第21話 接近
エミーリア視点
灰神楽自治区に、向かわなければならない。
車は、灰神楽自治区を偵察した、このの丘に置いていくことにした。
灰神楽自治区の周囲は森があったはずだが、今は、森が無くなっている。
ヒトくらいのサイズのモノが隠れることができる岩や灌木などは多いが、木はほとんどない。
車に乗ったまま見つからないように近づくのは、ほぼ不可能だろう。
なので、車は丘に置き、歩いて近づくことにした。
幸いにして、私と作太郎はどちらも超人。
私はメーアの力を得ているし、作太郎の力は、作太郎の呪いが解けたときに、見た。
二人とも、平地ならば車よりもスピードを出せるし、不整地への対応力も車より高い。
ここまで来るまで来たのは、荷物を運ぶため。
ここから灰神楽自治区までは決して平坦ではないとはいえ、車が無ければ行けないような距離ではない。
5㎞程度の距離ならば、大した時間もかからずに移動できる。
なんなら、物資が不足したら、ここまで撤退してもいい。
時刻を見れば、15時を少し過ぎたくらい。
まだ日は高いが、灰神楽自治区の住民の多くを構成するアンデッドは、夜の方が索敵能力は向上する者のほうが多い。
明るいうちに動く方がいいだろうか?
「明るいうちに近づく?」
私が問いかけると、作太郎が頷く。
「夜目の方が利く者も多い故、そのほうがよいでしょうなぁ。」
作太郎も、その考えのようだ。
なら、動くのは早い方がいい。
早速、車から持っていく荷物を下ろすことにする。
機動力を落とさないよう、荷物は最小限に抑えた。
武装と野戦応急セット、2日分の食料と水、それに簡易野営セット。
食料はエネルギー摂取に特化した、圧縮エネルギーバーだ。
2日分の食料を圧縮エネルギーバーで済ませることができているため、荷物は少なくて済んでいる。
圧縮エネルギーバーは、個人で補給が望めない任務や探索、冒険に赴く際に利用される食糧だ。
サイズは、2センチ四方の正方形の底面に長さ15㎝程度の四角柱型で、重さは300gほど。
圧縮されているため、見た目の割に重量があるが、1本で約5000kcalと、圧倒的な重量エネルギー効率を誇る。
各生物種向けにいろいろな種類があり、それにより色や成分は変化する。
私が持ってきたのはヒト種用のものであり、色は乳白色で味はほんのりミルク味。
美味しくないわけではないが、どんどん食べたくなるような味でもない。
任務先で食べ過ぎないよう、そのように設計されているらしい。
荷物を、身体の動きを阻害しないように身に着ける。
作太郎も、荷物を纏め終え、身に着けたようだ。
再度時刻を確認すると、15時半くらいになっている。
今日は7月1日。
今の時期は、日が長い。
明るさ的には、まだ大丈夫だ。
荷物もまとまったので、丘を降りる。
丘を降りてすぐのところに、有刺鉄線が張られている。
ロンギストリアータ第6要塞でも見た、ぐるぐる巻かれた状態で設置する方式だ。
その鉄線には、『これより先、立ち入りを禁ず。立ち入った者の命の保証なし。灰神楽自治区』と書かれた札が一定間隔で掲示されている。
なかなか物騒な内容だ。
とはいえ、これから灰神楽自治区に侵入する身。
こんな掲示、守ってやる義理はない。
そして、有刺鉄線の棘程度ならば、私達を傷つけることはできない。
そう思い、有刺鉄線を踏み越えようとする。
「エミーリア、待たれよ。」
作太郎から待ったがかけられた。
「有刺鉄線の周囲は、整備が行き届いておりまする。定期巡回の兵がいるのでしょう。痕跡を残さぬ方が賢明かと。」
ふむ。
作太郎の言葉で周囲を見渡してみれば、確かに、有刺鉄線周辺は草刈りも行われており、整備されているようだ。
それもそう。
なら、飛び越える方がよさそう。
とはいえ、飛び越えることで見つかってもよろしくない。
灰神楽自治区から視線の通りづらい位置を探し、有刺鉄線を飛び越える。
その後、すぐに灌木に隠れる。
しばらく灰神楽自治区の様子を伺うが、特にこちらに気づいた様子はない。
「・・・行く。」
私がそう言うと、作太郎も頷く。
そこからは、灌木等を利用し、身を隠しながら灰神楽自治区に近づく。
灌木や岩の陰には、所々に罠があった。
それも、狩猟用の罠などではなく、対人地雷などの、殺意の高い罠だ。
灰神楽自治区側も、侵入者に警戒しているのだろう。
殺意が高い罠とはいえ、私と作太郎には通用しない威力だ。
とはいえ、起動すれば大きい音が鳴るだろうし、それで灰神楽自治区は感づいてしまうだろう。
それは、具合が悪い。
罠を起動させないよう、注意を払いつつ、進む。
5㎞を移動しきって、灰神楽自治区の外周の、伝統的な建造物が残っている区画が詳しく見える位置に着いた。
ここまでの移動に、30分ほどかかってしまった。
罠に注意しつつ移動したので、結構時間がかかってしまった。
とはいえ、特殊部隊からの連絡はまだ無いため、間に合ってはいる。
手近な茂みに隠れ、街の様子を伺ってみる。
・・・街に、動きはない。
遠目に見たときから感じていたが、この区画はもはや使用していないようだ。
どの建物の煙突も煙を吐かず、道を出歩く者もいない。
まだ明るい時間だとはいえ、あまりにも静かすぎる。
アンデッドは夜行性の者が多いとはいえ、日中に活動する者も一定数いる。
全く動く者がいないということは、この区画には、もはや誰もいないのだろう。
近くに住民がいないこと確認し、区画に接近する。
区画にある程度近くなったところから、罠が無くなった。
生活圏の近くには流石に設置しなかったということだろうか?
最も近くの、屋根が少し崩れた建物の壁に張り付く。
建物内の見える範囲に人がいないことを確認し、建物に侵入する。
ここならば、待ち時間が長くなったとしても、風雨をしのげる。
また、屋外にいるよりも見つかりづらいだろう。
入ってすぐに、建物内をクリアリングする。
石積みで防寒性の高い、灰神楽自治区の伝統的な建築様式の建物だ。
そのため、内部構造もわかりやすい。
建物内には、事前の予想通り、誰もいなかった。
しばらく使用されていないようで、家具には埃が積もり、屋根が崩れている個所には、風雨により藻が生えていた。
幸い、屋根は一部が崩れているだけなので、風雨を凌ぐのに支障はない。
むしろ、外の気配を探りやすくて助かる。
「小休止、ですかな。」
作太郎が、言う。
私は、それに頷く。
休んでおこう。
この先は、休む暇もない戦いが続くかもしれない。
休めるときに休むべきだ。
私はそう考え、圧縮エネルギーバーを口に運ぶ。
ほんのり甘いが、どこか味気ない風味がした。




