第29話 球体内部
エミーリア視点
灰神楽自治区に新たに建造された白銀色の要塞の中央には、鈍色の金属が剝き出しで無数のパイプに覆われた球体が設置されていた。
私と作太郎は、その球体に設置されたキャットウォークへと飛び移り、そこにある扉から、球体の中へと侵入を試みる。
扉を少し開けてのぞき込んでみれば、扉の先は暗い。
扉の先は倉庫のようで、たくさんの荷物は見えるが、幸い、人はいないようである。
扉を大きく開けることなく、身を滑らせるように、球体の中へと入りこむ。
入った先には、プラスチックのような物質で作られ金属で補強された、1m四方ほどの灰色の箱が無数に積みあがっている。
少し触ってみれば、箱は頑丈で、生半可な衝撃では壊れなさそうだ。
一体何が入っているのだろうか?
箱を上からのぞき込んでみても、蓋はしっかりと閉められており、ちょっとした力では開きそうにない。
「ふむ。何でしょうな?」
作太郎も首をかしげている。
箱をよく見てみれば、可燃性物質の表示と、危険物の表示がある。
さらに、衝撃に注意の警告表示もある。
火薬か何かだろうか?
「・・・あまり、触らない方がよさそうですかな?」
危険表示を見た作太郎が、呟く。
私も同意見だったので、頷く。
箱の中身は気になるが、中を検めるのは、今やることではない。
今は、捕らえられている特殊部隊や拉致された人々を救助し、レピスタを倒すのが先だ。
箱はそのままに、先に進むことにする。
倉庫はあまり広くなく、すぐに倉庫の出口にたどり着いた。
幸い、倉庫には誰もいなかったため、見つからずに済んでいる。
とはいえ、廊下に出れば、監視カメラくらいはあるだろう。
倉庫の扉を、少し、開ける。
小さな手鏡を取り出し、それを使って扉の外を確認する。
・・・今見える範囲に、監視カメラはない。
音を立てないように、倉庫の外へと出る。
廊下は、球体の外殻と同じような、鈍色の金属が剥き出しの無骨な雰囲気だ。
廊下の幅は5mほどと、広い。
タイヤの跡もあるので、フォークリフトでも走ったりしているのだろうか。
廊下に窓のような部分があったので、そこから廊下の外を見る。
すると、窓からは、鈍色の球体の内側の様子を見ることができた。
中央には、直径20~30mほどの円筒形の構造物。
もっとも外側には、弧を描いている外殻。
外殻と円筒形の構造物の間にはたくさんの小部屋が設置されており、それぞれが四角いチューブのような廊下で繋がれている。
廊下だと思われる四角いチューブは複雑に分岐しており、複雑な構造をしている。
さらに、足場の間や部屋の間にはパイプやコードが張り巡らされており、見通しはすこぶる悪い。
四角いチューブやパイプ、コードは、多くが中央の円筒に向かって設置されている。
全体的に、何かの実験施設のような雰囲気をしている。
最も目につくものは、中央の円筒形構造物だろうか?
直径は20から30mほどで、すべての小部屋から足場がつながっている。
構造から、あの円筒形の構造物のためにこの球体が造られているように感じられる。
「あそこに行く?」
「うむ。構造からすると、最も重要な場所でしょうな。この要塞が一体何なのか、判るかもしれませぬ。」
作太郎に確認すると、作太郎も円筒形の構造物に向かうことに同意した。
今まで見てきた様子からは、この要塞が何のために建設されたのか、全くわからない。
位置的に、あの円筒形の構造物は、この要塞の最重要施設だと考えられる。
要塞の重要な施設ということは、探せば要塞内部の見取り図くらいはあるだろう。
さらに、あの円筒形の構造物に行けば、この要塞の目的が推測できるかもしれない。
円筒形の構造物に向かって、歩を進める。
途中、何度か角を曲がりつつ円筒形構造物に向かうが、不思議なほど人がいない。
一体、ここは何の施設なのだろうか?
数分で、何事もなく、無事に円筒形構造物にたどり着く。
一度も人には遭遇しなかった。
なんだか、不気味である。
円筒形構造物の入り口には、重厚な金属の扉がある。
その扉に手をかけ、力を込める。
鍵は、かかっていない。
ゆっくりと、扉が開く。
「これは・・・?」
その先の光景に、思わず、声を漏らしてしまった。
円筒形構造物の内部、その中心には、10mほどの大きさの、青白い光を発する正八面体の物質が浮かんでいた。
そして、その正八面体の物質の前に、一人、男が立っている。
その男は、豪華だが、華美ではない服装に身を包んでいる。
身長は2mを超えるほど。
正八面体の物質の方を見上げており、その顔は分からない。
「・・・よくぞ、来た。」
太く、どこか昏さのある、重厚な声。
次の瞬間、その男から、暗い紫色の棘が伸び、私の胸元を、貫く。
パリン、という、何か割れる音。
思わず、膝をつく。
「む?」
男が、少し、呟く。
視界の端で、作太郎が、抜刀しつつ踏み込み、一閃。
レピスタは、背を向けたまま、反応しない。
吸い込まれるように首に命中する、作太郎の刀。
しかし、作太郎の刀は、男の首に傷をつけることはできなかった。
効果がないことを悟った瞬間、作太郎は、即座に後ろに跳ぶ。
そして、私の近くに来ると、声をかけてくる。
「無事か?エミーリア?」
「・・・無事。」
無事だ。
身体は無事だが、完全に無事とも言い切れない。
メタルからもらったお守りの、2つ残っていた宝石のうち、一つが割れている。
今の、何気ない一撃が、私を殺しきれるほどの一撃だったのだ。
今の私は、メーアから受け取った力で、戦略超人級の能力を持っている。
防御力も相応に高まっている。
さらに、レギオンは、全員が纏まっているときにダメージを受けると、全ての私がある程度のダメージを受けてしまうとはいえ、少しはダメージは分散されるため、耐久力は防御力以上に高い。
その私を、一撃で『殺しきる』ことができるほどの一撃。
ちょっとどころではなく、ヤバい相手かもしれない。
だが、灰神楽自治区で、そこまでの強さを持つものは、居なかったはずだ。
・・・いや。
可能性で言えば、一人だけ、いる。
男は、ゆっくりと、振り返る。
濃い紫色の髪を持つ、ジト目で三白眼の男。
私に、なんとなく顔立ちは似ている、のだろう。
背は高く肩幅も広いが、猫背なせいでガタイの良さは感じない。
服装は、灰神楽自治区の王族が着る、伝統的な服。
・・・やはり。
やはり、この男だった。
この男を倒すために、私は、旅に出たのだ。
私の父親であり、最大の敵。
灰神楽自治区の王、レピスタ。
私の目的にして最大の敵は、私の目の前に、一切の感情を読み取れない無表情で、立っていた。




