第33話 警報
エミーリア視点
レピスタから逃げ出す。
「待て!止まれ!」
レピスタの声が聞こえるが、止まってやる義理はない。
暗い紫色の棘が背後から襲い掛かってきたが、距離が離れているうえにあまり速くないので、躱すのは容易い。
円筒形の構造物から飛び出し、廊下を走り抜ける。
背後を見れば、暗い紫色の棘はまだ追ってきている。
どう逃げようか?
・・・もう、灰神楽自治区の首魁であるレピスタに見つかっているのだ。
いまさらコソコソする必要もない。
目の前の廊下の壁を蹴る。
暑さ30mm程度の厚さの金属製パネルで作られた壁が、歪み、外れる。
出来上がった穴から、飛び出す。
その瞬間、頭上を暗い紫色の棘が掠める。
危なかった。
別の廊下の屋根に着地。
暗い紫色の棘はこちらを見失ったようだが、まだ、レピスタに近い。
見つかる可能性は高いので、廊下の屋根の上を走る。
張り巡らされているパイプやコードが邪魔で、走りづらい。
パイプやコードのうち、どうしても邪魔なものは、剣を振るい断ち切ったり、拳で殴り飛ばして道を作る。
そして、球体の外殻まで到達。
球体の外殻を蹴れば、こちらも金属製のパネルだったようで、そのパネル1枚分が、歪んで外れる。
自分と作太郎ならば通ることができるサイズの穴が開いた。
そこから、球体外部に飛び出す。
飛び出してすぐ、近くの物陰に隠れ、球体に空いた穴を窺う。。
・・・。
・・・暗い紫の棘は、出てこない。
レピスタは、こちらを見失ったようだ。
追ってきている気配もない。
逃げようとしたときに静止してきたので、追ってくるかとも思ったが、そんなこともなかった。
とりあえず、一息つくことができる。
「・・・如何しますかな?」
作太郎が、訊いてくる。
さて。どうするか。
現状では、勝てない。
こちらの攻撃が通用していないのだ。
レピスタに剣を当てた時、剣の勢いが吸収され、消え去るような感覚がした。
レピスタの防御力が高いならば、剣に相応の衝撃が伝わってくるはずだ。
ということは、レピスタの防御力が高すぎるわけではない。
こちらの攻撃を遮断するような魔術か呪術を展開していると考えた方がいいだろう。
その術式を突破しなければいけない。
どんなに強力な防御系の術式だとしても、防御力ないし耐久力は無限ではない。
高威力な攻撃を同時に命中させて防御力を抜くか、絶え間なく攻撃を繰り返して術式の回復よりも早く消耗させて耐久力を尽きさせることができれば、防御系の術式は突破できる。
だが、現状では、火力が足りない。
どちらの作戦をとるにしても、私達を展開して、全員で一気呵成に襲い掛かる必要があるだろう。
なので、勝つためには、私t拉致の展開を邪魔している術式を破壊する必要がある。
「私を展開できるよう、阻害術式を破壊する。」
私がそう言えば、作太郎は頷く。
「レピスタを倒すにしろ、任務を遂行するにしろ、必要ですな。」
・・・そうだ。
まずは、任務を達成する必要があった。
レピスタと遭遇できたことで、失念していた。
作太郎の言葉で冷静になることができた。
感謝しなければ。
「・・・ありがとう。」
私がそう言うと、作太郎は少しキョトンとしている。
任務。
暗雲を生み出している術式の停止と、拉致された人々の救出。
そして、騒動の首魁の確保。
今回の騒動の首魁は、レピスタだ。
ならば、最後はレピスタと対峙しなければいけない。
とはいえ、それ以外の任務を蔑ろにしていいわけではない。
さらに、囚われているであろう特殊部隊も救出しなければいけない。
特殊部隊は、レピスタと対峙する際も、大いに力になることだろう。
そこまで考えたとき、要塞内に警報が鳴り響く。
『艦内に侵入者、繰り返す、艦内に侵入者。不審な者を見かけた場合は、近隣の治安維持部隊に連絡を。』
「・・・警報。」
「某らのことでしょうなぁ。」
要塞の通路に人が出てきて、慌ただしく動き始める。
ところどころには、治安維持部隊だと思われる、武装した人々もいる。
治安維持部隊の主武装は、サブマシンガンのようだ。
身のこなしはあまり良くなく、基本的に練度はそこまで高くなさそうである。
所々に、身のこなしにキレがあり、明らかに強い者がいるが、それも、超人といったレベルではなさそうだ。
さて。
どうしようか。
要塞内を力づくで探し回ることもできるが、そうなれば、治安維持部隊が集まってきて、それの相手をしなければいけない。
たとえ相手が超人ではないとしても、それは、あまりにも効率が悪い。
この広い要塞内を効率的に探索するには、人数が欲しい。
となると、最初にやるべきは、特殊部隊の救出だろう。
・・・ところで、今、艦内、と言っていた。
この要塞は、艦、なのだろうか?
「・・・艦?」
私がそう呟くと、作太郎も訝しげな表情をする。
「艦、と言っていましたなぁ。」
地上に建造された艦。
灰神楽自治区に、海はない。
内陸の自治区である。
一体どういうことだろうか?
「ま、それを今考えても、仕方がないでしょう。まず、任務の遂行を。」
それもそうだ。
作太郎に釘を刺され、あらぬ方向に向かっていた思考が、元に戻る。
・・・そうだ。
いいことを思いついた。
一回、変な方向に思考が走ったおかげで、頭がフレッシュになったのかもしれない。
「・・・特殊部隊は、簡単に、見つかる。」
私は、断言する。
すると、作太郎の表情は訝しげなものになった。
「・・・ふむ、どうやって?」
作太郎が、続きを促してくる。
「捕まればいい。」
私がそう言えば、作太郎も気が付いたようだ。
そう。
私たちも捕まって、牢まで連れて行ってもらえばいいのだ。
先ほど、ここは艦だと言っていた。
艦というくらいならば、どうやるつもりかはわからないが、いずれ動かすつもりなのだろう。
ならば、この要塞の大きさも限られる。
そうなれば、無駄なスペースは極力避けたいはずだ。
牢など、最も無駄なスペースである。
ならば、牢の数は少ないはず。
連れていかれる先に、捕らえられている特殊部隊や拉致された人々がいる可能性は、決して低くない。
たとえ、連れて行かれた先の牢にいなかったとしても、力づくで逃げ出すことくらいはできるだろう。
先ほどから私たちを探しているであろう治安維持部隊の動きを見れば、超人ではなさそうだ。
もし超人がいたとしても、戦略級超人を二人も抑えておけるような超人など、そうそういない。
さらに、連れていかれた場所やルートから、どういった場所に牢を建設しているかもわかるようになるかもしれない。
私も作太郎も、戦略級に届くくらいの超人だ。
色々失敗して牢まで入れられたとしても、鉄の棒どころか防弾鋼板製の分厚い壁も問題なく破壊できるので、脱出は容易い。
リスクがある作戦だが、決して無駄にはならないはずだ。
「・・・リスクはあれど、悪くない作戦ですな。」
作太郎も、悪くないと考えているようだ。
「・・・じゃあ、捕まる。」
作太郎も、頷く。
「うむ。穏便に、捕まりに行くとしましょう。」
私と作太郎は、捕まるために、慌ただしく走り回る治安維持部隊に話しかけに行くのだった。




