを監視。私とメタルで扉の先を検める。」
「どっちが先?」
「メタル、先に行ってくれ。私が後に続く。」
「了解。」
俺は蒼硬を抜き、同じく抜刀している覇山の言葉に従い、扉の前に立つ。
覇山は扉の横に立ち、俺の後ろにすぐに続くことができる体勢になる。
金属製の扉のドアノブに、手をかける。
音を立てないようにゆっくりと回し、用心しつつ扉を開ける。
蹴破ろうかとも思ったのだが、街の住民に被害が出る可能性があるので、やめた。
幸い、攻撃されることはなかった。
待ち伏せされている、ということはないようだ。
扉を開けた先は、大きな柱が林立する広大な空間であった。
その空間に、数百人、民間人が捕縛されている。
壁面には、ここに来るまでにあった人が収容されていた場所でも見た、白色に光る魔法陣が広がっている。
さらに、ここでも、人々の首の部分は、壁面の魔法陣と同じ白色に輝いている。
魔術的な脱走防止措置だ。
覇山がハンドサインを出し、ブライアンとギノーサを呼ぶ。
中に入ってきたギノーサは、この空間の説明をする。
「ここが、第2収容所。ここには、500人いるわ。」
500人か。
第6前進都市の人口は6000人程とのことなので、全然足りない。
「収容所は、500人規模のものを12か所に設置してあるわ。」
500人を12か所。
街の住民は小分けに捕まっているようである。
収容所の個所数などは、呪いに引っかからないようだ。
「それは話しても大丈夫なんだな。」
俺がそう言えば、ギノーサは頷く。
「ええ。組織について話さなければ、大丈夫よ。」
呪いによる制限範囲は、思ったよりも狭そうだ。
「・・・救出部隊を編成せんとな。」
覇山が言う。
覇山が言うとおり、人々を救出するには、ダエダレアの周囲の暗雲を解除し、誘導のための部隊を展開する必要がありそうだ。
500人ずつを、洞窟の入り口と内部を反復して助け出すことはできるかもしれない。
だが、その場合、500人以外に、外に出た住民たちへの護衛が必要になる。
外は辺境なので、何が起こるかはわからないからだ。
そうなれば、洞窟内部で活動できる人数は、減る。
俺たちは戦略的な強さがあるとはいえ、あくまで個人なのだ。
500人もの人数、しかも集団行動の訓練をしていない人たちが、狭い洞窟内で長い列を作れば、どうしても目が届かない部分が出てくる。
極めつけに、この洞窟は覇山の魔眼では見通せない。
外に出た人々の護衛に1人を回ししつつ、減った500人を2人で引率。
かなり難しい。
現実的ではないだろう。
こういう時に、エミーリアがいないのが悔やまれる。
「術式の中核へは、向かえるか?」
覇山が、ギノーサに問う。
俺たち3人だけで街の住民を脱出させるのが難しいことが分かった今、暗雲を止めることが優先になった。
暗雲さえ止められれば、外から増援を呼び込むことができる。
「ええ。でも、途中の戦闘は任せるわよ?」
戦闘か。
術式の護衛がいるのだろう。
とはいえ、俺も、覇山も、ブライアンも、ギノーサを戦わせる気はない。
捕虜を戦わせるのは倫理的に問題があるし、なにより、相手側と結託されても面倒くさい。
「捕虜は戦わせんよ。」
ブライアンがそう言う。
それに、ギノーサはほっとした表情をした。
「よかった。じゃあ、案内するわ。こっちよ。」
ギノーサは、俺たちを先導するように歩き出した。
俺たちは、周囲を警戒しつつ、ギノーサの後に続くのだった。




