第35話 治安維持部隊の元へ
エミーリア視点
私と作太郎は捕まるために、慌ただしく走り回る治安維持部隊に話しかけに行く。
話しかけに行く前に、武器は作太郎の分まで私の中に格納した。
普通に考えて、武器を持ったまま治安維持部隊に捕まれば、その武器は没収されてしまうだろう。
流石に、武器を手放すのは心許ない。
いざというときに使えるよう、隠しておく必要がある。
私は、『私達』を展開することこそできないが、展開するための『口』は開くことができる。
そこから武器を格納すれば、外見からは武器を持っているようには見えない丸腰にしか見えない。
武器の収納を終え、改めて、物陰から通路を見る。
視界の先では、多くの人々が歩き回っている。
先ほど警報が鳴ったため、侵入者である私たちを探しているのだろうか。
そう思って、人々の動きを注視してみる。
明らかに探しているような動きの者もいれば、どこか目的があるのか、迷いなく歩いていく者もいる。
今まで見てきたとおり、服装は統一されていない。
そして、ほぼ全員が武器を持っている。
この星において、一般人が武器を持つことは、普通だ。
武器を持った人々が厄介かというと、実は、そうでもない。
基本的に、一般人はあくまで護身術が少々使える程度で、専門の戦闘職には敵わないからだ。
今回の場合も、歩いている人々の動きや体捌きを見るに、ほとんどは一般人の域を出ていない。
鍛えていたり、戦闘経験のありそうな者も少しは居るようだが、流石に超人と勝負ができるような雰囲気の者は見当たらない。
これならば、いざというときは力づくで逃げ出すことも容易いだろう。
「・・・大丈夫そう。」
私がそう言えば、作太郎は頷く。
危険はあまりないことを確認したので、私と作太郎は、その人々の中に、堂々と歩いて出ていく。
私たちを避けるように、人々は動き回っている。
・・・あまりに普通に歩いて行ったせいか、なかなか、話しかけられない。
とはいえ、流石に慌ただしい中でゆっくり歩く私たちは不審だったようで、住民の一人が、訝しげな顔をして立ち止まる。
鹿系人種の男性だ。
「お前たちは・・・、どこの所属だ?」
所属を訊いてきた。
どうやら、私たちを怪しんでいるようだ。
ここは、自己紹介をしよう。
「侵入者。」
私がそう言うと、鹿系人種の男性は、引きつった表情になる。
「じょ・・・冗談はよせよ。侵入者が堂々と出てくるわけ、ないだろう?」
どうやら、自分たちが侵入者だと信じてもらえないようだ。
正常性バイアスだろうか?
むむ。
どうしようか。
「・・・治安維持部隊事務所にでも連れて行ってくれんかな?」
私が悩んでいると、作太郎が助け舟を出してくれた。
そうだ。
治安維持部隊の事務所か詰所あたりに連れて行ってもらえばいいのだ。
すると、鹿系人種の男性は、引きつったまま訝しげな表情という器用な表情になる。
「そ、そうか。ま、まあ、連れて行く分には、悪いことじゃないしな・・・。」
鹿系人種の男性はそう言った後、私たちを下から上まで、探るように見る。
「女の方は、武器は・・・持っていないか?その腰布の下に隠してないだろうな?」
私はいつものチューブトップに、金属で補強された腰布とズボンを履いている。
「大丈夫。」
私はそう言い、腰布を捲る。
「なっ、おい、女がそんな簡単に・・・。いや、一応、敵だから、いいのか?」
鹿系人種の男性は、あわてたように言った後、煮え切らないような表情になった。
「まあ、いい。武器はないようだな。」
納得したようだ。
次に、鹿系人種の男性は、作太郎の方を見る。
「そっちの骸骨の方は?懐に暗器でも仕込んでないだろうな。」
作太郎は黒い着流しを着ている。
確かに、何か仕込んでいてもおかしくなさそうだ。
「何もないでござるよ。なんなら、確かめてみるか?」
そう言い、作太郎は両手を広げる。
男性相手だからか、鹿系人種の男性は遠慮なく作太郎を探る。
「・・・ふむ。何もないようだな。よし、いいだろう。ついてこい。」
鹿系人種の男性はそう言うと、私たちを先導して歩き始めた。
鹿系人種の男性の後に続いて歩く。
鹿系人種の男性は、一人だと不安だったようで、道中、知り合いらしき何人かに声をかけ、人数を増やした。
今、私たちは6人に囲まれながら歩いている。
6人全員が武器を抜き身で構え、私たちが急に暴れても対応できるように構えている。
だが、悲しいかな。
全員、動きは大したことはない。
皆、荒事には慣れていないのだろう。
何人かは、腰が引けてすらいる。
戦闘旅客として見れば、赤クラスか、良くて黄色クラス程度だろう。
これならば、旅に出てすぐの時の私でも、6人全員に同時に襲い掛かられても倒すことができるだろう。
今ならば、全く問題にはならない。
6人の住民に護送されること数分。
鹿系人種の男性は大きめの扉の前で止まった。
「ここだ。」
扉の上には『治安維持部隊事務所』と書いてある。
「この二人のことを報告してくる。監視を頼む。」
「ああ、任せろ。」
鹿系人種の男性に、サル系人種の男性が答える。
監視か。
まあ、当然だろう。
「おい、妙な気は起こすなよ。」
サル系人種の男性に、釘を刺される。
もし私と作太郎が変な気を起こせば、少なくとも、ここにいる5人では止めきれないだろう。
だが、まあ、ここで変な気を起こせば、作戦は台無しだ。
おとなしくしていよう。
「わかった。」
私がそう言って頷けば、サル系人種の男性は、拍子抜けしたような表情をする。
「侵入者なのに、それでいいのか・・・?まあ、楽で助かるが。」
私と作太郎は、大人しく、鹿系人種の男性が出てくるのを待つ。
すると、次第に、治安維持部隊事務所の中が、騒がしくなってくる。
「―この、わからん――か。」
「そんなこと――。」
誰かが声を張り上げている。
それに、別の人が反論しているのも、聞こえる。
扉が厚いようで、何の話かはよく聞こえない。
扉に近づいて聴いてみたいが、あまり変な動きをするのもよくないだろう。
そう思った瞬間、轟音と共に、扉がバラバラに吹き飛んだ。
飛んできた扉は周囲の人を巻き込みそうだったため、危険な軌道の破片を弾く。
私が弾ききれない範囲は、作太郎がカバーした。
治安維持部隊事務所の中に目を向けるが、埃が舞い、良く見えない。
周囲を確認すれば、サル系人種の男性を始めとした私たちの監視役は、皆、腰を抜かし、床にへたり込んでいる。
「大丈夫?」
一応、安否を確認。
「あ・・・ああ。大丈夫だ。助かった。」
よかった。
利用した相手とは言え、ここで怪我されたり死なれたりすれば、寝覚めが悪い。
再び、治安維持部隊事務所の中に目を向ける。
埃が晴れ、中の様子が見えるようになっている。
鹿系人種の男性が、部屋の隅っこで、頭を抱えて震えている。
とりあえず、怪我はなさそうだ。
治安維持部隊だと思われる人々の様子は、めちゃくちゃだ。
意識を失って倒れている者もいれば、机に隠れて震えている者もいるし、怪我をしているようで呻く者や、呆然と立ち尽くす者もいる。
とはいえ、狙って攻撃を仕掛けられたわけではないようだ。
どちらかというと、攻撃の余波に巻き込まれた感じである。
そして、部屋の中央には、捕らえられたと思われていた、特殊部隊の面々が、二手に分かれて立っている。
分かれて立っているというか、あれは、相対している。
二手に分かれた特殊部隊は、互いが敵を見るような目で、相対する相手を睨みつけていた。




