第3話 屋台街と下層都市
大盾市の旅客情報局に向かうため、屋上の屋台街を歩く。
地図によれば、屋上の屋台街は『屋上市場』と言い、市内には数か所あるらしい。
ここは駅に最も近い『駅前市場』。
外との人の交流も多く、開放的な市場のようだ。
周囲を見れば、野菜などを売る屋台、串焼きなどの料理屋台、雑貨屋、果ては武具屋など、様々な屋台がある。
沿岸であるためか、屋台は錆びない木製の物が多い。
その屋台は、狭い屋上に所狭しと並び、たくさんの人々がその間を歩き回っている。
人々の表情は明るく、活気に満ちている。
エミーリアは迷わず肉串焼きを買ってかぶりつき、表情にあまり変化は無いが、幸せそうな雰囲気を放っている。
俺もエミーリアと一緒に肉串焼きを買って食べながら、武具の屋台を遠巻きに眺める。
串焼きを食べながら本格的に物色するのは流石に失礼なので、食べ終えたら本格的に物色することにする。
妙にスパイシーなタレに舌鼓を打ちつつ遠巻きに眺めた限りでは、そこまでいい武具はなさそうだ。
遠くから見える値札も数千印程度の物が中心で、護身用程度の物のようである。
串焼きを食べ終えたので、とりあえず武具屋台の商品を詳しく見てみる。
遠巻きに見ただけではわからない、掘り出し物もあるかもしれない。
「いらっしゃい。兄さん、武器探しかい?」
武具屋台の若い男の店員が愛想よく声をかけてくる。
店員の奥には、こちらに背を向けて武器の整備を行っている初老の男性もいる。
「ええ。」
相槌を打ちつつ、武具を見る。
屋台売りの宿命か土埃などで汚れている物も多いものの、価格と品質のバランスは悪くないようだ。
だが、価格は全体的に安く、品質も初心者向けの域を出ない。
「この屋台で一番いい武器はどれだい?」
そう訊いてみる。
「一番?・・・多分、これじゃねぇかな。」
そう言い、店員が示したのは装飾の多い短めの剣であった。
長さは60cm程。幅広の刃が先に行くほど極端に細くなる、チンクエディアに近い雰囲気の剣だ。
価格は3万印。ほかの武器と比べれば、たしかにこの屋台の武器の中では最高額である。
だが、装飾に魔術や呪術的な意味も無さそうで、純粋に装飾用の剣のようである。
「うーん、これはちょっとやめときたいですかね。もう少し、無骨なのは無いですか?」
そう言うと、奥の初老の男性が振り向き、こちらをちらりと見る。
初老の男性は、色黒で厳つい顔をしている。
「兄さん、こっちの剣ならどうだい。」
初老の男性はぶっきらぼうに言い、剣を差し出してくる。
ぱっと見は野暮ったいデザインの剣だ。全長は80cmほど。
刀身を見れば、薄灰色で厚め。平らな刀身の両端が研がれた形の剣だ。刀身の中央には血流しの溝が切られている。
手に取ってみれば、重量配分はよく、手にもなじむ。
鍔や柄も非常に使いやすそうな形だが、無骨を通り過ぎて、野暮ったい。
だが、デザインはともかく、武器としては良いものだ。
この剣ならば、買ってもいいかもしれない。
「いい剣ですね。いくらです?」
そう言うと、初老の男性はにやりと笑う。
「ほう。さっきの剣よりこっちがいいか。」
そう言うと、初老の男性は若い店員の方を向き、言う。
「この兄ちゃん向きの武器を出しな。」
「はいよ。」
声をかけられた若い店員が紐をを引くと、武器を並べている台の一部が動き、別の武器が並んでいる棚が出てくる。
そこには、数万印以上の値がついている、実用的な武器たちが並んでいた。
「おお!」
いい意味で予想を裏切られた。
そこにある武具は、自ら鍛冶屋を営む俺の目から見ても十分に良い武具で、心が躍る。
「こっちの武具はな、あんまり目を引かんだろう?そして、この値段の奴を店に並べといて盗まれても困るからな。」
初老の男性曰く、日常に身に着ける物を買いに来る客の方が圧倒的に多い為、普段はこちらの武具は棚の下に隠しておいているらしい。
その中で先ほどのように綺麗だが装飾用の剣と野暮ったいが実用的な剣を勧め、実用性のある武具を求める客にのみ、こちらを出しているそうだ。
実用品として作られているだけあり、どれも過度な装飾は無く、無骨かつシンプルだ。
その中で、目を引くものを手に取る。
この剣なんかは、いい。無骨ながらもすらりとした刀身は、いかにも切れ味がよさそうだ。薄めの刃なのを見るに、切断に特化しているのだろう。
こっちのメイスは、う~む、味がある。レトロなデザインに伝統的な打撃威力増加の呪術紋。いかにもなデザインだが、あまりにもオーソドックスすぎて最近は見ないレベルだ。細工の質もよく、作成者の腕がわかる。
これは、汎用の鉈か。戦闘用としても、作業用としても使えるようないいデザインだ。全体の造りはがっしりしており、いかにも頑丈そうである。
よさげな武器を手に取って眺めていると、初老の男性から声をかけられた。
「お前さん、見る目があるな。戦闘旅客か?」
「ええ。」
これだけ武器を丹念に見るのは、武器商人か戦闘旅客くらいなものだろう。
「お前さんは腕もよさそうだ。緑か?青か?」
旅客ランクを訊いているのだろう。
緑は一流、青は超一流クラスだと一般的には言われている。
「どっちでもないですよ。」
そう言うと、初老の男性は怪訝な顔をする。
「なに・・・?その雰囲気で黄クラス・・・?いや、まさか、金属色か?」
金属色とは、鉄クラス以上の旅客を言う。
戦闘旅客において、緑クラスで全体の約10%、青クラスですら全体で1%くらいの数であり、鉄クラス以上の旅客はそれ以上に少ない。
あまりにも遭遇しづらい高位旅客として、鉄クラス以上をまとめて金属色と呼ぶこともあるのだ。
「すまねぇが、旅客証を見せてくれねぇか?」
「いいですよ。」
そう言うので、旅客証を取り出す。
俺の旅客証を見た瞬間、初老の男性も、若い店員も表情が固まった。
「あ・・・青鉄・・・?」
ぽつりと、若い店員が呟く。
その声を聴いて意識が戻ってきたのか、初老の男性に表情が戻った。
「驚いた・・・。お前さん、その若さで、青鉄かい。ここに並んでる武器じゃあ、お前さんには合わねぇな。もし、時間があるようなら、俺の工房に来てくれねぇか?」
初老の男性がそう言う。俺の工房、ということは、この男性がその工房の親方なのだろう。
そして、その言い方だと、彼の工房まで行けば、ここに並んでいる武具以上の物が見れるというわけだ。
拒否する選択肢は無い。
「ええ、是非お邪魔したいです。店の場所はどこです?」
そう訊くと、こちらが駅前で手に入れた地図に、書き込んでくれた。
ちょうどよく、旅客情報局に近い位置にあるようだ。
ひとまず旅客情報局に行く必要があるので、その後に工房に寄ることを約束し、屋台から離れる。
「・・・楽しそう。」
横からいきなり、エミーリアの声がする。
エミーリアを見れば、その両手に大量の食べ物を抱えている。
貝の串焼き、蒸し饅頭、フィッシュサンドイッチ、何かのつみれスープ・・・とにかく、様々だ。
大盾市は沿岸の都市なので、魚介類が多いように見える。
そして、両手で抱えているにもかかわらず、どこからともなく腕がもう一本伸び、その食べ物を口に運んでいる。
「ああ、俺は楽しいよ。エミーリアも、楽しんでる?」
訊くまでもないことかもしれない。
実際、エミーリアにしては珍しく、幸せそうな表情で頷く。
「・・・楽しい。」
それは、なによりだ。
口をもぐもぐと動かし続けるミーリアを引き連れて、大盾旅客情報局に向かう。
旅客情報局の屋上から、壁伝いに作られている階段を下りる。
この都市は爆撃への抗堪性を高めるために、屋上に開口部は無い。
屋上から降りるには、建物の壁面につくられた階段や簡易エレベーターを降りる必要があるのだ。
屋上の下、通称『下層都市部』は、屋上の屋台が集まった雑多で活気のある雰囲気とは異なり、コンクリートむき出しで人通りも少なく、冷ややかな印象だ。
そして、どの建物も開口部が極端に少ない。そのため、灰色の崖の間に来たような雰囲気が漂っている。
開口部は出入口ぐらいしかなく、その出入口も重厚な鉄扉で塞がれている。
屋上から下層都市部に降りると、まだ明るい時間なのにだいぶ薄暗い。
上を見れば、渡り廊下や屋上同士を繋ぐ簡易橋などの空を遮るものが多い。
渡り廊下はコンクリート製の無骨なもので、開口部は一切ない。特徴的な構造として、渡り廊下の接続部の下部壁面に出入口があり、そこから渡り廊下壁面に作られた階段を上って渡り廊下の上に行けるようだ。
だが、どうやらそれは管理用のようで、渡り廊下の上に人影は見えない。
ただでさえ薄暗いうえに、周囲を要塞に囲まれているため、かなり早い時間で太陽が要塞に隠れるようだ。
その薄暗さを補うために照明が多く、コンクリートむき出しの冷ややかな印象と併せて深海のような静謐な印象を与える。
道路部分は平坦で、時折この自治区特有の電気自動車が走っている。
電気自動車以外は走っていないため、薄暗い閉塞的な印象とは裏腹に、空気は冷たく澄んでいる。
「・・・・・。」
いつのまにやら全ての食べ物を食べ終えたエミーリアは、無言でその景色を見ている。
静謐な雰囲気に見入っているのだろう。
下層都市部の道路まで下りると、上を見上げている。
エミーリアにつられて上を見れば、小さく細切れになった空が見える。
なかなか圧迫感のある光景だ。
明るい屋上に人が集まるのも、何となく理解できる気がする。
旅客情報局も、特別な建物があるわけではなく、コンクリート建造物の一角が使用されているようだ。
旅客情報局の建物に入る。
すると、いきなり旅客情報局に入れるわけではなく、左右に広がる通路に出る。
左右を見れば、途中に防火扉がある以外は区切りなくずっと続いており、全ての建物が繋がっているのがわかる光景だ。
通路は広く、車が余裕を持って走れそうである。
奥の壁面を見れば、カラフルな扉や様々な窓が並んでおり、片側の無機質なコンクリート壁をみなければ、街のようだ。
ここは、街をコンクリートの防壁で覆っているのだ。
そう言われても納得できる光景である。
その光景からは、人々の生きようとする意志と、どんなところでも楽しく生活する逞しさが見えるようである。
その光景に感嘆しつつ、俺とエミーリアは大盾旅客情報局の扉を開くのだった。




